帰還

着陸した。そこにいたのは、もう一つの存在と形を同じくする、無数の生命体だった。

彼らは、布、皮、金属を身体に巻きつけ、意味不明な装飾を施していた。機能性を欠いた道具を振り回し、殺し合っている。同じ顔、同じ手足、同じ瞳を持つ者同士が、互いに牙を剥き、血を流していた。

俺は接近した。音を立て、風を切って、生命体の群れの中に立った。

「お前たちは……もう一つの存在と同じだ。どうして、それを破壊する?」

声を発した。喉が震え、空気が振動した。

だが、生命体は俺を見なかった。視線は素通りし、存在を認識しない。ガラスを透過する光のように、彼らの意識は向こう側へ向かう。

手を伸ばす。一匹の肩に触れようとした。

指先は、相手の身体を抵抗なくすり抜けた。霧の中に手を突っ込んだ感覚。影は地面に落ちていない。

(認識できない。この世界から、俺は「非在」となったのか?)

その時、背後から声がした。

振り向くと、そこにもう一つの存在と同じ姿をした個体がいた。腰に光る棒を下げ、俺を睨み、何かを叫んでいる。

目が合った。

確かに瞳が自身を捉えている。だが、その瞳の奥に、俺の姿は映っていない。恐怖と怒りに満ちた声。言葉は、空気中で霧散した。理解不能な言語体系。

俺は「箱」に戻った。

扉を閉め、床に座り込む。

かつての穏やかな星は、どこへ消えた? 草の匂いも、風の音も、もう一つの存在と笑った空も、この場にはない。

なぜ、あの存在と同じ形をした者たちが、ここまで自己破壊的な行動を繰り返している?

俺はコンソールを操作する。

言語解析プログラムを起動。外の音声を記録し、解読を開始する。

俺は彼らの言葉を覚える。

そして、もう一度降りる。

今度は、記録を収集しなければならない。

なぜなら、もう一つの存在は、どこかにいるはずだから。

俺はまだ、あの時の泣き声を、記憶の奥で、確かに聞いている。

コンソールは冷たい光を放っていた。

言語解析プログラム、起動。

「箱」の記憶装置には、

空から降り注ぐ無数の音が、

まるで毒のように溜まっていた。

生命体たちが吐き出す、

意味不明な記号の羅列。

それを、一つずつ、

俺は噛み砕いていく。

俺には、もう「待つ」という感覚すら希薄だった。

肉体の檻から解放されて以来、

飢えも、眠気も、痛みすらも、

遠い記憶の残響でしかない。

ただ、

探求の欲求だけが、

胸の奥で、

黒い炎のように燃え続けていた。

窓の外では、

生命体たちが短い一生を終え、

新たな個体が生まれてくる。

生まれて、争って、祈って、死ぬ。

その繰り返しが、

星の表面を、

無意味な傷で覆い尽くしていく。

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……

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彼らの言葉は、

俺の世界とは根本的に異なっていた。

俺の世界では、

言葉は存在しなかった。

視線が交わるだけで、

空気の流れが少し変わるだけで、

匂いが一瞬揺れるだけで、

すべてが伝わった。

「自身」と「もう一つの存在」

その曖昧な二つだけが、

世界のすべてだった。

だが彼らは、

「私」と「あなた」を

鋭く切り離す。

その切り離しが、

刃となり、

毒となり、

殺し合いの理由になっている。

「神」「祈り」「罪」「罰」「天国」「地獄」

次々と浮かび上がる概念に、

俺は吐き気を覚えた。

俺の世界では、

死はただの循環だった。

倒れた木は土に還り、

新しい芽を育てる。

終わりなどない。

ただ、形を変えるだけ。

だが彼らは、

死の向こうに「別の世界」を作った。

死者を土に埋め、

石碑を立て、

空に向かって叫ぶ。

まるで、

死んだ者を、

もう一度縛りつけるように。

「神」とは何か。

彼らが作り上げた、

最も醜悪な幻想。

石板に刻まれた記録。

羊皮紙に血で書かれた歴史。

「太古の昔、天から神々が降りてきた……」

その一文を見た瞬間、

俺は理解した。

俺を呑んだ「箱」と同じもの。

あるいは、似たもの。

それに乗って降りてきた者たちが、

この星の生命体に「神」として認識され、

歪んだ秩序が生まれたのだ。

俺の世界の、

静かで、

優しかった、

ただ「在る」だけの理(ことわり)は、

完全に塗り潰されていた。

知識は得た。

言葉も理解した。

でも、

俺の言葉は、

誰にも届かない。

窓の外、

砂漠の向こうに、

巨大な神殿がそびえている。

金と血で塗られた、

信仰の象徴。

俺は立ち上がった。

扉を開けた。

姿なき俺は、

もう一度、

闇の中へと歩き出す。

今度は、

言葉を手に入れた。

でも、

誰も俺の言葉を聞くことはできない。

それでも、

行く。

もう一つの存在を、

この理解不能な世界から、

見つけ出すために。

背後で、

「箱」が静かに、

まるで泣いているような音を立てた。

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