第4話:ユーナ・キーブルー
「ユーナ・キーブルーさん、ですか。えっと、これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします、ベール様」
女性、ではなくユーナ・キーブルーはにこっと笑った。とんでもなく美しい女性の笑顔はとんでもない破壊力であり、思わず俺はドキドキしてしまう。
「あ、ベール様、さん付けはやめてください。私はベール様に心と体を捧げる身ですから、そんな私に丁寧にさんを付ける必要はありません。加えて、敬語を使うのもやめてください。私がベール様を敬うことがあっても、ベール様が私を敬う必要はございませんので」
会って早々、さん付けと敬語をやめろときた。いきなりタメ口で話すのはなんとなく抵抗があるが、頼まれたならしょうがない。
「えっと、分かったよ、ユーナ」
「はい! わあ、そうやって呼ばれるの、なんだか嬉しいですね!」
ユーナはなんだか楽しそうだ。美女が楽しそうにしているのを見るのは悪くない。って、そんなことを考えてる場合じゃない。
「さっき街まで移動するって言ってたよね? どれくらいかかるの?」
「ユニサスはかなり飛ばしてますので、20分くらいで着くと思います」
「そっか。あ、さっきビットってエネルギーが流通してるって言ってたよね。ビットって具体的にどんな感じなの? 形とか、色とかさ」
石炭に似ているのか、石油に似ているのか、はたまた俺の想像も及ばない何かなのか。気になった俺はユーナに質問をぶつけた。
「まず、ビットは形と大きさが流動的に変化します。固体、液体、気体と状態が変化するんです。採掘される時の状態も場合によって固体と液体に分かれます」
「へええ……なんか水みたいだね」
「たしかにイメージは水と似ています。しかし水と異なり、ビットには超常的な力が込められており、それによってエネルギーとして活用されるに至っているのです。詳しい原理は未だに解明されていませんが、とにかくあらゆるものに活用出来る超万能型資源だと思っていただければいいかと。色は金色です」
「なるほどね。奪い合いになる理由がなんとなく分かったよ」
「はい。王宮に到着したら、非常倉庫に貯蔵されているビットを見せますね……って、あ、あれ? 人がいる」
前方に視線を向けると、一本道を通せんぼするように3人の人間が佇んでいた。3人の人間のすぐ近くには3体のユニサスがいる。俺とユーナが乗っているユニサスとは異なり、体の色は黒だった。
通せんぼされていては先に進めず、ユニサスは足を止めた。ユーナはユニサスから降り、釣られて俺も降りた。
3人の人間は、男性のように見えた。ユーナとは見た目が大きく異なる。一様に青い着物のような服を纏っているところはユーナと同じだが、髪の色が違う。ユーナの青い髪に対して、3人の内2人は水色、そして残りの1人は紫色だった。
3人の内の1人が、一辺30センチほどの白い立方体の物体を両手に持っているのが気になる。その物体の表面に、笑顔の黒い絵文字のようなものが浮かんでいるのが尚のこと気になる。
「ユーナ様!」
「ユーナ様、大丈夫ですか!」
「ユーナ様、そちらの男が、ベール・ジニアスなんですか!」
3人の人間はユーナ、そして俺を見て口を開いた。混乱は思考の片隅に追いやり、一旦ここが異世界だと仮定して考えてみると、目の前の3人は俺が元いた世界の人間と見た目が酷似している。というかユーナもだ。髪と瞳の色が違うことを除けば、少し肌が色白なくらいで見た目は日本人と何ら変わりはない。
異世界というと耳が長いとか、尻尾が生えているとか、普通の人間とは異なる存在がいるものだと思っていただけになんだか拍子抜けしてしまう。
「えと、貴方たちはどうしてここに……?」
「ユーナ様が心配で来たんですよ! 祠に何か降臨した気がする、などと言っていきなり職場を飛び出したせいで皆心配してたんですから! 我々が代表して様子を見に来たんです!」
3人の人間の内、リーダー格と思わしき紫色の髪の背の高い男が一歩前に出て叫ぶ。
「それは、すいません……第六感が反応したというか、ビビッときたというか、祠で何かが起きたと感じて居ても立っても居られなかったので……。ほ、ほら! 第六感、当たってたじゃないですか! ベール様が降臨してくれたんですよ!」
ユーナが俺を手で示す。未だに状況はよく分かっていないが、たしか先程ユーナは俺に対して、文才とか英雄とか言っていた気がする。つまり俺は、文才で何かをする英雄? なのか?
なんとなくそう解釈し、3人の人間もユーナ同様俺を崇めてくれるのかと思ったが、返ってきたのは真逆の反応だった。
「本当にそいつが伝説のベール・ジニアスなんですか?」
リーダー格の男は訝しげな表情を浮かべている。
「え、ちょ、何で疑うんですか!? だって、あの祠に降臨したんですよ!? 神話通りじゃないですか! どう考えてもベール様です!」
「圧倒的な文才を持つとされているのがベール・ジニアスですよね? 文才を持っているのをちゃんと確認したんですか?」
「あ……それはまだです……たしかに……」
傍のユーナは、虚を突かれたような表情を浮かべた。
「そもそも私は、ベール・ジニアスなる男が本当に存在するのか疑っています。神話によれば、ユーナ様はベール・ジニアスに心と体を捧げることになっているとか?」
「はい、それがキーブルー家に生まれた女性の宿命ですから……神話で定められていることには従う必要があります」
「そんなの絶対に駄目です! ユーナ様は我々皆のものです! 独り占めなんてさせません!」
「そうだそうだ! ユーナ様の美しさを独り占めなんてずるい!」
「俺はお前をベール・ジニアスだとは認めないぞ!」
3人の人間は俄かに騒ぎ始めた。この世界のことはよく分かっていないが、今目の前にいるユーナ、そして3人の人間が、俺が元いた世界の人間と同じもしくは限りなく近い存在だと仮定した場合、見た目の違いから男と女のような性別の違いがあるように見える。
そして、男が女に下心を抱くように、3人の人間は少なからずユーナに下心というか、邪な思いを抱いているように見えた。これだけ美しいユーナに魅せられる気持ちはたしかに理解出来る。
「というわけで、今からその男が本当にベール・ジニアスなのかテストをします」
「え、今ここでですか? それは無理です、私はベール様と今すぐ王宮に行かないと行けませんので……」
「いいや、駄目です! ここでテストしないと駄目なんです! おい、始めるぞ!」
「よっしゃ!」
正方形の物体を持っていた男が叫び、物体を放り投げた。物体はころころと地面を転がり、やがて静止した。笑顔の絵文字が刻まれている面が俺たちの方を向いている。その絵文字がにょきにょきと動き出したかと思うと、突然明るい声を発した。
「おはようさん! 毎度お馴染み、ジャッジマシンやで! 今日はええ天気やな! ほんなら文才バトルを始めよな!」
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