第16話
9
エルシィが俺の家に来てから一週間が過ぎた。いまのところ、彼女が誰かに見つかった様子は無かった。
エルシィは毎日創作文芸部室にいて、本を読んで一日過ごしている。教師とか誰か学校側の関係者に見つからないか不安だったが、本人は楽しくしているようだ。
俺と咲奈は、毎日放課後は文芸部室に入り、エルシィと三人で四方山話をして、そして帰宅する。というのが一日の流れになっている。
よく考えたら、見知らぬ銀髪の少女と一緒に登下校する俺と咲奈を見て、不思議に思う知り合いもいるはずなのだが、なぜか声をかけてくる人はいなかった。
そうしている間にも、俺たち三人は毎晩、エルシィ強化訓練を続けた。
俺のコードが上手いのかそれともエルシィの才能なのか(多分後者だろう)、彼女はめきめきと力をつけてきた。物質の温度変化にせよ、重力操作にせよすでにその力は大きくなり、最近は我が家の庭で実験を行っている。住み始めた当初は、一人暮らしになんでこんな広い庭がいるんだ手入れめんどいなとしか思っていなかったけれど、いまになってメリットを感じている。
ドッシーン・・・・・・!!
「はわわ、どうしよう!!」
オロオロするエルシィ。
今日は庭にあった置き石を重力操作で動かす練習。だが、操作が微妙に狂い俺の家を囲む塀にのめりこんでしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!あとで弁償するから・・・・・・あ、でも私無一文か。どうしよ・・・・・・」
「エルシィ。別に気にすることはない」
俺はのめり込んだ石を両手で取り除く。重力操作の影響はまだ残っていて、だいぶ軽い。
塀の壁は見事に置き石の形にくぼんでいる。
「でも、ここまで大きな穴あけちゃったら、そのうち崩壊するかもしれないし・・・・・・」
不安そうにするエルシィ。
「大丈夫。これはペイタロン製だからな。それ、コード【形状変位】――元に戻れ」
壁のくぼみが粘土のようにぐにゃりと揺らぎ、そして自動で元通りつるりとした壁になる。
「わあ・・・・・・すごいね。やっぱり零夜くんは、天才だよ」
「エルシィちゃん、零夜をおだてるの禁止!」
今日は一緒に来ていた咲奈が、隣から突っ込む。
「でも、これでもう安心というか・・・・・・エルシィちゃん、どんな敵が来ても大丈夫ね」
「できたら来てほしくないけれどね・・・・・・」
「いざというときのことは考えておいた方がいいのよ、絶対」
なんやかや話し合う二人を横目に、俺はふと、自分の家を見上げる。長いこと住み続けてきた、とりたてて特色のあるわけでもない一戸建て住宅。この家に使われているペイタロン。そしてエルシィを構成しているペイタロン。そこに違いはどれくらいあるのだろうか。いや、それをいえば俺たちの身体を形作っているのも、カルシウムやリンといったただの物質に過ぎない。それが生命となるその境界線は、どこにあるのだろうか。
♢
エルシィが家に来てから十日後。それはペイタロンを使った工作実践の授業中のことだった。担当の緑川教師が、作業に没頭する俺たちを眺めながら、唐突に口を開く。
「あー、ちょっと君たち。一度、手を止めて。本日は、聞きたいことがあります。最近、不審な人物を校内や校外で見かけませんでしたか?」
その質問に、一瞬どきりとする。
「例えばの話ですが、見知らぬ生徒が校内にいたとか。どんな些細な情報でも構いません。君たちの身の安全のため、教えてください」
「せんせーい。そもそも見知らぬ生徒がいたかなんて、分かりません。うちらの学校、千人以上生徒いるんですよ?一人一人の顔と名前なんて覚えていませんって」
「うむ・・・・・・確かにそれはそうだが。だからといって、君たちの安全を考えれば、なにもしないというわけにはいかない。以上。作業に戻りたまえ」
恐らく、ほとんどの生徒にとって、この質問は大した意味を持たないものだっただろう。聞き流して、そのまま忘れ去るたぐいの。
だが、俺にとってはそうもいかなかった。これ、恐らくエルシィのことだよな・・・・・・。ヴェクタとその雇い主――デルタ・シュヴァルツ社が、この学校の区域にまでも、なんらかの力を及ぼし始めた、そういうことだろう。それで聞き取り調査。
これはかなりまずいかもしれん。こういう注意喚起で、俺と咲奈がエルシィと喋っているのを不審に思う連中が出てくる可能性がある。
となるとだ。やはりあの計画を次の段階に移さないといけないらしい。
俺は、目の前のペイタロン工作に力を入れる。
♢
その日は、いつもの創作文芸部室での三人での会話もそこそこに切り上げて、俺の家へと向かう。
「でもそれって、本当にエルシィちゃんのことなのかなあ?わたしのクラスでも、確かにそういう不審者の情報提供を呼びかけるようにとのお知らせはあったけれど」
半信半疑といった様子の咲奈に、俺は、
「それは間違いない。恐らく、なかなか強制捜査に踏み切れないヴェクタの連中が、なんらかの手段を使って、学校側にこういう形で圧力を加えた、てところだろう」
「うう・・・・・・ごめんね、私のせいで」
「なにいってんだ。エルシィのせいなんかじゃない」
「そうよ。元々悪いのは、ヴェクタとかデルタ・シュヴァルツなんだから」
「ありがとう、二人とも」
「エルシィ。今日はとっておきのコードがある。いや、それは語弊があるな。ひょっとしたら、エルシィにとって一番嫌なことかもしれない」
「え・・・・・・?それ、なに?」
期待と不安の入り交じった視線をぶつけてくるエルシィ。
「それはまあ、家に着いてからのお楽しみということで・・・・・・お、見えてきたぞ」
家に入り、支度をする俺たち。
「それで零夜。エルシィちゃんに今日はなにさせるの?最近は、重力操作の技術もかなり上がっているみたいだし・・・・・・」
「それは一旦おやすみだ。今日は新しいことにチャレンジだ」
リビングでお行儀よく座っているエルシィに目をやる俺。
「エルシィ。今からするコードはな、ずばり【外見変化】――つまり、エルシィの見た目を変える、ていうのだ」
「ええ?それはちょっと、考えちゃうな・・・・・・」
「もちろん、エルシィがいつでも元の姿に戻れるようにはする。けれど、俺のコード技術も完璧じゃない。だから、もし嫌だったら遠慮無く断ってくれ」
「零夜、そもそもどうしてそんなことをするのよ」
「そりゃ、あれだよ。鏡神学園すら、ひょっとしたらエルシィにとって安全な場所じゃなくなるかもしれないからだ」
「うっ・・・・・・それは確かにそうかもね」
「え?二人とも、今日なにかあったの?」
察しの良いエルシィに、俺たちは今日起こった出来事を話す。
「そっか・・・・・・そうだよね。いつまでも、あのまま部室に籠もってやり過ごすことは、できないよね。うん、いいよ。零夜くん、私にそのコードを付与して」
「エルシィ、本当にいいのか?もう元の姿に戻れなくなる可能性だってあるんだぞ」
「だいじょうぶ。零夜くんを信頼しているよ」
穏やかにそう微笑むエルシィ。ああ、なんとしてでも、もう一度この笑顔を見たい。だから、絶対に成功させてやる。
「分かった。エルシィ、それじゃ準備にとりかかる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます