第7話 光明

「幼児退行か」

 あたしは、完全に腑抜けていた。

 風呂場の扉の所に痩身の色付き眼鏡の男が立ってこちらを見ている。

 サテアと分かって私は湯舟の中で、座り直した。

「母親ごっこか…、遅かったか」

 彼は、そう言うとこっちに近づいて来る。

 そして、パ―ティ『籠の鳥』の敵を殲滅した事をあたしに告げた。

「さて、お前のつまらん胸も見たので、本題だ」

「なにを!」

 言葉と裏腹に力は無く、あたしは小娘の顔を見降ろしていた。

 気が付けば小娘は、眠っていた。

「私は契約を守る、キルケ、お前に最後の仕事はできるか?」

 お湯の中で、あたしは寒気を覚えた。

「ちょっと待って、どうしてもだめか?」

 今の私の状態じゃ、サテアから小娘を守りきれない。

「ああ、その娘を椅子に座らせろ」


 表情を顔を出さず、サテアは小娘の膝を合わせた。

 私は急いで小娘を湯舟に戻した。

 サテアに渡すしかなかった命が、あたしに戻ってきた。

 彼の本心を確かめないとまだわからない。

 そんな、あたしより先に、サテアが口を開いた。

「お前の今回の取り分をすべて私に渡せ」

「えっ?」

「その娘の具合は、確認した。傷の治し方も悪くない」

「・・・」

「何を呆けている?処女審問を通す手筈を整えてやる」

「どういう事?」

 まったく、あたしの頭が回っていない。

 サテアは無言で、あたしの顔に桶で水をぶっかけた。

(つ、冷たい)

「で、取り分を渡す返事は、マザーキルケ」

「わかったわよ」

 修道院を抜けたけど、『偽聖女』の権威は健在らしい事を思い出した。

「ただ、どうする?」

「私がやる」

 あたしの腕の中で眠っている小娘の顔を見た。

 分っている、この子には生々しい記憶が残っている事を。


 あたしは小娘を抱きかかえたまま、立ち上がった。

 こんな形で、サテアにあたしの裸を見せるとは思ってなかった。

 そのまま風呂場をあとにする。

 あとは多分、大丈夫。

 だって、あたしの趣味だもの。


 あたしは、ベッドの上で小娘を見降ろしていた。

 いまいましい、あの部屋に戻ってきていた。

 あたしは、右手の指を小娘の額の上で陣を描く。

 魔法は完璧、記憶の完全な書き換えの胆は、魔法ではなく演出。

 左手の中指を小娘の乾いた蕾にあてる。

(さあ、演劇の開始だよ)

 あたしの目が吊り上がった。

 右手で小娘の頬を叩いて、眼を覚まさせる。

 自分の胸ごしに、小娘の目覚めを見ている。

 小娘が目を開けて、そしてあたしに気が付いた。

 一瞬で、小娘の身体が固まるのがわかる。

「今から、お前の花を散らす」

 悲惨な事実をここで書き換えてあげる。

 右手の掌で娘のこめかみを掴み魔力を注ぎこむ。

「あたしは女だから、散ったことにならないそうだ」

 自然と涙が、零れてきた。

「大丈夫だよ、これはあたしの指だから」

 あたしは、悲惨な小娘の記憶をあたしの指で焼き付ける。

 一瞬の叫び声ともに娘の膝が曲がった。


 あたしは、クローゼットにあった、男物の服を纏うと部屋の外に出た。

「お前の趣味も高くつくな」

 壁にもたれているサテアが言った。

「同感だわ」

「あとは私が連れて帰ればいいんだな」

「そう」

「あんたが白馬の王子様、私は、いいの」

「困ったな」

「どうして、良い役じゃないの」

「小娘を運ぶとなると、金庫の中身が運べない」

 こいつ、そんな物を探していたのか。

「しょうがない、道化のお前にくれてやる」

 サテアが、足元の革袋を私のほうに転がした。

「ありがと」

 あたしは、ガチャガチャ音を立てる革袋を拾って、馬小屋に向かった。

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