そのフレーズ、どこかで

渡山 妙玲

#1

今日は週1回の出社日。


私の会社も世間の流れに乗り、フルリモート勤務から少しずつ出社回帰の傾向が強くなっている。

今では全社ルールとして週1回が義務付けられている。


出社は面倒くさいが、良い点もある。

気の知れた部署の同僚とランチにいけることだ。


今日は午後すぐの会議もないため、仲の良い先輩の伊藤さんとゆっくりランチを楽しんでいる。


「そう言えば、うなちゃん知ってる? 再来週から朝日さん、2週間休暇らしいよ。羨ましいよねー。」

ため息交じりで先輩の伊藤さんが言った。


ちなみに私の名前は”ゆな(yuna)”だが、現部署の配属当時の書類ミスで”y”の記載が漏れ、”una”となっていた背景があり、若干のいじりと愛着を込めて、そのまま”うな(una)”としての呼び名が定着した。


すこぶるどうでもいい話ではある。



「伊藤さん、私も聞きましたよ。この多忙な時期に休暇は、ほんと羨ましいですよねー。」


と同調しつつ、続けて私は言った。


「吾郷部長、休暇を相談した朝日さんに対して、

『仕事はしっかりやっていれば二の次で良いから、プライベートを大切に楽しみなね!』

なんて素敵な言葉を送ってましたよ。」


「さすが菩薩の吾郷!良いこと言うよね。もうその名言のTシャツ作りたいわ(笑)」


わはは、とガサツに笑いながら伊藤さんは言った。


(”Tシャツ作りたい”って(笑)、伊藤さん面白い返しするな)と思いながら


「あはは、いいですね伊藤さん!今度作ってくださいよ!」


と、その特徴的な返しに乗っかった返答をした。


そんなくだらない会話をしながら、週1回の息抜きランチを終え、オフィスに戻った。



私が勤務する会社は国内でも比較的大きな規模のIT企業、私はその中で経理部門に所属し、社内の経費関連の処理や問い合わせ対応を担当している。


自分なりには就活を頑張ったおかげで今があると自負しているが、入社当時の志は今となっては欠片もなく、定時退社に努め、プライベートを大切にしている日々である。


かといって、熱中している趣味などがあるわけでもなく、家でダラっとしながらあっという間に日常は過ぎていく。


ドラマチックな出来事は全くなく、その代わりにストレスもない。



時計を見ると、ちょうど18時を過ぎていた。


業務も一区切りついたため、本日もほぼ定時で仕事を終え、部署内に挨拶をしてオフィスを出た。


JR中央線はちょうど帰宅ラッシュで混み合っている。

フルリモートに慣れきったせいか、最寄り駅に着いた時には通勤疲れで体が重い。


今朝家を出た際は、夕飯は自炊しようと決意していたのだが、すぐに決意は撤回。

通勤疲れの自分を褒め称え、今夜は外食にしようと改めて決意した。


高収入ではないがある程度の収入はあり、独身で趣味もないため、節約意識もなく、外食に対するお財布の紐は緩い。



無性にジャンクなものを食べたくなり、すぐに目に留まったマクドナルドに入る。

チーズバーガーセットを頼み、2階席のテーブルに座る。


惰性で見ていたNetflixの海外ドラマの続きをスマホで見ながらポテトを食べていたが、たいして面白くもないため、スマホは閉じて店内の喧騒に身を任せた。



見渡すと、前のカウンター席には会社員らしき男性が1名、右隣のテーブル席には女子高生らしき学生2名が座っていた。


会社員はPCを睨みながらハンバーガーを食べ、女子高生たちはポテト片手に楽しそうに話をしている。


聞き耳を立てるつもりはないが、自然に女子高生たちの会話が耳に入ってくる。


「だから絶対に怒られると思って職員室に行ったのよ。そしたら何て言われたと思う?」


ポニーテールの女子高生が言った。


「なになに、何て言われたの?」


もう一人のショートカットの女子高生が返す。


「『自分が決めたことなんだから先生は尊重するよ』って言ったの!マジびっくりじゃない!絶対怒られると思ったもん。」


ポニーテールの女子高生が、その先生の真似なのか、声色を変えながら伝えた。


「えーー!マサ先生めっちゃいいやつじゃん!もうその名言のTシャツ作りたいわ(笑)」


ショートカットの女子高生が驚いたリアクションと共に発した。




その瞬間、私は何か既視感に似た感覚に陥った。


(なにか・・・どこかで・・・聞いたことがある気がする。)


咄嗟に女子高生たちの顔を見てしまい、それに気づいたポニーテールの女子高生も私の方に目線を向けた。


私はしまったと思いつつ、表情に出さないように、あたかも女子高生たちの席の奥にあるトイレに用事がある素振りをして、席を立ちトイレに向かった。


トイレに向かいながらも背に聞き耳を立てたが、どうやら全く気にせずに会話を続けていたので安堵した。



足す用もないトイレに座り、ぼんやりと既視感の正体を考えてみる。


「・・・」

「・・・」

「・・・あっ!」


今日のランチでなにか同じようなフレーズを伊藤さんが言っていたことを思い出した。

同時に、咄嗟に声が出てしまった自分を少し恥じらう。


(Tシャツを作りたい、みたいな同じフレーズだった気がするな。)


と思いつつも、既視感の正体が解決したことにスッキリした気持ちになり、そんなこともあるのかもな?程度で気に留めるまでに至らなかった。


その後は残りのチーズバーガーとポテトを早々に食べ、今夜は家でゆっくりお風呂にでも入ろうかな、と考えながら店を出た。



帰り道であるアーケード式の商店街では、帰宅時間も相まって、人が多くお店も夕飯時で賑わっている。

ちょっとしたテラス席を設けている居酒屋もあり、金曜日でもない今日も、テラス席は満席だった。


居酒屋のテラス席を通り過ぎる中、席で飲んでいる男性二人組の大きな話し声が自然と耳に入る。


「~~シャツ作りたいわー!」

「はははは!」



(・・・あれ?また同じようなフレーズが聞こえてきた気がした)

と思ったのだが、いち早くお風呂に入り通勤疲れの足を労いたい気持ちが、その疑問をすぐにかき消した。



帰宅後、ゆっくりお風呂に入り、テレビで特番と思われる歌番組をぼんやり眺めていたら、あっという間に23時を過ぎていた。


就寝の準備をして、ベッドに入る。


いつもはすぐに寝付けるのだが今日に限っては中々寝付けない。


ぼんやりと目を閉じながら考える。

いつも代り映えのない、何気なく過ごしている私の日常に、今日は少しの波風が立ったからか。


伊藤さんや女子高生の会話を思い出す。


(私が知らないだけで、流行りの芸人さんのフレーズとか、なのかな。。。?)

などと思いながらもスマホで調べる気にはなれず、

「すこぶるどうでもいいわ」と自然に出た独り言を発して、考えるのをやめ、眠りについた。

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