1ー1

弐.

目を覚ますと、真っ白い天井だった。

体はだるくて、動かすだけで痛みが走る。右手が少し、痺れているような気もする。

なんで?

そう思って、体を起こそうとしたけれど、体はぴくりとも動かなかった。



「……尼宮?」



横から、声が聞こえる。目を向ければ、見知らぬ男がそこにいた。

紺色を基調とした何処かの制服を着た、優しそうだが、眉間にしわが寄っている男だった。



「尼宮!目、覚めたか?」



その男が、俺の顔を覗き込む。

切りそろえられた綺麗な髪に、見覚えのない制服。



「良かった……!」



男が俺の手を握った。

心底安心したというように俺の手に、額を押し当てている。

突然動いたせいで、痛みに顔が歪んだ。



「どうした?」



俺は改めて状況を確認しようと視線を這わせる。

白い天井、白い壁、白いベッド。

どうやら、ここは個室で、俺だけの部屋のようだった。

ベッドの横には、棚があった。

誰かからの見舞い品らしいお菓子の山がそこに置いてあった。

「RIRUERU一同」と書いてあった。

けれど、その文字すら、俺は見覚えがなかった。

でも、何処か違和感を感じる文字列だった。

隣にある窓からは少しだけ日差しが入ってきている。

明るいとは言えないその日差しから、どうやら夕方らしいとはわかった。

快晴、というわけではなさそうだったけれど。


辺りは薄暗くて、それがますます、俺の中の不穏な気持ちを掻き立てる。


次に俺は、自分の体を見下ろした。

体には至る所に包帯やら手当の後があって、俺は自分が何か事故的な何かに巻き込まれて、多分、病院に運び込まれたのだろうことは理解した。

何があったんだっけ。

思い出そうとして、固まる。ここで起きる以前の記憶。

それが、何もなさそうだった。

俺はどこから来て、誰といて、そうして何をしていたのかが、何も。


この男が誰なのかもわからないし、ここがどこかもわからない。

じゃあ、家がどこなのかと問われれば、何もわからない。

嘘だろ? そう思って、俺は考えを巡らせた。

住所、友達、昔のこと、何か思い出せるものはないかと必死に探したけれど、何もない。

胸の上に手を置くと、ざわ、と、胸の中がざわついた。

そこに何かが、ひっそりと息を潜めて、俺を伺っているような、そんな気配がしたような気がする。

おもいだしたいのか? ほんとうに?

頭の中に、そんなような声が浮かんだような気がして、ぞわっと背筋を嫌な予感が駆け抜けた。

ドクドクと心臓が鼓動を早くしていく気がした。

手に、汗がじわりと滲む。嫌な予感と焦りがじわりと胸の奥に広がった。



必死に思い出そうと頭の中を探るように俺は目を閉じる。

頭の奥が鈍く痛んだ。

ズキズキと痛む頭を、力の入らない手で押さえる。

こめかみを押さえても、何かが浮かんでくる気配はなかった。

なんでだ? なんで、思い出せない?

触れた頭には、包帯が巻かれていた。

頭を強く打ち付けたのか、それのせいで記憶が飛んだのか。

わからない。

嫌な汗がじわりと浮かんだ。

自分がここに、存在しているのかもあやふやになっていくような、そんな感覚がして、息が苦しくなってくる。

 ここはどこで、俺は何をしていた?

 自分が男だということはわかる。

だけど、年齢も、今の自分の顔がどんな顔なのかも、わからない。



 俺は、誰だ?



そう問いかけた瞬間、俺は自分でもわからず、思考が止まった。

勢いで出た言葉のはずなのに、その答えが何一つ出てこなかった―――。

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