第二章 〜運命に抗う旅へ〜

1. 真っ直ぐすぎる刃:王族に疎まれた騎士

モモが旅に出ると決まった翌日——

王宮では、彼女の護衛を誰にするか、その選定をめぐって静かな争いが繰り広げられていた。


「当然、王国の顔である《白銀の鷹》から選ぶべきでしょう。」

「いや、それはいけない。公に騎士団を動かせば、王女の出立が“重大な任務”だと知らしめるようなものだ。」


会議室には、王族たちの低い声が重くこだまし、冷え切った思惑が渦巻いていた。


本来、王女の旅は公にできるはずがない。

“神託の書”探しなど、歴史上存在しない。

それどころか、もし真実が世に出れば、王家が守ってきた秩序が崩れる危険さえあった。


――ゆえに、成功されては困る。


その本音は、誰も口にしない。

だが、部屋の空気がそれを雄弁に物語っていた。


モモの護衛選定の議論が続く中、ある名が挙がった瞬間、会議室に微妙な空気が走った。


「……第二師団長、トルヴァルド・アークライド。」


その場にいた数名の王族が、露骨に眉をひそめた。


「また、あの男か。」

「正直に申し上げて……彼を表に出すのはリスクが大きすぎます。」


“実力は王国随一。だが扱いづらい。”


それが王族たちの共通認識だった。


彼が“扱いづらい”と烙印を押された理由は明白だった。


トルヴァルドは、王宮の腐敗・不正をひとつたりとも見逃さない男だったのだ。


・不正な税金の着服をした伯爵家を暴き

・兵糧の横流しをしていた騎士団上層部を告発し

・王族の関係者が民を不当に搾取していた件では、

 相手が王族であろうと容赦なく剣を抜いて制止した


その度に、王族の誰かが眉をひそめた。


「あの男……少し目が鋭すぎる。」

「忠誠は本物だが、こちらが動かしづらい。」

「正義の化身気取りめ。権力に従うことを知らんのか。」


彼は、王家にとって“味方であってほしい時だけ味方にならない”男だった。


裏でこっそり「痛い目を見せてやれ」と圧力をかけても、トルヴァルドは微塵も屈しなかった。


彼の正義は、誰にも買収できず、曲げられず、

“王族さえ制御しきれない”まっすぐすぎる剣だった。


だからこそ——

この秘密の旅への同行は、王族にとって好都合だった。


「いっそ……あの男を旅に出してしまえばよい。」

「女神を理由にすれば、本人も喜んで出ていくだろう。」

「戻らなければそれでよし。戻ってきても監視しやすい。」


あまりにも公然と語られる“追放の理屈”。

しかし王族たちにとっては、それが当然の判断だった。


「問題児を野に放ちつつ、責任も押し付けられる。」

「神託の書など見つけられるはずもないしな。」


そうして決まった“旅の護衛”の名簿に——

トルヴァルドの名が刻まれた。


その時、誰かが苦笑混じりに呟いた。


「それにしても……」

「どうしてあれほどまでに、権力の前でも真っ直ぐでいられるのかね?」


別の者は鼻で笑った。


「愚か者だからだ。

 あれほど純粋に“正しさ”を信じられるのは、愚直な男の特権よ。」


「己が身の危険さえ顧みず、不正を追うのだからな……

 ああいう男こそ、最も利用しやすく最も邪魔なのだ。」



そして——

王が姿を現した瞬間、空気が引き締まった。

トルヴァルドは王の前で深く頭を垂れ、敬意を示す。


「トルヴァルド・アークライド。」

「はっ。」

「そなたに、蒼穹の女神の護衛を命じる。」


胸の奥が熱く跳ねた。


国王自らが使命を下す。

その言葉は、騎士にとって勲章とも言える。


「……光栄の極み。」

トルヴァルドはまっすぐに王を見上げた。

その瞳には忠誠と誇り、そして使命への確固たる覚悟が刻まれていた。


「命に代えても、必ずやお守りいたします。」


誓いの声は揺るぎない。

彼の剣は、正義のために振るわれるべきだ。

その想いは一度も曇ったことがない。


ゆえに——悲しいほどに、彼は何も疑わない。


(ああ……やはり単純な男よ。)

(騎士の誇りという鎖で縛ってやれば、どこへでも行くだろう。)

(……遠くへ、な。)


王族たちの表情に浮かんだ皮肉な笑み。

トルヴァルドはそんなものを見ることもなく、

ただ真っ直ぐに王への誓いだけを胸に抱いた。



だが、王はそこで言葉を止めなかった。


「……ただし、トルヴァルド。」


「はっ。」


「旅の最中、モモを“姫”として扱う必要はない。」


トルヴァルドの眉がわずかに動く。

それは“理解できない”という反応だった。

王族は王族——その扱いが変わるはずがない。


王は厳しい声で続けた。


「むしろ、厳しく指導せよ。」


「指導……にございますか?」


「そうだ。今回の旅は、王族としての安逸や甘えを許してはならぬ。

 女神として生まれた者には、試練が必ず伴う。

 そなたには“姫の鍛錬役”としての役目も課す。」


会議室の端で、王族たちが小さく頷く。

その目の奥には、別の意図が隠れている。


(姫に厳しく接する者ほど孤立する。)

(姫の心が折れれば、旅は自然と頓挫する。)

(そして責任を負うのは……愚直な騎士だ。)


だがトルヴァルドは、そんな思惑に気づかない。


彼はただ深く頭を垂れた。


「……承知いたしました。」


王の声はさらに厳しくなる。


「優しさは無用。

 甘やかすな。

 厳しくあれ。

 姫の弱さを断つためにこそ、そなたの剣と声がある。」


その言葉は、まるで“姫の心を叩き直せ”と命じるようだった。


トルヴァルドは静かに答える。


「……畏まりました。

 王女殿下のためならば、どれほど厳しい道であろうと、私が引き受けます。」


その瞬間——

王族たちの心には、ひそやかな勝利の感情が灯った。


(これでよい。)

(姫は苦しむ。騎士は孤立する。)

(旅が破綻すれば、すべては彼らの責だ。)


トルヴァルドだけが知らない。


自分が“姫に嫌われる役”を、王の手で与えられたことを。



任命式のあと、トルヴァルドはひとり静かな訓練場へ向かった。

剣を抜く。

冷たい風が刃を撫で、彼の頬にかすかな緊張が走る。


(女神様……どのような方なのだろう。)


まだ直接話したこともない相手。

ただ、遠くから見た彼女は、華奢で、儚げで、まるで“守られるために生まれた光”のようだった。


守らなければ。

自分が守らなければ。

誰よりも強く、誰よりも真っ直ぐに。


(俺の剣は、そのためにある。)


彼は知らない。


その誓いが、王族の思惑の上で踊らされていることを。

その忠誠が、皮肉にも“旅の破滅”を想定した役割として利用されていることを。


だが——


だからこそ、彼は美しい。

どれほど利用されようと、彼の剣と心は澄んでいる。

それこそが、トルヴァルド・アークライドという男だった。


そしてこの日——

トルヴァルドはまだ知らなかった。

これから彼の人生を変える出会いが訪れることを。


蒼穹の女神モモとの旅が、

彼の運命を大きく揺るがすことを……。

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