Track 19:解散の真実

 あれは俺が五歳の時だった。ある日、望愛みよりねえが学校から帰ってきたんだけど、見知らぬ女子生徒を連れてきた。

 それが、俺と灯詩あかしとの最初の出会いだった。


「かわいい〜、望愛の弟?」

「違う、隣の子だ。両親がほとんど家にいないから、いつもうちにいるの。まあ、弟みたいなもんだけど」


 俺の両親は仕事の関係で、基本的に日本にいない。でも、こんな小さい子を一人で家に置いておくわけにもいかないから、俺は空元家に預けられているようなものだった。


「そうなんだ〜、あ、そうだ、坊や、ベース弾いてみない?」

「は? 何言ってんの、まだ五歳だよ」

「大丈夫だって。もしかしたら私たちが探してるベーシストかもしれないじゃん。ショートスケールなら弾けるでしょ? すぐ買ってくる!」


 灯詩はそう唐突に聞いて、唐突に決めて、唐突に動き出した。


「ちょっと待っ――はあ、行っちゃった。マジで行動力バケモノだな、あいつ。ごめん、律玖、驚いた?」

「ううん……ベースて、なーに?」

「えっと、楽器の一種なんだけど、どう説明すりゃいいかな」


 望愛ねえはしばらく考えてから答えた。五歳児のボキャブラリーじゃ、説明するのも大変だろう。


「ほら、お姉ちゃん音楽やってるでしょ? ベースはその楽器の一つで……わかる?」

「おんがくって、たのしいの?」

「そりゃ楽しいよ。楽しくなきゃやってないって」

「ベースやったら、一緒におんがくできる?」

「まあ、そういうことになるけど……律玖、まさかやりたいの?」

「うん! おねえちゃんといっしょにあそびたい!」

「このちゃんと遊ばないの?」

「このちゃん、いつもいじわるする……きらい……」

「あいつ……」

「ただいまー!」

「早っ!?」

「よし坊や、灯詩お姉ちゃんがベース教えてあげる。名前は?」

律玖りつく

「じゃあ律玖ちゃん、ほら、これ背負って。お姉ちゃんの言う通りにするんだよ――」


 ◆ ◆ ◆


「一年くらいベースを習って、小学一年生になった俺は、そのままNova Heatノヴァ・ヒートに引っ張り込まれて、あちこちでライブをやるようになった」


 理由なんて本当に単純で、二、三言で終わる話だ。


「すごいですね、小学一年生でステージに立つなんて」

「そうですか? ピアノのコンクールだと、その年齢から出てる子も結構いますよ」

「クラシックピアノの世界もすごいんです……」

「それで? どうしてそんなに有名になったの?」

「それは俺にもよくわかんないけど、灯詩の作る曲と、あいつの圧倒的なパフォーマンスが理由だと思う」

「ああ。あいつみたいに一瞬たりとも燃え続けられる人間なんて、そうそういないでしょ。悔しいけど、灯詩は私たちの中で一番輝いてた」


 望愛ねえも俺の意見に同意した。


「じゃあ、なんで解散したんですか? 確か公式発表ではボーカルが脱退しました?」

「灯詩は……」


 俺が望愛ねえを見ると、彼女は肩をすくめて、代わりに口を開いた。


「灯詩は死んだ。」


 その一言で、全員が黙り込んだ。


「元々病気持ちだったんだけど、音楽やるために治療を拒否してて。ライブの後に突然倒れて、そのまま逝った」

「「「……」」」


 包み隠さない言葉に、場が静まり返る。聞こえるのは肉が焼ける音と、個室の外の喧騒けんそうだけ。


「自業自得だし、もう何年も経ってる。今更隠す必要もない」


 望愛ねえは何でもないように肉を食べた。


「す、すみません、天晶くん。私たち、勝手に……」

「いや、気にしないで。知らなかったんだし。それに望愛ねえも言ってたけど、もう五年前の話だ。俺たち、もう引きずってないから。あ、このレバー俺もらうぞ」


 雰囲気を和らげようと、俺も肉を食べた。灯詩の話、ごまかしとけばよかったな。完全に空気凍っているじゃん。

 結局、雲井さんは黙々と焼いて、俺たちも黙々と食べる。気まずすぎる。こういう時こそ望楽みこのに――あ、ダメだ。あいつ完全に『Radiant Rushラディアント・ラッシュ』弾かせたことへの罪悪感に沈んでいる。今更かよ。

 しょうがない、何とかするしかないか。


「……そうだ、せっかくバンド組んだんだし、これからのこと決めようぜ」


 前向きな話題に、みんながようやく顔を上げた。


「楽器の担当は今日と同じで。望楽がボーカル兼リズムギター、雲井さんがリードギター、和響あおとがドラム、月見里さんがキーボード、俺がベース。」


 全員が頷く。


「で、バンドリーダーは……俺が務めるって午後言ったけど。この話、まだ有効?」

「変わってないよ。りつが一番リーダーに向いてると思う」

「私もそう思います」

「異議なし」

「わたくしも問題ないです」

「わかった。次はオリジナル曲について。俺、カバーだけじゃなくて、ちゃんと曲作りたいんだ。一応確認するけど、みんな編曲はできるよね?」

「「「うん」」」

「はい」

「作曲とか作詞の経験がある人、もしくはやってみたい人は?」


 手を挙げたのは俺と月見里さんだけだった。


「ですがわたくし、クラシックのピアノ曲しか書いたことがありません。歌詞も、書いた経験がなくて……」

「じゃあ作詞と作曲は俺が担当して、編曲は各パート自分で担当する。これでいい?」


 誰も異論がない。会議は順調に進んでいる。

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