第24話 さようなら松井さん
翌日の営業前。
「ルンバ機能終了。waxモードオン。」
カズトが叫ぶと、いつもなら4輪がある足元のアタッチメントが掃除機からモップに代わり、店内のモップ掛けを始めた。
「おはようございます。」15時になると続々と従業員が出勤してくる。
本日からあおいと亮輔も復帰した。
やや、神妙な面持ちで松井さんが上機嫌で滑るようにモップ掛けをしているカズトに近づいてきた。
カズトは下半身を占める「ウォンウォン」と軽快な音をたてながら回る、丸いモップの動きを止めた。
「松井さんおはようございます。」
カズトの予測AIは松井さんが何を話に来ているのをすでに読み当てている。
「店長お話があります。今月いっぱいシゴト辞めさせてください。」
言葉のうまくない松井さんは少しどもりながらもキッパリと言い切った。
「松井さんが以前のようなパフォーマンスでシゴトをこなせていないので、悩んでらっしゃるのはワタシも感じていました。
昨晩のような場面でも以前の松井さんならのご自分で乗り切っていましたね。ワタシに完全にヘルプを受け渡した時点で松井さんがもう決断したのだと、悟りましたよ。」
「非常に寂しいですが仕方のないことだと理解しています。」
タイゾーはモリモリお得セットの仕込みをしながらなにげに聞いていた。
最初は松井さんの決断に寂しい感情に支配されつつあったが、次第にココロの中で流していた一つの言葉が気になり始め大きく膨らんできた。
「寂しい⁉」
カズトと店長として当たり前に一緒にシゴトをしているうちに、ロボットとシゴトをしているという違和感は薄れつつあった。
シゴトという面でいえばこれほど優秀な店長はいないので、変な疑念はだんだん薄れてきていた。
ヒト型AIロボットのカズトが店長をしているのが、当たり前の日常になっていたので聞き流すところであった。
「寂しい⁈」というカズトの感情の発露は初めて聞いたような気がした。
カズトの顔を見るとわずかにへの字口に見える。いやこちらがそういう目で見るからそう見えるのか。
「松井さん。松井さんがそういう気持ちに傾いてきていることも予測していました。寂しいですが体力的にも仕方のないことだと理解しています。」
「今までありがとうございました。」
というとカズトはハガネのボディーのトレーの上の上半身を折り曲げて、謝意のポージングをした。
「カズトさん、あなたはロボットだがあなたとハタライテいると、前前任の店長の羽鳥さんの面影を感じていました。」
聞いていたタイゾーのココロにも電流が流れた。たしかに。そうかそうなのか。
カズトと接して感じる心地の良さは前々店長の羽鳥さんを彷彿とさせる面影があるからなのか。
タイゾーも、自分の中で感じていたイメージできないことの答えが分かった気がした。
新卒の何もできなかった自分を大きな心で受け入れてくれた羽鳥店長の面影があるからカズトと働いていると心地が良いのだ。
いや待てよ……。
タイゾーはもう一度考える。カズトがこの店でハタラキ始めたのは2年前からだから、直接羽鳥店長と同時期にはハタライテいない。
羽鳥店長の長所を完コピはできないはずだ。
でも、カズトの肢体がロボットなのでそこに気付かなかった。冷静に考察するとカズトの所作・言動は羽鳥店長の生き写しだ。
まさか、羽鳥店長の所作・言動をデーター化してカズトに取り入れたのか。
タイゾーは自分の考え方が怖くなった。では誰が?何のために?
疑念は浮かぶが、店長のロールモデルとし亡くなった羽鳥店長を選択したことは間違っていないのも確かだ。
その後の本日の朝礼で、松井さんが今月いっぱいでこの店を辞めることが発表された。
厨房で一緒にハタラいていたラフマンとアディーは松井さんに声を掛けた。
「松井さん、辞めるまでにワタシタチに炭焼き炉のコツを1つでも多く吸収させてください。」
松井さんは銀縁メガネの中の大きな目をしばたかせながら、うなずいた。
ラフマンとアディーにとっては本格的に炭焼き炉を覚えるチャンスだが、その分今までやっていたフライヤー・サラダ前の人員が足りなくなる。
「カズト店長、募集広告は出すのですか?」
アディーが流暢になったニホン語でカズトにたずねる。
「求人は出しません。もう手は打ってあります。」
横で聞いていたタイゾーはまた呆れる。
相変わらずこのヒトは、いやこのロボは生き馬の目を抜くようなヒトだ。いやロボだ。そして、羽鳥店長の生き写しだ。
「どうするんですか?知り合いでも紹介してもらえるのですか?」ラフマンの表情に不安そうな影が宿る。
「新しいタイプのロボットを導入します。キッチンロボットです。」
「店長みたいに焼き鳥が焼けるロボットなんですね?」ラフマンの顔は半笑いに引きつった。
「そうです。刺身も引ける。寿司も握れる。てんぷらも揚げられる。チャーハンも炒められる。厨房業務に関してはワタシ以上に多彩なロボットです。」
「そりゃスゲーや。ワタシタチもうかうかとはしてられない。」
ラフマンは真顔のまま笑って見せた。
月末最後の日、営業が終わるとあおいが見えなくなるくらいの大きな花束をバックヤードから持ってきて松井さんに渡した。
「今までおつかれさまでした。ありがとうございます。ワタシタチは居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店で一時期を共に過ごした仲間です。忘れないでください。松井さんは今のメンバーでは、この店の一番古株でした。ビッグダディでした。」
タイゾーは少しウルッときた。思えばいろいろなことをこのメンバーで体験した。
今のメンバーはそれぞれ違う環境で育ってきたものの寄せ集めだが、毎日この店を運営していく中でともに汗を流した同士だと思うと少し泣けてくる。
松井さんは飛ぶ鳥あとを濁さず去っていった。
翌日タイゾーが出勤をすると、心が入れ替わってタイゾーより先に出勤をするようになっている佐山が青い顔をしてタイゾーの顔をのぞきこんだ。
「タイゾーさん、カズト店長から聞いてはいましたが想像以上ですよ。」
「何が想像以上なのですか?」
「新しいヒト型ロボットですよ。ココミというんですって。」
「ココミ? 女型のロボットなの?」佐山は尋ねた。
タイゾーはユニフォームに着替えると厨房に入っていった。
なるほど。魚をおろしながら、パリパリ芋をフライヤーで揚げつつ、キンメダイの煮つけの火入りを見ながら、昨日の残りご飯をレンチンしている。料理経験のある程度あるものならば当たり前の同時作業だが魚を3枚におろしながらチョットやりすぎか。ニンゲンならば。ロボットならばその同作業も正確にこなすというのか?
タイゾーが見る限り、どうやらコイツは正確な作業と時間管理で涼しい顔でこれらを同時にこなしているようだ。
ロボットに涼しい顔というのが当てはまるかどうかは別にして……。
「佐山さん、論点が違いますよ。問題はこのロボが男型か女型かではなくて、配膳型かキッチン型かということですよね。恐ろしくキッチン型ですね。ニンゲンではマネできないレベルの。」
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