健太と綾子さん

ビュッフェ

第1話 ペンダンントと15歳の絆


​朝の光が窓ガラスを透かして、健太の部屋に淡い影を落とす。カレンダーは4月、新しい高校生活が始まって間もない。15歳になった健太にとって、この春はすべてが新しく、少しばかり心細くもある季節だった。

​制服に腕を通し、鏡の前に立つ。健太の朝のルーティンで、決して欠かせない工程がここにある。それは、首にかける銀色のペンダントだ。

​健太は小さなドロップ型のそれを、左手の指先でそっと包み込んだ。ひんやりとした金属の温度が、やがて健太自身の体温で温まっていく。鎖が首に馴染むと、まるで何か大きな力が自分を守ってくれているような、不思議な安心感に満たされる。

​このペンダントは、母さん――綾子さんが、健太が小学校に入学する時にプレゼントしてくれたものだ。「いつも、健太のそばにいるよ、というお守りだよ」と、彼女は微笑んで言った。シンプルなデザインだが、健太にとっては世界で一番美しい宝物だった。

​健太は母さんが大好きだ。

思春期に入り、周りの友人たちは親に対してぶっきらぼうな態度をとったり、「ウザい」などと言うようになったが、健太にはそれが理解できなかった。綾子さんの声を聞くだけで、彼女の淹れてくれた熱いミルクティーの湯気を見るだけで、健太の心は穏やかになる。彼女の笑い声は、健太が落ち込んでいる時に必ず太陽を連れてきてくれる。

​「健太、朝ごはんよー」

​階下から綾子さんの明るい声が響く。健太はペンダントをシャツの下にそっとしまい込み、胸の真ん中に収まったことを確認した。

​リビングへ降りると、トーストの香ばしい匂いと、綾子さんの優しい笑顔が出迎えてくれた。

​「今日も早いね。新しい学校はどう?慣れた?」

「うん。大丈夫。部活見学が始まったから、ちょっと楽しみ」

健太が素っ気なく答える。これが、15歳の彼が精一杯表現できる「心配しないで、元気だよ」という合図だった。

​綾子さんは特に何も聞かず、「そっか。じゃあ、いってらっしゃい」とだけ言って、健太の背中をポンと叩いた。その手の温かさが、シャツの下のペンダントを通して、健太の胸に深く染み渡るようだった。

​家を出て、校門へと向かう長い道のり。賑やかな通学路の中、健太は時々、立ち止まって胸元のペンダントに触れる。そのたびに、綾子さんの微笑みと、健太が生まれた日のこと、病気の時に夜通し看病してくれたこと、嬉しかった時も悲しかった時も、いつも隣にいてくれた記憶が鮮やかに蘇る。

​ペンダントは、健太の心と母さんを繋ぐ鎖だ。

​新しい場所、新しい友達、新しい悩み。これから健太の目の前には、さまざまな壁が立ちはだかるだろう。しかし、健太は知っている。このペンダントがある限り、彼の最も大切な存在である母さんの愛情は、いつも、この胸の真ん中にあるのだと。

​健太は胸元を握りしめ、前を向いた。大丈夫だ。心強いお守りと、大好きな母さんの存在が、彼の15歳の毎日を力強く支えていた。

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