理不尽な悲劇を糧に心炎滾らせ灼熱き刀を燈す、幼少期の頃から過酷な人生歩み続けた結果、激重い感情を募らせるヒロインとの再会が期待される、現代剣戟ダークファンタジー
三流木青二斎無一門
幼少期・一話
激しい炎が巻き上がる嵐の渦中。
産声と共に肉体に走る肌を焼く痛み。
建物から散る火の粉が、赤子の肌を焼いたのだ。
(痛い……熱ッ!!)
赤子は息を吸うと共に喉奥から声を荒げる。
何処までも果てに届き得る必死の声だ。
「おぎゃぁ!!おぎゃあ!!」
皮膚が灼ける音が耳奥にまで届く。
焼け爛れる痛み、腕を使い払おうとも出来ない。
身を包む布が手足を拘束し身動きが取れない。
この状態では、逃げる事すら出来なかった。
(誰か、気付いてッ、!!)
精一杯の声。
だが、その声は断末魔によって掻き消される。
既に地獄が展開されている死地。
其処には、多くの化物と逃げ惑う人々の姿が在った。
「助けてくれぇ!!」
「こ、こっちに、来るなァ!!」
「早く、早く逃げるんだァ!!」
人々の悲鳴は、赤子の声を上回る絶叫だ。
誰も、その小さな命に気が付く事が無かった。
「だいじょ、ぶ?」
しかし。
その様な状況でも、声を掛けるモノが居た。
大きく掌を開き、赤子を摘まみ上げる青い肌の手。
(たすか……った?)
顔の半分が焼け爛れ目を開く事が出来ない。
もう片方の瞼を開けて、自らの危機を救った相手を凝視する、が。
「こわく、ない、よ、こわく、なぁいッ」
人語を発する、馬面の化物。
青色の肌に、金色の鬣を生やす、一つ目の馬頭鬼。
化物であると認識し、窮地は変わらずと、赤子は認識した。
(あ、ッ食べられ、るッ)
死にたくない、その思いで声を出す。
「お、ぎゃっ、ぁ」
だが、泣き叫ぶ前に、馬頭鬼は大きく口を開いた。
子供を一口で噛み殺そうと鋭い牙を向けて赤子を喰らおうとする。
(死、。)
再び、死を迎える。
少なくとも、その刹那の中で赤子は思った。
二度目の死を迎えてしまうのだと。
だが……その顎が赤子を喰らう事は無かった。
巻き上がる炎の渦の中、其処から飛び出る影。
地面を強く蹴り上げて、馬頭鬼の方に向けて腕を振るう。
鋭く、細く、硬く、人を斬る為の道具にして―――人を守る為の刀を。
「は、ァァ!!」
荒く声を吐き出すと共に、一筋の刃が馬頭鬼の首を過ぎ去る。
同時に、馬頭鬼の手から離れた赤子を腕の中に抱き留めて、その場に転がった。
勢い良く地面に擦れると共に、その男は大きく息を荒げる。
「はぁ……はッ、!!だ、大丈夫か?」
赤子は大きく目を見開く。
命の危機を救った英雄は、今にでも崩れ落ちそうな程に憔悴していた。
眼が赤く腫れていて、口の端から血を流している。
その表情は多くの命を喪ったのだろう。
助けられる命が、次々と彼の手から零れ落ちてしまった。
絶望と焦燥、自身に対する失意と殺意、それでも何処か、救われた様な表情をしていた。
「大丈夫だ、もう、大丈夫だから……俺が、救ってやるからなッ」
赤子に告げる言葉、と言うよりも、自身を奮え立たせる為の自己暗示に等しい言葉だった。
けれど、それでも、赤子の眼から見れば、その大人は、何よりも心の底から、安堵を抱かせる。
(いき、てる……たすけてくれた、俺を、見つけてくれたんだっ)
男の腕の中は暖かだった。
安らぎすら覚える、その腕の中で……赤子は一頻り、気絶する様に眠る。
赤子の精神は達観していた。
それは、朧気ながら、前世の記憶と言うものを認識している為だった。
既に、前世では自身の名前など憶えていない。
雪の様に白い部屋の中、アルコールの匂いが充満し、死臭が漂う殺風景な空間。
其処で、その男は人生を無駄にしていた。
消え入る蝋燭の様に、僅かな命の火を消耗しながら延命処置を施される毎日。
肉体は原因不明の病によって内側から腐り、手足の末端は手術によって切除、辛うじて生きているが、死んでいる様な日を過ごし続ける。
天井を見上げて、死を待ち侘びる毎日は、ある日突然終止符が打たれた。
病の症状が加速し、あっという間に彼は人生を終えたのだ。
前世は無意味であった。
何の為に生まれて来たのか、分からなかった。
そんな彼を、神は哀れんだのだろうか。
彼は、新たな人生を与えられたのだ。
「子供は如何されますか?」
声が聞こえて来る。
その声に反応して、子供は目を大きく開いた。
揺り籠の中に居るのだろうか、身体は大きく揺れている。
小さな檻の外から、彼を救った男の声が聞こえて来る。
「名前はもう決めてんだ、娘なら
草臥れた声だった。
それでも希望に溢れた声色だった。
「そういう意味ではありません、素性の知らぬ子供を養子にするなど……奥様が何と仰るか」
女性の声から考えるに、どうやら使用人であるらしい。
赤子は……燈心と名付けられた彼は、心の奥底で不安を覚えていた。
(捨てられる、のか?)
今の彼は右も左も分からぬ赤子だ。
この先、自分がどうなるのか、考える事すら分からない。
先の見えぬ絶望に、思わず泣きそうになってしまうのだが。
「
揺り籠の中から、優しい男の顔が見える。
笑みを浮かべて、赤子の体を抱き上げると、燈心は目を開いて男の顔を見た。
「ですが、
使用人の言葉に、彼は顔を振り返る事無く告げる。
「
赤子を抱き上げた状態で、父親である暁仁は言い放つ。
その言葉で口を閉ざす他無かった、使用人の深雪は不満を募らせた。
「顔は痛いか?我が息子よ、大丈夫だ、顔の傷は男の誉れだからな」
焼け爛れた顔面、後世に残るであろう火傷の痕。
痛みはあるが激痛に悶えて苦しむ程では無かった。
前世の記憶、病院の中で苦しんだ時に比べれば、痛みなど、些細なものだった。
(この人が、俺の父親……俺の、父さん)
柔らかな顔をしている父親を認識する燈心。
過去の記憶では、両親は顔を見せる事が無かった。
天涯孤独を感じていた彼に取っては、これ以上ない贈り物だろう。
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