Track 17:過去を追いかけて、過去を超えろ

「じゃあ早く行こう! 打ち上げ打ち上げ! 新歓成功とバンド結成を祝って!」


 望楽みこのが嬉しそうに楽屋へ歩き出す。その時、声が俺たちを呼び止めた。


「あの……!」


 振り返ると、さっきからずっと黙って見ていた月見里さんがいた。


「わたくしも、わたくしもバンドに入れていただけませんか?」


 俺たちの困惑した視線に、月見里さんが続ける。


「皆さんの演奏を見ました。とても素晴らしくて、とても……胸が熱くなりました」


 唇を噛みしめて、言いにくそうに。


「……天晶さんの仰る通り、わたくしのピアノはつまらない。観客の反応を見れば、明らかです。しかし皆さんの演奏には、わたくしに欠けているものがありました。ただ盛り上がるロックというだけではなく、もっと――」


 言葉が途切れる。視線を落として、声のトーンを静かに抑えた。


「もっと自由で、もっと輝いて、もっと心を掴む音。それこそが、わたくしがずっと探していた答えです」


 最後に、深く頭を下げた。


「お願いします。バンドに入れていただきたいのです。この機会を逃したら、わたくしは音楽を続けられません」


 祈るような姿勢のまま、震える声でそう告げた。


「どうする、りつ?」

「天晶くん……」

律玖りつく


 三人が迷わず決定権を俺に押し付ける。


「お、俺が?」

「だってリーダーだし」


 俺? リーダー?


「まって、望楽がリーダーだろ。お前が言い出したんだから」

「でもあたしたちを繋げたのはりつじゃん? ここにいる全員と知り合いなのりつだけだし、リーダーに一番向いてる」


 いや、望楽と雲井さんも知り合いだろ……あれ、でも和響と月見里さんは俺しか知らないのか。確かに全員と繋がってるのは俺だけだ。


「こんな風にリーダー決めていいの?」

「問題ないって。こうやって決断任せてるのが一番の証拠でしょ」

「……あー、はいはい。わかった」


 とりあえず今はこれで。月見里さんをここで待たせるのも悪い。


「うーん……キーボードが増えたら音に厚みが出る。でも月見里さんはクラシックピアノだけだよね。ロック中心だけど、弾ける?」

「譜面があれば弾けます。皆さんほど素晴らしくは演奏できないかもしれませんが、絶対にミスしません!」

「あと、うちは簡単に辞められないからね」

「もちろんです。さっき聞きました。天晶さんがまた一人にならないよう、ずっと続けます!」


 こう言われると結構恥ずかしいな。

 ところで、Nova Heatノヴァ・ヒートの音にピアノが加わるか……


「悪くないんじゃないか? 灯詩あかしもキーボードが欲しいって言ってたぞ。条件に合う人がいなくて諦めたけど」


 確かに合っている。曲ももっと耳に残る、魅力的になる。


「でもそれじゃNova Heatじゃなくなるだろ……」

「まさか完全再現するつもりか? やめとけ。パクリのレッテル貼られて、Nova Heatと比較されて粗探しされて、最後は情熱削られて解散するぞ」

「急に現実的だな」

「こういうバンドどれだけ見てきたと思う? Nova Heatを再現したいって思ってるのはお前だけじゃない。でも現実は『復活』より『パクリ』扱いされやすいんだ」


 その光景が目に浮かぶ。望愛ねえの言う通りだ。


「わかった。歓迎するよ、月見里さん」

「……はい! どうもありがとうございます!」


 月見里さんがこれまでで一番明るい笑顔を見せた。


「よし、決まりだね! そうだ、すずちゃん、軽音部のみんなは?」

「あ、えっと、ちょっと待ってください……」


 雲井さんがスマホを取り出した。


「あ、部長がもう帰ったって。ライブやり遂げてくれてありがとう、改めてお礼させてくださいって」

「そっか、みんなで打ち上げ行こうと思ってたのにな。しょうがない、私たちだけで行こう。今日は焼肉が食べたい! 姉ちゃんの奢り!」

「なんで? まあいいけど」

「マジで!? やった!」

「あ、ありがとうございます、オーナー!」

「あの、わたくしもご一緒してよろしいのですか? もちろん、お支払いは自分でいたします」

「いいって、いいって。新バンドへの投資ってことで。ちゃんと売れて、うちに客引っ張ってこいよ」

「ハハハ! 姉ちゃん現実的!」


 望楽が嬉しそうに先頭を歩く。雲井さんがその後を追って、和響がのんびり歩いて、月見里さんも少し躊躇いながらも続いた。


「どうだ? 久しぶりのバンド結成は」


 望愛ねえが隣に来て、肩に手を置く。


「まだちゃんとライブもしてないから分かんない……でも、さっきみたいにできるなら、悪くない」

「素直じゃないな。早く行け。じゃないとお前の分払わないぞ」

「理不尽すぎるだろ!?」


 足を速めて、みんなを追いかける。背中に、望愛ねえの声が届いた。


「過去を追いかけて、過去を超えろ。律玖」


 ああ。灯詩よりもっと輝いて、もっと長く光り続けてやる。

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