第9話:蒼龍様

 龍だ。龍がいる。


 上空を浮遊しているそれは、どう見ても龍にしか見えなかった。


 今まで書いてきた小説の中に、龍を登場させたことは何度もある。よりよい描写をするために何回も龍の情報や画像を検索したため、龍の姿形や特徴はなんとなく把握している。空想の中の生き物だったはずの龍が、今自分の視界の中にいる。直前まで接近に気付かなかったのが不思議だ。


「何なんだこれ……」


「蒼龍様です。パーブルー国の守り神として、日々国に御加護をもたらしてくれるとても大切な存在なんですよ」


 俺が思わず漏らした呟きに、ユーナが反応した。表情が固い。蒼龍様なるものの登場にとても緊張しているように見える。


「守り神……? というか、そもそも何で龍がいるの?」


「何でと言われましても……人間が誕生した時と同時に誕生された存在なので……」


 蒼龍は空中でぴたりと停止し、俺たちをじっと見つめていた。やがて視線がユーナに向けられ、蒼龍は口を開けた。


「……久しいな、ユーナ」


 声が耳に飛び込んでくるというより、直接脳内に飛び込んでくるような、奇妙な感覚に襲われた。若い男性の声のように聞こえる。


「お、お、お久しぶりでございます蒼龍様っ!!」


 ユーナは地面に膝をつき、両手を地面に置いて頭を下げた。ブークと2人の男も同様にひれ伏している。


「約30年ぶりか。そんなに畏まらずに顔を上げてくれ」


「は、ははあ……!」


 ユーナは恐る恐る、といった様子で上体を起こした。


「うむ、実に美しい」


「滅相もございません……して、本日はどうなされたんですか……?」


「英雄が降臨したのを感じたのだ」


 蒼龍は視線を俺に移した。異形の存在に見つめられ、思わず背筋が凍る。


 無理矢理表現するなら、全長20メートルほどの宙に浮かぶ蒼い蛇だ。しかし普通の蛇ではない。巨大な顔はどことなくワニを彷彿とさせるが、ワニよりも遥かに重厚で荘厳だ。巨大な顔とは対照的な小さな目、耳に長いヒゲ、巨大な鹿の角。長い胴体からは手と足が2本ずつ生えている。そして、全身からほのかに蒼いオーラのような何かが迸っていた。


 驚きと恐怖で固まる俺に、蒼龍は「怯えることはない」と声をかけた。


「そなたは、パーブルー国を救うべく降臨した英雄ベール・ジニアス。そんな重要な人物に危害を加える気は毛頭ない。英雄の顔を一目見たく参上したのだ。ふむ、なるほど、神話通りの美青年だ」


「…………」


「神話を疑うつもりはないが、私は疑り深い性格でな。ここは問題を出して、そなたの真価を見定めさせてもらおう。類稀なる文才を持つとされるベール・ジニアスに質問だ。そなたは小説を書く時、何を意識する?」


「え……?」


 蒼龍はじっと俺を見つめている。驚きと恐怖は変わらず感じているが、自分の独壇場ともいえる行為に関する質問をぶつけられ、少しだけ緊張が和らいだ。質問の意図がよく分からないが、真剣に質問に答えないとよくないことが起きるのは目に見えている。


 物語を書く時、意識すること? うーん、改めて問われると意外と難しい。


 自分が面白いと思うものを全て詰め込むこと、読者がどう思うかを常に考えること、ストーリーの流れを自然にすることとか? そんなありきたりな答えでいいのだろうか?


「案ずるな。そなたの心に浮かんだことを、ありのまま言葉にすればいい」


 俺の迷いを見透かしたかのように、蒼龍は声を発した。ならばと、俺はおずおずと口を開いた。


「えーっと、自分が面白いと思うものを全て詰め込むことは意識してますね。やっぱり、何よりも自分が自分の作品を面白いと思わないと始まらないので。あとは、読者がどう思うかは常に意識してます。それを意識しないと、ただの独りよがりになってしまいます。加えて、ストーリーの流れを自然にすることも意識してます。読者が流れに違和感を抱かないように書かないと駄目なので」


 蒼龍は顔を上下に小さく動かした。なんとなく、頷いているように見えた。


「ふむ、なるほど、いい答えだ。ユーナ、ジャッジマシンが目に入るのだが、ベール・ジニアスは文才バトルを行ったのか?」


「はい、先程ベール様はそちらの男性とバトルを行い、勝利しました」


 蒼龍に視線を向けられたユーナは言葉を返し、ブークを手で示した。「滅相もございません……!」とブークは言い、額を地面に擦り付けてひれ伏している。どうやら蒼龍は恐れ多い存在のようだ。


「そうか。英雄故に勝利するのは当然として、問題は総合評価だ。総合評価を聞かせてもらおう」


「総合評価は100点や! びっくり仰天やで!」


 ユーナに変わってジャッジマシンが言葉を返した。どうやらジャッジマシンは、蒼龍を前にしても明るい態度を貫けるらしい。


「なに、100点だと……?」


 常に一定のトーンを保っていた蒼龍の声が、ほんの少しだけ上擦ったように聞こえた。


「それは事実なのか……?」


「事実やで! ワテを疑うんは許しまへんで蒼龍様! 公平なジャッジの元、ワテが100点を出してんから!」


「そうか……100点……なるほど……」


 蒼龍は視線を下に向け、黙り込んだ。何かを考え込んでいるように見える。程なくして蒼龍は視線を上げじっと俺を見つめた。


「よく分かった。ユーナ、一刻も早くこの英雄を国王の元へ連れて行ってあげなさい。ベール・ジニアス、そなたのこれからの活躍を期待している。この国を救ってくれ。頼んだぞ。では、また会おう、さらばだ」


 蒼龍は体をうねらせながらぐんぐんと上昇し、巨大な雲の中に飛び込んでいった。


「はあ……緊張した……」


 ユーナはへなへなとその場に座り込み、ふーっと息を吐いた。


「まさかいきなり蒼龍様が降り立つなんて……心臓に悪すぎるよ……はっ! こんなことをしてる場合じゃない! ベール様を国王様の元へ連れて行けと蒼龍様に言われたんだった! ベール様、王宮に行きますよ!」


 ユーナは待機していたユニサスに勢いよく跨った。手招きされ、俺もユニサスに跨る。ひひん、とユニサスは甲高く鳴き、ものすごいスピードで勢いよく駆け出した。


「ユーナ様、私もお供します!」


「私も!」


「私も!」


 ブーク、そして2人の男も待機していたユニサスに跨り、俺たちの後に続いた。


「え、お供なんていりませんよ、大丈夫ですって」


「いいえ、お供します! ユーナ様に何かあったら大変ですから!」


「ユーナ様は我々国民の希望の光です! 守らないと!」


「下心なんてありませんからね! 純粋にユーナ様をお守りしたい気持ちだけですから!」


 鼻息荒く3人の男は言葉を返す。下心しか感じられず、俺は思わず苦笑を浮かべた。絶世の美女を前に男のテンションが上がってしまうのは、元いた世界とこの世界で共通しているらしい。


 こうして俺とユーナを乗せたユニサスは、下心マシマシの男を乗せた3体のユニサスと共に、王宮とやらに向かったのだった。

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