Track 22:距離感チューニング

『お昼、音楽室に集合ね!』


 三限が終わると、望楽みこのからそんなメッセージが届いた。昼休みになると、望楽が白いギターケースを背負って現れた。


「ファンたちと一緒に飯食わなくていいのか?」

「バンドでミーティングするって言ったら、みんな行かせてくれたよ」

「だ、誰もついてきてないよね……」


 雲井さんがちょっと心配そうに聞いてきて、ちらちらこっちを見てくる。


「大丈夫大丈夫、キリアのことはもう謎解き大会になっちゃってるから、こんなやり方でネタバレする人なんていないって。やったらファンクラブに処刑されるし」


 俺のファンクラブって何の過激派だよ。誰もついてきていないのを確認してから、机を寄せ合って昼飯を食い始めた。ちなみに人数が増えることは、もう棗田先生の許可を取ってある。


「そういえば月見里さん、勝手にバンド加入のこと喋っちゃってごめんね」

「いえ、遅かれ早かれ、知られることですから」

「気にしてないならよかった……あの、月見里さん、弦世いとせさんって呼んでいい? それともいとちゃんでもいい?」

「え?」

「だってバンド組んだんだし、みんなの結束力を高めるためにも、名前とかあだ名で呼び合おうかなって」

「構いませんよ、名前でもあだ名でも」

「やった! じゃあいとちゃんって呼ぶね! あたしのことも好きに呼んでいいよ!」

「ええ、でもわたくしは苗字で呼ぶ方が慣れていて落ち着くので、すみません」

「私も名前で呼んでいいですか、月見里さん?」

「どうぞ、雲井さん」

「い、いとち……うぅ、やっぱり弦世さんでいいかな……」


 女子たちは弁当を食べながら、お互いの呼び方について楽しそうに話し合っている。


「じゃあ呼び方変えるなら、みんなで変えよう! りつ、あおと!」


 そして望楽が調子に乗って、俺と和響あおとまで巻き込んできた。


「おい、勝手に決めんな」

「何よ? 今さらリーダーぶるつもり? 朝はあんなにヘタレてたくせに」

「はあ? ケンカ売ってんの?」

「あ~、分かった、りつったら照れちゃって可愛い女の子を名前で呼べないんだー」


 望楽がめちゃくちゃムカつく笑顔を浮かべる。


「違う。二人が男子に名前呼びされるのを嫌がるかと思って」

「わたくしは気にしませんよ」

「わ、私も!」

「まあいいか。じゃあ名前で呼ぶぞ、お前らも律玖りつくでいい」

「へへへ……キリア様と名前で呼び合える……」

「なんだーつまんねー」


 次に、黙々と飯を食っている和響に全員の視線が集まった。


「……何? どっちでもいい。好きに呼べ。でも俺は変えない、面倒くさい」

「うーん……まあ、一歩前進ってことでいっか!」


 ずいぶん簡単な一歩だな。


 ◆ ◆ ◆


 飯を食い終えて教室を片付けたら、合奏の時間だ。


「今日はバンド全員で?」


 雲井さん――鈴果がギターをアンプに繋ぎながら聞く。


「せっかくみんな集まったんだし、もちろん一緒でしょ! あたし、ずっとみんなとセッションしてみたかったんだ!」


 望楽も倉庫で見つけた二台目のギターアンプを調整し始める。ここの設備は本当に充実している。さすが藍原市ってとこか。


「そういえば、望楽さんと弦世さんは試験受けなくていいんですか?」

「試験? 何の?」

「私が初めて来たとき、和響さんに一回セッションして実力を測られて……」

「空元と月見里の技術には問題ないから不要」

「いいなあ……」


 技術だけで言えば鈴果の方が望楽より何倍も上手いと思うけど、あのときの鈴果はまだ完全に未知数だったから仕方ない。


「その試験ってそんなに難しいんですか?」

「和響が一曲最後まで叩いてくれるかどうか見るだけ」

「基準が曖昧だから怖いんじゃないですか!」


 ピアノ椅子に座ろうとすると、みんながこっちを見ている。


「何だよ」

「何だよじゃなくて……そう言えばりつがベース持ってきてない?」

「そう」

「じゃあいとちゃんは何弾くのよ?」

「……あ」


 そうか、完全に忘れていた。セッションって言ったらピアノって習慣になっている。


「大丈夫です、わたくしは横で見ているだけでいいので。天晶さんがピアノを弾くなら、わたくしにない何かを発見できるかもしれません」

「いとちゃんがそう言うなら。でもやっぱりフルメンバーで試したかったな……」

「それは正式な練習のときでいいだろ。それに音楽室はスタジオじゃないんだから、うるさすぎたら先生に怒られるぞ」


 今だってベースが一本足りないだけなんだけど。


「そうだ、練習! 練習の日程決めとく?」

「いいな。和響、ちょっと来い」


 倉庫に向かおうとしている和響を呼び止める。完全に「面倒くせえ早くドラム叩きてえ」って顔をしている。

 俺たちは輪になって、スマホのカレンダーを開いて予定を確認し始めた。望楽と和響が一番調整しやすいのは予想通り。

 望楽は動画の収録と編集の時間を自分で調整できるし、今はバンド運営関連のことも増えたけど、それも自由に組める。和響はサポートを受けなければ、時間は完全に空く。弦世も意外と暇なのは驚きだ。


「いとちゃんはピアノのレッスンでスケジュール埋まってると思ってた」

「もうピアノのレッスンは受けていないので、時間は自由に調整できます」

「やっぱりもう習っても無駄なレベルなんだ。『もう教えることがない……』みたいな?」

「んー……ちょっと違います。わたくしに欠けているものは先生が授けられるものではないので、やめました」


 そりゃそうか。弦世に足りないのは表現力で、それはレッスンじゃ身につかないだろう。とにかく彼女もほぼ空いている。


「じゃあ実質、俺と鈴果のシフト次第ってことか」


 幸い俺たちのシフトはそんなに多くない。ただ、重複が少ないんだ。バーカウンターに高校生ばかり立たせると、望愛みよりねえがアルコールを自分で扱わなきゃいけなくなって人手の無駄になる。

 今後の練習の都合を考えると、望愛ねえには悪いけど、俺と鈴果を同時にシフトに入れた方がいいだろう。


「じゃあ日程はこれで決まりだね! 場所は?」

「コンステラでいいだろ」


 コンステラ――Studio Constellaスタジオ・コンステラは、望愛ねえが経営するスタジオで、Stargazerスターゲイザーの上にある。


「りつがそう言うと思った」

「何だよ、ダメか?」

「ううん、いいと思う。あたしの動画も全部そこで録ってるし」


 望楽の動画の映像は自分の部屋で撮っているけど、音源は別でConstellaで収録している。


「じゃあ予約しちゃうねー」


 全員異論なさそうだから、望楽がすぐスマホでスタジオを予約する。


「そうだ、これから投稿する動画の予定なんだけど、一本目は『Radiant Rushラディアント・ラッシュ』をカバーしたいんだけど……いい? りつ」


 多分、新歓のときのことを心配して、望楽がわざわざ俺の許可を取りに来た。でも、もう抵抗はない。音楽ってのは広まってこそ受け継がれていくものだ。大事にしすぎて触れなくなったら、それこそ本当に消えてしまう。


「いいけど、なんで? 新歓でっただろ」

「あのときちゃんと撮影してないし、ネットにも載せられないじゃん。それにあの曲をあたしたちの出発点にしたいの。有名曲をカバーした方もスタートしやすいし」

「ならいい」

「それであのときりつが即興で変えたアレンジを残して、さらにいとちゃんのピアノも加えたい。適度にアレンジすれば印象に残るでしょ! あと衣装は――」


 望楽はどんどん乗ってきて、みんなの衣装まで考え始めた。ロゴのデザインとか、バンドTシャツを作る計画まで立てている。

 結局、話し合いが終わったら合奏する時間がなくなっていて、和響が超不機嫌になった。

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