第2話 40歳童貞様の行方

 伊藤は、気が付くと知らない場所にいた。

 周りを見回せば、まるで紛争地域ふんそうちいきのような光景が広がっていた。

 爆撃ばくげきを受けたかのように、崩れ落ちた廃墟はいきょの街。

 見上げれば、灰色の雲におおわれていて空は見えない。

 遠くには、黒い煙が立ち上っているのが見えた。


「えぇ……? どこここ?」


 伊藤は困惑するばかりで、どうすることも出来ない。

 どうしたものかと考えながら、あてもなく歩き出す。

 しばらく歩いていると物音ひとつなく、誰かに背後を取られた。

 羽交はがめにされ、刃物が首に突き付けられる。


「ひ……っ!」

「動くな」


 低いくぐもった声が、耳元で鋭く警告する。

 後ろから拘束してくる、相手の姿は見えない。

 少しでも動けば、殺される。

 伊藤は首に突き付けられた刃物に体をこわばらせ、小刻みに震えた。

 背後の男は、冷酷な声で淡々と話し出す。


「死にたくなければ、こちらの質問に答えろ」

「は、はひ……」

「貴様、何者だ?」

「……ぃ、ふぃとーでしゅ……」


 恐怖で舌が回らず、噛みまくってしまった。

 相手も聞き取れなかったらしく、聞き返してくる。


「……もう一回」

「伊藤です」

「どこから来た? 所属はどこだ?」

「しょ、所属? えっと……、なんて答えればいいんだ?」


 答えに困ってゴニョゴニョ言っていると薄く肌を切られ、痛みが走る。


「い……っ」

「聞かれたことだけ答えろ、余計なことはしゃべるな」

「はぃ……、所属は東京本社です」

「なんだそれは?」

「なんだと言われましても……」

「お前、なんか怪しいな。とりあえず、捕虜ほりょにするか。えいっ」


 背後の男は、ナイフので伊藤の米神こめかみを強く殴り付けた。

 一撃で伊藤は意識を失い、その場に崩れ落ちた。

 軍服姿の男は、耳に着けた無線に向かって話し出す。


areaエリアΔデルタで、不審者ふしんしゃ1名確保」

 ――areaΔ? なんでそんなとこにいんのよ、アンタ。また迷子になってんじゃないでしょうね?


 通信を繋ぐと、女性の声が毒舌を振るってきた。

 少将は、普段からその毒を浴びているから慣れている。


「なんか気が付いたら、知らんとこにいたんだけど」

 ――なんでもいいから、早く戻って来なさい。over.以上

「はいよ、over.」


 少将は通信を終えると伊藤をロープで縛り、肩に担ぎ上げた。




 少将が捕らえた謎の捕虜は、魔王軍本拠地の地下牢に監禁した。

 作戦会議室で、魔王軍陸軍大将と中将と少将が顔を突き合わせていた。

 大将は、中将に向かって問い掛ける。


「で? なんなんアイツ?」

「それが、魔王軍うち諜報部隊ちょうほうぶたいに調べさせたんだけど、なんも出てこないのよね」

「何を聞いても、訳分かんないことしか言わないんだよなぁ」


 少将も、やれやれと呆れた顔でため息を吐いた。

 すると大将は、イタズラっ子のようにケラケラと笑い出す。


「もういっそのこと、“拷問ごうもん”して吐かせちまえば?」

「“拷問”は、捕虜条約が禁止しているはずだけど」

「それは、人間の法でしょ」

「もしかしたら、国王軍の秘密を知っているかもしんないし。それに俺、アイツに興味があるんだよね」

「じゃあ、やりましょうか。この世で最も屈辱的くつじょくてきな“拷問”を」


『“拷問”の天才』と名高い中将は、悪魔の笑みを浮かべた。


“拷問”

 それは疑いがある者を自白じはくさせる為、肉体的・精神的に追い詰めること。

 この世界において最も屈辱的な“拷問”は、「手厚い接遇おもてなし」である。


 例えば、魔王軍有数の娯楽施設で遊び放題。

 魔王軍お抱えシェフが腕を振るった、美味しいごちそうが食べ放題。

 遊び疲れたら、温泉地めぐりで身も心も癒す。

 眠くなったら、最高級品質の布団に包まれておやすみなさい。


 数々の拷問おもてなしに、捕虜は抵抗ていこうむなしくちていく。

 堕ちる時、捕虜は必ずこう言う。


「く……っ、こんなことで! くやしい……っ、けど幸せっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る