第11話:目立たぬように
車で職場から家に戻っていた時、赤信号にも関わらず交差点に突っ込んできた大型のトラックと衝突。衝撃により父さんは即死した。
父さんに全く非はなかった。責任は全て飲酒運転をしていたトラックの運転手にあった。こうして、俺にとってこの世で最も大切だった人は、あっけなくこの世を去った。
その知らせを聞いたのは、アルバイトを終えた直後だった気がする。あまりのショックで放心状態になり、しばらく立ち上がることすら出来なかった。父さんの死を機に、あれだけ明るかった母さんが俄かに暗くなった。俺は飲酒運転をしやがった運転手を心底憎んだ。殺してやりたいと思ったことは一度や二度ではない。
何で。どうして父さんが死ななきゃならなかったんだ。あんなに真面目で性格のよかった善人が死んで、飲酒運転をするような屑が刑務所の中でのうのうと生きているなんて間違ってる。これから沢山親孝行をするつもりだったのに。印税で稼いだ金を使って旅行に連れていくと約束したのに……。
「うっ……ううっ……」
視界がぼやけた。そこで俺は、自分が泣いていることに気付いた。
「ベール様……? どうなさいましたか……?」
俺の様子がおかしいことに気付いたのか、ユーナは振り返って俺に視線を向けた。
「いや……何でもない……」
俺は声を絞り出した。泣いているところを見られるのは恥ずかしかったが、涙を止めることが出来なかった。何を思ったのか、ユーナは俺の頭に手を置き、優しく撫でてくれた。父さんに頭を撫でられた記憶が脳裏に甦り、ますます涙が止まらなくなった。
「ユーナ様、そろそろ街に着きますよ!」
ブークの声が聞こえ、俺は視線を上げた。巨大な街が目前に迫っている。数えきれないほどの建造物が視界に飛び込んでくる。沢山の人がいるのは容易に想像出来た。泣いている姿を大勢の人に晒すのはごめんだ。俺はごしごしと涙を拭った。
「ベール様、落ち着きましたか?」
「うん。急に頭を撫でられて、びっくりしちゃったよ」
「なんとかしなきゃと思ってしまいまして……迷惑でしたか?」
「迷惑じゃないよ。むしろ、嬉しかった。ありがとう」
よかったです、と言ってユーナはにこっと笑った。輝くような笑顔を見せつけられ、痛んでいた心が少しだけ温かくなった。
ものすごいスピードで走っていたユニサスが俄かにスピードを落とした。街に足を踏み入れる準備といったところだろうか。
「ベール様、これから街を通り抜けます。くれぐれも目立たないようにしていてくださいね。伝説の英雄、ベール・ジニアスが降臨したなんて知られたら、街の皆がベール様を一目見ようと集結して身動きが取れなくなってしまうでしょう。そうなると王宮に着くのが遅くなってしまいます」
「そんなに? そんなに俺って特別というか、すごい存在ってされてるの?」
「当然です! パーブルー国の危機を救う英雄なんですから!」
さも当然といった様子でユーナは言葉を返す。英雄、と言われてもどうにもピンとこない。
「街の皆にすぐにベール様の降臨を明かさないのは忍びないですが、今は一刻も早くベール様を国王様に会わせることが最優先事項です。貴方たちも、ベール様の降臨が皆にバレないように、協力してくださいね」
ユーナに声をかけられ、ユニサスに跨るブーク、及び取り巻きの2人は「はいっ!」と明るく返事をした。愛しのユーナに声をかけられただけで心底幸せそうだ。
「ジャッジマシンさん、貴方も協力してくださいね」
「むにゃむにゃ……」
取り巻きの1人に抱えられているジャッジマシンの表面には眠っているような顔文字が浮かび上がっていた。
「あらあら、寝てしまいましたか。まあしょうがないですね。では、行きましょう」
俺たちを乗せた4体のユニサスが街に接近していく。無数の建造物、その建造物を取り囲むように設置されている柵、大きな門。門の近くには槍を持ち、青い鎧に身を包んだ2人の兵士が佇んでいる。門番といったところだろうか。俺とユーナを乗せたユニサスが先頭を進み、ユーナは2人の兵士に「こんにちは」と声をかけた。
「ユーナ様、こんにちは! 今日も麗しいですね!」
「ユーナ様! こんにちは! 今日も髪型が美しいです!」
2人の兵士はユーナの登場に俄かに色めき立っている。って、あれ、何で2人の兵士はユーナの名前を知ってるんだろう? まだユーナは名前を名乗ってなかったはずだ。よく考えればさっきのブークたちもユーナの名前を知っていたし。気になった俺はユーナに聞いてみることにした。
「ねえユーナ、ユーナって有名人なの?」
「いえ、特にそういうわけでは……」
「「有名人に決まってるだろっ!!」」
2人の兵士は声を揃えて叫んだ。
「ユーナ様は近王家であるキーブルー家の1人娘であり、王家に支える高貴な存在なんだ!」
「加えてこの圧倒的な美貌! そして性格のよさ! 優しさ! こんなに素晴らしい存在であるユーナ様を知らない国民なんて1人もいない!
「王家に支える多くの人と異なり、ユーナ様は定期的に王都から程遠い街を訪れ、多くの国民と交流してくださっている! ビットの減少に喘ぎ、苦しむ国民を少しでも元気づけようとしてくれているのだ!」
「ユーナ様は我々国民にとって女神! そんなユーナ様を知らないなんてお前は一体何者なんだ! 本当にパーブルー国の国民なのか!」
「というか見慣れない顔だな! 誰だお前は!」
2人の兵士は俺に鋭い視線を向けた。まさかの展開に俺は思わずあたふたしてしまう。
「す、ストップ! やめてください! えっと……そ、そう! この方は人里離れた村でずっと暮らしていたので、王都の事情に詳しくないんですよ。だから、王家に支える私のことを知らないのは当然といえますし、貴方たちが見慣れていないのもおかしくありません」
苦しい言い訳に聞こえたが、愛しのユーナの言葉とあってか、兵士はそれ以上俺の正体を追及することはなかった。
「国王様に謁見を賜るべく王都に向かう必要があるんです」とユーナが言うと、兵士は俺たちを通してくれた。俺たちを乗せた4体のユニサスは街の中に足を踏み入れた。
異世界ということでどんな街なのか気になっていたのだが、俺が元いた世界の街と似たような雰囲気でなんだか安心した。道が整備され、人が行き交い、多くの家が連なっている。
家の壁面の色は白、黒、灰色が多い。屋根の色は一様に青だ。行き交う人々は老若男女、見た目は様々だが青や水色、紫といった青系統の色の服を着ているのは共通している。服の見た目は基本的に着物に近い。
「ねえユーナ、なんか青色が多くない? 屋根とか服とか」
「この国は青を国色と定めています。この国にとって青色は極めて重要な色というわけです。故に屋根の色や服の色に青系統の色がよく使われています」
「すごいね、そんな文化があるんだ」
「はい。この国が誕生した時から、青色は重要な色とされていたそうです」
「へええ……」
世界が違えば文化も違う、ということか。
ユニサスはそろりそろりと街中を進んでいく。先程の兵士の言葉は正しかったようで、通りかかった人が一様に「ユーナ様!」「ユーナ様だ!」と嬉しそうにユーナに声をかけていた。
その時、眠っていたジャッジマシンがごとごと振動したかと思うと、「おはようさん!」と元気な声を発した。
「いやあよう寝てん! お、ここはメルビーの街やな! おーいメルビーの皆! 伝説の英雄、ベール・ジニアスが降臨したで〜!」
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