引退した伝説の傭兵(52)、ダンジョンの呪いで『銀髪美少女』に若返る。~年金が消えたので配信を始めたら、「動きが特殊部隊」「エイムがチート」と全米が震え上がっているようですが、私はただの新人JKです~

わわわ

第1話:伝説の引退、そして美少女へ

「ふぅ……これで、やっと終わったか」


 硝煙の匂いが染み付いたタクティカルベストを脱ぎ捨て、俺は深く息を吐いた。

 目の前にあるのは、長年愛用してきたアサルトライフルをはじめとする銃火器たちと、数え切れないほどの戦場を共にしてきた相棒のナイフ。

 それらを丁寧に手入れし、ガンケースへと収める。


 俺の名前は、皇(すめらぎ)ハルト。

 裏社会では『グレイ・ゴースト』なんて大層な二つ名で呼ばれていたが、それも今日で終わりだ。

 52歳。傭兵稼業を引退するには、少し遅すぎたかもしれない。

 体中にある古傷が、雨の日には疼く。反射神経も、全盛期に比べればコンマ数秒落ちている。


「これからは、盆栽だ」


 俺は庭に視線を向けた。

 そこには、戦場での報酬をつぎ込んで集めた、至高の盆栽たちが並んでいる。

 黒松、五葉松、真柏。

 これらを手入れし、静かに余生を過ごす。それが俺の夢だった。


 だが。

 世界は、引退した老兵を放っておいてはくれなかったらしい。


『緊急警報! 緊急警報! 近隣でダンジョンゲートの発生を確認! 住民は直ちに避難してください!』


 防災無線がけたたましく鳴り響く。

 窓の外を見ると、空が紫色に歪み、そこから異形の怪物たちが溢れ出そうとしていた。

 場所は……俺の家の庭、その真上だ。


「……俺の、黒松が」


 落下してきたオークの巨体が、手塩にかけて育てた樹齢百年の黒松をへし折った。

 ブチッ、と。

 俺の中で何かが切れる音がした。


「……掃除だ」


 俺は再びガンケースを開けた。

 引退撤回。

 害獣駆除の時間だ。


     ◇


 戦闘は一方的だった。

 オーク、ゴブリン、コボルト。

 ダンジョンから溢れ出た魔物たちは、確かに脅威だ。一般人ならひとたまりもないだろう。

 だが、俺にとっては「動きの遅い的」でしかなかった。


 ヘッドショット。ヘッドショット。ナイフで頸動脈を切断。

 無駄弾を使わず、最短の手数で処理していく。

 庭を荒らされた怒りはあったが、戦闘中の思考は冷え切っていた。


 そして、ゲートの奥から現れたボス個体。

 リッチ(不死の王)と呼ばれる、魔法を使う厄介な相手だ。


「貴様……人間か? その動き、ただ者では――」

「喋るな。邪魔だ」


 俺はリッチの詠唱を、対物ライフルの一撃で中断させた。

 装填していたのは、対モンスター用の切り札『対魔弾』。ダンジョンの魔石粉を混ぜた、高価だか効果は劇的な代物だ。

 防御障壁を貫通し、胸元にある魔力核(コア)を正確に撃ち抜く。

 リッチは崩れ落ちながら、最期に呪いの言葉を吐いた。


「……呪われよ。貴様のその、積み重ねた時を……奪ってやる……」


 黒い霧が俺を包み込む。

 意識が遠のく。

 まあいい。庭の敵は排除した。あとは寝て起きれば……。


     ◇


 パキリ、と。

 硬質な何かが割れる音で、目が覚めた。


 体を覆っていた黒い結晶のようなものが、陽の光を浴びて霧散していく。

 俺は庭で、この奇妙な魔力の殻(カラ)に守られて眠っていたらしい。

 ひどい喉の渇きこそあるが、不思議と空腹感はなく、体の節々は驚くほど軽い。


 だが、何かがおかしい。

 見上げると、自宅の屋根が高く見える。

 それに、庭の草木が驚くほど伸びている。まるで何ヶ月も放置したかのように。


「……ん?」


 体を起こそうとして、違和感。

 体が軽い。軽すぎる。


 洗面所の鏡の前に立つ。

 そこに映っていたのは、無精髭のおっさんではなかった。


「……誰だ、これ」


 透き通るような銀髪。

 宝石のような赤い瞳。

 陶器のように白い肌。

 どこからどう見ても、絶世の美少女(推定16歳)がそこにいた。


「……リッチの野郎。『積み重ねた時を奪う』って、若返らせやがったのか」


 感謝していいのか恨めばいいのか分からない。

 とりあえず、状況を確認しよう。


 まず、戸籍。

 リビングに戻り、ホコリを被ったPCを起動する。

 日付を見て驚愕した。

 ……あれから3ヶ月が経過している。

 俺は3ヶ月間、あの庭で気絶していたのか? あるいは魔力の繭(マユ)にでも包まれていたのか?


 役所のデータベースにアクセス(昔の伝手を使ってハッキング)してみる。

 案の定、俺のIDが『死亡・行方不明』扱いになっていた。

 3ヶ月も連絡が取れず、家の周りがあれだけ荒れていれば当然か。


 次に、預金口座。

 凍結されていた。

 本人が死亡扱いなら当然だ。

 裏口座の金も、生体認証が通らないので引き出せない。


「……詰んだ」


 俺はリビングのソファに深く沈み込んだ。

 サイズが合わない。ふかふかだったはずのクッションが、今の軽い体重では沈み切らない。

 その些細な違和感が、現実を突きつけてくる。


「52年だぞ……」


 泥水をすすり、友の死を乗り越え、ようやく手に入れた安寧だった。

 積み重ねてきたキャリア。

 年金支給額の通知書を見てニヤつく老後の計画。

 いつか育てようと思っていた黒松の苗木。


 それら全てが、この白い肌と引き換えに消滅したのだ。


 画面の中の『死亡』という二文字を指でなぞる。

 俺は死んだ。

 ここにあるのは、抜け殻のような美少女の肉体と、行き場のない魂だけ。


「……ふざけ、るな」


 腹の底から、冷たい怒りが湧き上がってくる。

 リッチごときの呪いで、俺の人生が終わる?

 冗談じゃない。

 俺は『グレイ・ゴースト』だ。地獄の底からでも這い上がってきた男だ。


「生き直すしかない、か」


 再就職しようにも、この見た目では「学校に行け」と言われて門前払いだろう。

 裏社会に戻るのも論外だ。

 こんな華奢な体で戦場に立てば、のっぺらぼう(顔のない死体)になるのがオチだ。


 生活費がない。

 年金も消えた。

 だが、俺は生きている。


 ふと、つけっぱなしのテレビが目に入る。

 そこでは、ダンジョン探索の様子を生配信している若者たちが映っていた。


『うおおお! スパチャありがとうございます! 今日はこのまま深層まで行っちゃうよ~!』


 チャリン、チャリンと投げ銭が飛ぶ。

 その額、数百万。


「……これだ」


 俺は立ち上がった。

 顔を隠して、ダンジョンに潜る。

 モンスターを倒して魔石を換金しつつ、配信で稼ぐ。

 これなら、身分証がなくても(非合法な換金ルートを使えば)なんとかなる。


「やるか。……ダンジョン配信」


 こうして。

 中身52歳の新人JK配信者が、爆誕した。

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