第24話 持てる者の憂鬱と魔法の言葉――あるいは天の不平等について

第一章 光り輝く異端


 「ちんちくりんの七変」とは、本来、世間から白眼視される日陰者たちの互助会であるはずであった。

 しかし、その中に一人、神の気まぐれか、あるいは造物主の悪戯(いたずら)か、不当なまでに恵まれた男が存在した。

 隻眼の絵師、鷹である。


 彼は、単に『ミンキーモモ』を愛でるだけの変人ではない。

 その容貌は眉目秀麗(びもくしゅうれい)。黒い眼帯すらもファッションとして消化する、退廃的な美しさを湛(たた)えた優男(やさおとこ)であった。

 天は彼に、絵画の才能を与えた。

 それだけではない。彼には、血を分けた双子の妹がいるという。噂によれば、二人とも兄に似て陶磁器の如き肌を持つ、絶世の美少女であるらしい。


 そして、極め付けは、彼の恋人の存在である。

 名は猫又(ねこまた)。

 インディーズバンド**「物怪寮(もののけりょう)」**のボーカルを務める彼女は、その名の通り猫のような奔放さと愛らしさを兼ね備えた、サブカルチャー界の歌姫であった。

 鷹は、この猫又と並んで歩く時、誰の目にも明らかな、完璧なる一対の絵画となる。


 美貌、才能、妹、そして恋人。

 彼は、オタクでありながら、現実(リアル)の果実をも貪(むさぼ)り食う、許されざる**「二重スパイ」**であったのだ。


第二章 持たざる者の慟哭


 これに対し、我らが主人公・白井紫影の境遇は如何(いかん)。

 頭を丸め、筋肉を鎧(よろい)い、女人禁制の禁欲生活。

 家族構成は、むさ苦しい弟が一人。

 彼にあるのは、鍛え上げられた肉体と、行き場のないリビドー、そして『To Heart』のディスクの山のみである。


 ある日の放課後。

 鷹が、彼女(猫又)とのデートの予定を、悪びれもせず手帳に書き込んでいる姿を見て、ついに白井の堪忍袋の緒が切れた。

 それは、嫉妬という生易しい感情ではない。宇宙の不条理に対する、魂の告発であった。


 「……鷹よ。」

 白井の声は、地獄の底から響く怨嗟(えんさ)の如く震えていた。


 「貴様、何故だ? 何故貴様に、天は二物も三物もお与えになり、俺には弟しかいないのだ?」


 「それは……遺伝子と確率の問題だろう、白井。」

 鷹は涼しい顔で答える。その余裕が、白井の神経を逆撫(さかな)でする。


 「黙れッ!!」  白井は机を叩き、血走った眼で鷹を睨みつけた。  「貴様、家に帰れば美しき妹がおり、外に出れば愛らしき猫又が待っているだと? 美少女三人、いや、二次元を含めれば無数の美女に挟まれるとは、この果報者め! 貴様の前世はどれほどの徳を積んだというのか! それに引き換え、この俺の現世における枯渇(こかつ)ぶりはどうだ! 不公平だ! 神は死んだのかッ!!」


 白井の目から、一筋の涙が流れた。それは透明ではなく、赤く濁った**血涙(けつるい)**のようにも見えた。

 理性が崩壊する。

 言葉による抗議が限界に達した時、人は原初の叫びへと回帰する。白井は、天を仰ぎ、意味不明な、しかし彼らにとって最も神聖なる呪文を絶叫した。


 「ぴぴるまぴぴるまぷりりんぱぁぁぁぁぁッ!!!!」


 それは、魔法のプリンセスが夢を叶えるための呪文。

 しかし、白井の口から発せられたそれは、人語にならない、獣の咆哮(ほうこう)であり、この残酷な現実を変えんとする、悲痛な祈りであった。


第三章 フェナリナーサの風


 部室の空気が凍りつく。

 誰もが白井の発狂を疑い、あるいはそのあまりの哀れさに目を背けた。


 だが、鷹だけは違った。

 彼は、狂乱する白井を見ても、眉一つ動かさず、むしろ慈愛に満ちた穏やかな表情を浮かべていた。

 彼は、ゆっくりと立ち上がり、白井の肩に手を置いた。


 「……白井よ。」


 そして、優雅に、歌うが如く応じた。


 「サンクスフレンズ。……パパレホパパレホドリミンパ!!」


 その瞬間、白井の咆哮が止んだ。

 鷹が返したのは、『ミンキーモモ』における変身の後半部、そしてモモの口癖である感謝の言葉であった。

 「ありがとう、友達」。

 どれほど境遇が違おうとも、どれほど世界が不平等であろうとも、我々は同じ夢を見る同志(フレンズ)ではないか、と。


 白井は、呆然と鷹を見た。

 鷹の単眼(隻眼)には、現実の成功者が持つ傲慢(ごうまん)さは微塵もなく、ただ、夢の国の住人としての純粋な輝きだけが宿っていた。


 「……鷹、貴様……」


 二人の間には、言葉を超えた、深遠なる**「フェナリナーサ(夢の国)」**の風が吹いていた。

 彼らにとって「サンクスフレンズ」とは、単なる感謝の言葉ではない。

 汚れた現実世界において、就職や進学、恋愛といった「大人」の事情に巻き込まれ、夢を忘れていくことへの、ささやかなる抵抗の呪文なのであった。


 白井は、涙を拭った。

 「……フン。貴様の妹になど、興味はない。俺にはマルチがいる。」

 「ああ、そうだな。俺にもモモがいる。」


 彼らは視線を交わし、ニヤリと笑った。

 持てる者と、持たざる者。その深い溝は、魔法の言葉によって、ほんの一瞬だけ、奇跡的に埋められたのである。

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