防衛学園の相棒契約《エンゲージメント》

夢達磨

プロローグ


 脳裏に焼き付いた記憶は、簡単には消えてくれない。


 まぶたを閉じれば、あの夜が蘇る。

 

 耳を澄ませば、あの声が聞こえる。


 だから俺は、今でも毎晩、あの日の夢を見る。


 七夕の夜だった。


 俺の家族は、毎年恒例のように、丘の上で星空を見上げていた。静かな風が頬を撫で、夜の草花がほのかに匂い立つ。


 頭上には、無数の星々が瞬いていた。まるで宝石を散りばめたかのような輝きだった。


 その神秘的な光景に、俺たちはただ見惚れ、時の流れすら忘れていた。


「歩夢、ちゃんと見えてる?」

「うん! 見えてるよ!」

「そっか……それは良かった」


 姉さんはふわりと微笑みながら、俺の頭を優しく撫でてくれた。


 その手の温もりは、今でも忘れられない。


「この景色も、この時間も……このままずっと続けばいいのになぁ」


 それが、姉さんの口癖だった。


 俺は母さんの膝の上に座り、姉さんはその隣で笑っていた。父さんは少し離れた場所に立って、俺たち家族の姿を穏やかに見守っていた。


 幸せな時間――それは、何の前触れもなく、唐突に終わりを迎えた。


 空が、赤紫色に染まった。


 次の瞬間、眩い光線が天から島全体に降り注いだ。


「……なんだ、あれ?」

「きっと織姫様と彦星様が見守ってくれてるのよ」


 誰かのそんな声が、遠くで聞こえた。


 でも、それは祈りではなかった。希望でもなかった。


 その光は、無慈悲にも、静かに――だが確実に、人々の命を奪っていった。


 光に包まれた人間は、音もなく、塵一つ残さず消えていく。


 はじめは何が起きているのか分からず、皆ただ見上げていた。だが、数秒後には絶叫と混乱が島中に響き渡った。


 人々は逃げ惑い、泣き叫び、必死に命を繋ごうとした。


 俺は母さんに抱きかかえられ、家族は一緒に必死で走った。


 でも、運命は容赦なく襲いかかる。


「痛っ!」


 姉さんの悲鳴に振り返った瞬間、全てが止まった。


 父さんがすぐさま姉さんのもとへ駆け寄る。


「お父さん! 私のことはいいから、早く逃げて!」


「お前を置いて逃げられるわけないだろ!」


 だが、光線は加速していた。もう、逃げられない。それを悟ったのだろう。家族は、それぞれの別れを口にしはじめた。


「……母さん。こんな不器用な男で悪かったな。でも……また来世でも一緒にな……」


「歩夢……お願い、生き延びて。幸せになって。お姉ちゃんとの約束だよ」


 それが、父さんと姉さんの最後の言葉だった。


 次の瞬間、父さんと姉さんは、光に包まれ――消えた。


「父さああああんっ! 姉さああああんっ!!」


 俺は叫ぶことしかできなかった。


 どうして助けてくれなかったのか。

 

 どうして一緒に行かなかったのか。


 母さんを責める言葉しか俺の脳内にはなかった。


 子どもだった俺には、母さんの選択も、現実の残酷さも、理解できなかった。


「母さん! 姉さんと父さんが……戻ってよぉ!」


「ごめんね……歩夢。本当に……ごめんね……」


 母さんは、震える声で謝ることしかできなかった。


 その夜。


 俺は泣き疲れて、母さんの膝の上で眠っていた。


 どれほどの時間が経ったのか、分からない。


 だが、蒸し暑さで目を覚ました時には、母さんの姿は消えていた。


 不安と恐怖に胸を締め付けられながら、俺はふらふらと歩き出した。


 そして、遠くの森の方角が燃えているのを目にした。


 直感的に、母さんがそこにいると感じた。


 だが、その場にいたのは――巨大な、漆黒の龍だった。


 その黒い龍は、咆哮ひとつで森を焼き尽くし、尻尾で建物をなぎ倒し、空を覆うほどの翼で炎を撒き散らしていた。


 まさに、災厄そのものだった。


 そのとき、森の方から母さんが、俺の名前を叫びながら走ってきた。


「歩夢! こっちに来ちゃダメーーーーーッ!!!」


 俺は、ただ無邪気に――母さんに会えた喜びだけで――駆け出してしまった。


 気づいたときには、母さんの腕の中にいた。


「歩夢……ごめんね……。ママたちは星になって、ずっと歩夢を見守ってるからね……愛してるわ……」


「かあ、さん……?」


 その直後。


 黒い龍が吐いた炎が、母さんごと俺を包み込んだ。


 俺の右腕は焼かれ、感覚がなかった。


 左手で母さんの背中を撫でると、黒く炭のようになった皮膚がぽろぽろと剥がれ落ちた。


 数分が経っても、母さんの背中からは熱が残っていた。けれど、その顔はもう、凍りついたように冷たかった。


 ――あの瞬間。

 憎しみと悲しみが、俺の中に深く、深く刻み込まれた。


 俺からすべてを奪ったあの黒い龍を――必ず、俺の手でぶっ殺してやると。


 復讐だけが、俺の生きる理由になった。

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