第三章:何気ないひととき(その二)
気を取り直して、まだ微かに温もりの残るコントローラーに手を伸ばすと、こちらを向いていた麻色の老年は、いきなりフリーズした私を気に止めることもなく、話を続けた。
“俺に言われてもな。ミュージアムにあるんじゃないのか”
老年に別れを告げ、後ろを振り返り、村の中心にあるツリーをぐるっとスイングバイするようにして、左の傾斜の緩やかな坂を登っていくと、いかにも知的好奇心を刺激してくるようなアーチ型の屋根を持つ木造の建築物が見えてきた。
簡素な建物ではあるが、ところどころに繰形の装飾が施されている。
開口部より敷居を跨ぐと、老年をはじめとし、村で見かけたような我々の種族とは違う種族の胸像が私を出迎えた。
三つ目なところ以外は、現実の我々と似た見た目をしている。
石造りの像のため、肌の色はわからない。
胸像の台座に備え付けられたキャプションパネルによると、どうやら我々以前にこの星系で活動していた知的生命体を模した石像であるらしい。原因は不明であるが、件の旧文明生物はすでに絶滅したか、あるいはすでにこの星系を去ったようであり、我々は彼らの遺物や遺構により、急速に文明を発展させたとのことだった。
奥の部屋では、この星系に関する様々な展示が設けられていた。
中心星の周りを公転する惑星の軌道を表したこの星系の模型は、太陽系に酷似しているものの、各惑星の特徴はそれぞれ異なっており、そこに記された縮尺から、太陽系に比べかなり小さな規模であることがわかる。
隣には、中心星の一生を記した図が展示されており、原始星から主系列星、赤色巨星の段階を経て、超新星爆発に至るまでの様子が記されていた。キャプションには、超新星爆発の後、ブラックホールを形成する旨の説明が示されている。
ゆい「これぐらいの大きさの太陽系、っていうよりは惑星系か、も存在するのかな?」
まさみ「どうでしょう。少なくとも私たちのこの宇宙では、この質量だと水素の核融合反応が起こらないのでこういった星系が誕生することはないみたいですが、多元宇宙論では、物理定数の違う世界なども考えられるそうですし、そういった世界ではあり得るのかもしれませんね」
ゆい「マルチバースとかいうやつね」
まさみ「そうですね」
そもそも核融合の話の前に、この程度の質量だと星を生み出すための重力すらままならないのかもしれない。
それもマルチバース的にはあり得る話なのだろうか。残念ながら、相対性理論の話は今の私には些か難しすぎた。理解したいとは思うが、それにはそれこそ天文学的な年月がかかるのではないかと、気が遠くなる。
2階は観測所になっており、中心に望遠鏡が、奥には複数のパネルを擁するコンソールがあり、手前の椅子に、今度は壮年と思わしき、麻色のそれほどシワのない肌に白衣を着た同胞が座っていた。
話しかけると、典型的な天気の話から始まり、次に私が星間飛行で行うべき3つのフェーズについてが、少々、便宜的にも思われるような感じで示唆された。
画面に4つの選択肢、3つのフェーズのそれぞれについてと、一番下に探査艇の鍵についての選択肢が示されたので、とりあえず、上から順番に選択した。
1つ目のフェーズは単純に探査艇での操作に慣れ、星間飛行を支障なく行えるようにすることだった。いきなりコントローラーの各ボタンに関するメタ的な説明が加えられて、さすがに鼻白んでしまったが、気にせずボタンを押した。
2つ目のフェーズは、各惑星を巡り旧文明生物の足跡をたどるという考古学的な課題で、3つ目のフェーズ、最終目標は星系外縁部への初フライトとのことだった。
各惑星には先輩飛行士が滞在していることもあるらしく、まずはそれを目指していくのがいいらしい。
最後に探査艇の鍵について聞くと、懐から鍵を取り出すモーションがあり、少し感動した。
博物館を出てまっすぐ、木の橋を渡り、発射台まで行くと、私の船、宇宙探査艇がそこに鎮座していた。
脚のついた球体の機体は、下部より紫色の光が放射されていて、UFOがアブダクションする時のあの感じを思わせる。
体がその光に触れると、まさにそれのごとく体が浮き、機体内部に誘われた。
機体内には、入って左、後陣のようなスペースに、フックにかけられた宇宙服と、記録用のパネルが設置されていて、早速、今いるこの母星についての記録が自動で書き込まれた。
未探索の情報の有無なども示されており、ゲーム内のというよりは、プレイヤー用のメタ的なシステム要素でもあるようだった。
奥のメインコンソールに座ると、カギを挿すモーションを挟み、探査艇のメインシステムが起動した。最新のゲームにあまり触れてこなかった私は、この時点ですでに余りあるほどの感動を覚えていたのだが、探査艇で宇宙を飛び始めて以降は感動することすら忘れるほどだった。
壮年の研究者の助言も忘れ、宇宙の果てや、同日に飛ばされたらしい無人探査機を追いかけて飛び回り、満足したところで、私は彼女にコントローラーを渡す。
いつの間にか隣には師匠が座っていた。チラチラと、こちらを伺いながら、隙を図ってテレビにも目を向けている。
私から探査艇の操縦席を預かった彼女は、一旦母星に戻りボロボロの船を修理した後、再び発射台を飛び立ち、まっすぐ月に向かった。
巧みな操縦で、数十秒もかからないで到達したそこには先輩宇宙飛行士がいて、この星系の説明や、他の宇宙飛行士についての、まさにチュートリアルといったような説明をしている。
オープンワールドタイプのゲームは初めてだったが、一応筋道もあったりするんだなぁと、なんとなくゲーム画面を眺めていると、人肌に暖かい心地の良い空間のせいでだんだんと眠気が迫ってきて、私はさしてそれに逆らうこともなく、ゆっくりと瞼の裏の宇宙へと沈んでいった。
・・・・・・
・・・
・・・
呼吸の音と心臓の鼓動だけが感じられるのが、何となく宇宙空間っぽいな、と思ったのが浅い眠りから目覚めて初めの感想だった。
電車で眠ってしまった時のように、これは首が痛くなるだろうなあ、と思っていたのだが、意外とそんなことはなく、むしろ連日の勉強による肩の凝りが取れてさえいるように、首回りは軽かった。
窓の外はすでに暗く、隣に座っていたはずの師匠は、いつのまにかいなくなっている。
ゆい「起きた?」
まさみ「すみません、寝てしまいました」
ゆい「大丈夫、それよりやり残したことは?」
テレビに目を向けると、焚き火を囲んで、宇宙服に身を包んだ先輩宇宙飛行士と思わしき生物と対峙していた。
後ろに見える探査艇は、もはや、探査艇というよりは宇宙船と述べるのが正しいように思われるほど拡張されていて、かつての面影は、端の方に申し訳程度についている球体の部分にのみ残されていた。
"長い旅になる。やり残したことは?"
相対する生物が話しかけている。
三つ表示された選択肢は、薄暗くなっていて、すでに選択済みのようだった。
"やめる"の選択肢だけが、濃く光っている。
"やり残したことは"と聞かれて、これと言って強く思い浮かぶものがあるわけではなかったが、そう言えば”月と六ペンス”がまだ読みかけだったな、と寝ぼけた思考が脳内で呟いた。
まさみ「"月と六ペンス"、って読んだことありますか?」
ゆい「あるよ、高校の頃だったかな」
まさみ「どうでした?」
ゆい「ん〜、どうだろう。"神々の山嶺"とかの方が個人的には好きかな」
"神々の山嶺"を引き合いに出した真意を尋ねはしなかったが、おそらく、どこか重なっても見える画家と登山家を並べて、尺度にしたのだろうと思う。
まさみ「同じ芸術家として、何か思うところはありましたか?」
ゆい「んー、私は芸術家の前に人間だから」
・・・芸術家の前に人間。
・・・人間の前に芸術家。
確かに、かの画家と彼女の違いを端的に表した表現だと思う。
その答えを聞いて、私はすでに満足してしていた。
もしこのまま戻ることのない旅に出たとしても、"月と六ペンス"が心残りになることはないと思えるような。
そもそも、思えば、そういう毎日を生きていたような気もする。
例えば、読みかけの本を閉じたまま、次の朝を迎えることがなかったとしても、まあいいか、で済ませるような、そんな日々を。
そう、思っていたはずなのだが・・・。
ゆい「それに今は、私はもう芸術家じゃないかもしれないね」
まさみ「どうしてですか?」
ゆい「いま、作品を作るときはもう、まーちゃんのことしか考えてないからさ」
と彼女が言った。
返答を待つ彼女に、
”晴耕雨読の、いい日々でした”と私は言った。
“うん、まさに”と彼女が言った。
"やめる"を選択した彼女は、探査艇もとい宇宙船に乗り込み、見かけは月にも似たその惑星を後にした。
ほどなくして画面が暗転し、エンドロールが流れ始めた。
ゆい「いいゲームだったよ」
まさみ「そうですか。寝てしまってすみません」
ゆい「大丈夫だよ。まーちゃんが寝たあたりで、別のスロットにセーブ書いておいたから、またそこから始めるといいよ」
まさみ「ありがとうございます」
そういうところも、彼女らしいと思った。
ゆい「じゃあ、私、お風呂の準備してくるから」
そう言って、彼女はリビングを後にする。
エンドロールが流れ終わり、タイトル画面で揺れる焚き火の煙を少しだけ眺めていた。
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