Track 15:ラディアント・ラッシュ

 俺たちの立場は部活紹介じゃなく、特別ゲスト(主に望楽みこの)。だから他の部活みたいに講堂の裏口から共用楽屋に並ばなくていい。最初からここで準備できる。

 この特権を持っているのは俺たちだけじゃない。月見里さんもだ。あの時望楽と一緒に生徒会室にいたってことは、彼女も招待されて演奏する。たぶんピアノだろう。

 楽屋の他の生徒たちがチラチラこっちを見ている。この二人が目立ちすぎるから。

 白いジャケット、へそ出しタンクトップ、バスパンのスポーティーな衣装に着替えて、かっこよさと元気を兼ね備えた望楽。

 そしてシンプルで美しい深紫のオフショルダーショートドレスを着た、静かで優美な月見里さん。二人とも特別なオーラを放っていて、目を引く。


 そのせいで俺たちまで注目される。ステージ以外でこんな風に見られるの慣れない。

 約一時間後、部活紹介がついに終わった。楽屋には俺たち四人と月見里さんしかいない。


「月見里弦世いとせさん、ステージの準備をお願いします」


 実行委員の案内で、月見里さんがステージへ向かう。彼女を迎えるのは熱い拍手。

 その後、ピアノの音が響く。フレーズがゆっくり流れ出す。音は楽屋までくっきり聞こえる。

 正確で、バランスが取れていて、穏やかな。でも石を水面に投げても波紋が立たないような違和感がある。

 月見里さんのピアノ。綺麗だけど退屈。長い五分が過ぎて、客席から拍手。冷めてもないけど熱くもない。


「ミコ・ノートさんと伴奏の皆さん、ステージの準備をお願いします」

「じゃあ、行こう!」


 望楽が元気よく立ち上がって、クリームホワイトのTelecaster Thinlineテレキャスター・シンラインを背負い、俺たちを率いてステージへ向かう。

 袖で、月見里さんとすれ違う。暗いけど、彼女の表情が悔しさでいっぱいなのがわかった。


「それでは最後の演目です。人気ネットシンガー、ミコ・ノートさんと有志の生徒の皆さんによる特別ステージ!」


 ステージの準備が整い、司会の紹介とともに、俺たちはスポットライトの下へと歩み出た。客席から激しい拍手と歓声が沸き起こる。


「「「ミコー! ミコー! ミコー!」」」


 全校生徒が一斉に望楽の配信名を叫ぶ。彼女がどれほど人気なのか、肌で感じた。


「ハロー、ミコだよー!」


 望楽が元気よく客席へ挨拶する。彼女の一挙一動が会場の熱を掻き立てている。

 シールドを繋ぎ、チューニングして、音量を確認する。自分のセッティングを終えて、手に持つAfterburner IIアフターバーナー・ツーを見下ろした。

 漆黒しっこくのボディがライムライトとうごめく熱気を貪欲どんよくに呑み込み、最低限の光だけを気怠けだるそうに反射している。初ステージにしては随分と生意気なやつだ。でも、おかげで落ち着けた。

 全ての準備が整って、望楽が俺たちを見回し、最後に俺へ頷いて客席を向いた。


「じゃあ、聴いてください。『Radiant Rushラディアント・ラッシュ』」


 MCで場を盛り上げることもなく、ただ深く息を吸い込む。

 そして――歌う。

 透き通ったアカペラが、講堂に響き渡る。楽園から流れ落ちる泉のように、この世のものとは思えない光を宿して。灯詩あかしとはまるで違う声だ。

 なのに、同じ歌詞を歌っても、少しも違和感がない。一瞬、五年前に戻った気がした。あの最後のステージ。だが最前線に立つ人は違う。


 時空を超える糸が腕を引いて、ピックを振り抜かせた。イントロのリフが鳴り響く。

 歌声とともにゆるやかに流れていた空気が、俺の介入で張り詰める。二つ目の音が鳴った瞬間、疾走が始まった。

 重く硬質ソリッドな音が、望楽の躍動的なステップを底から押し上げ、数秒後にギターとドラムを先導していく。信じられないほど懐かしい熱が一気に爆発した。

 あまりにも久しぶりに至近距離でこのエネルギーを浴びて、爆風に吹き飛ばされそうになる。


 だが激しい衝撃を受けても、心地よさを感じる。なぜだ?

 違う。明らかに違うのに。

 翼さんのドラムはこんなに整ってなかった。もっと荒々しくて、もっと混沌としていて、もっと気持ちを昂らせてくれた。

 望愛みよりねえのギターはこんなに冷静じゃなかった。もっと焦燥感しょうそうかんがあって、もっと切迫せっぱくしていて、もっと一緒に走り出したくなった。

 灯詩の歌声もこんなに澄んでなかった。もっと力強くて、もっと燃えるようで、もっと叫び出したくなった。

 それなのに、こんなにも似ている。胸の奥のこの高鳴りも、この――喜びも。


 駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。甘美さに惑わされてはいけない。宝物みたいに大事に抱え込んではいけない。

 そうしないと、また、あの時みたいに突然消えてしまうから。

 音色を変えるだけじゃ足りないのか。なら全部変えてやる。そうすれば、あの粘つく過去から抜け出せるはずだ。


 最初のサビに入る時、ピックで五弦を叩きつけた。

 それはまさに氷の鉄槌、圧倒的な質量が講堂を貫く。『Radiant Rush』には存在しない音。

 空気が変わったのを感じた。不穏な熱がステージに広がる。

 和響あおとのドラムは揺るがず、望楽の歌声に迷いはない。でも雲井さんは違う。彼女は突発的な状況に弱い。

 さっきから予想外のプロレベルを見せていた雲井さんのギターも、俺がアレンジを変えた瞬間、明らかに動揺した。ずっと下を向いて黙々と弾いていた彼女が、不安そうに俺を見る。

 大丈夫。この曲を台無しにはしない。ただ、そのままにもしない。もうあの時の夢を見たくないから。


 低音域が拡張されて、見えないゴールへ必死に走るランナーが、突然四つん這いになり、獲物を狙う獣に変わった。

 巨大な凶獣が追いかける圧迫感。アドレナリンが爆発する。

 これこそがこの曲の本来の姿なんじゃないか、そう思わずにはいられない。

 危険で、野性的で、目的に満ちている。二人で意味もなく青春を謳歌おうかして、太陽へ向かって走る熱血ドラマなんかじゃない。

 二頭の捕食者が、終わりなき冬を越えるための獲物として太陽を見据みすえ、蛮勇ばんゆうの狩りを始める。永遠に届かない頂点へ向かって駆け抜ける。


 愚かすぎる。

 不可能な目標のために自分を燃やし尽くして、長い間一緒に走ってきた仲間を捨てて、孤独に灰になる。

 これがお前の求めていた、最後の音なのか、灯詩?

 あの時まだ五弦が弾けなくて良かった。じゃなきゃライブ後にベースでお前のマイクスタンド叩き壊していた。


 悲しみと怒りに満ちていても、まだ感情に浸っている場合じゃない。ちゃんとリズムを支えないと。勝手にアレンジして、結局演奏を台無しにする奴になったら最悪だ。

 雲井さんの視線を受けて、軽く顎をしゃくって合図を送る。

 彼女は理解した。フォーム全体を一オクターブ上げて、より鋭いアルペジオが溢れ出す。獣が群れになった。ワイルドハントが始まった。


 二番のサビ、望楽も声を張り上げて、会場全体の感情を引き上げていく。

 生徒たちは座って聴いているだけじゃ我慢できなくなって、次々に椅子から立ち上がり、リズムに合わせて手を振り、足を踏み鳴らす。

 見覚えのある光景がまた目の前に重なる。だが隣に立っているのはNova Heatノヴァ・ヒートの仲間じゃなく、状況に追い詰められて急遽集まった無名のグループ。


 違う。よみがえったのは景色じゃない。心象だ。

 この情熱と喜びは、あの時と全く同じだ。

 全部変わったはずなのに。なぜあの感覚が戻ってくるんだ?

 手に入れたら必ず失うことになるのに。もう二度と失いたくなくて逃げたのに。

 ああ、結局認めるしかないのか! このライムライトの下でしか得られない、抗えない快感を!

 くそ! くそ! くそっ!


 剥き出しになった怒りをアウトロのソロに込める。望楽のロングトーンが優しく最後まで寄り添ってくれた。

 講堂の空気が震えなくなった時、両腕が力なく垂れ下がった。

 あまりにも多くのものが体に流れ込んで、あまりにも多くのものが抜け落ちていった。

 自分の重さすら、わからなくなった。


 力尽きた俺とは対照的に、客席から講堂の天井を突き破るような歓声が爆発した。口笛、叫び声、悲鳴が入り乱れる。

 最前列の端に座っている教頭が怒鳴り声と身振りで全員を静かにさせようとするが、完全に無駄。味方がいない。隣の先生たちまで応援に加わっている。


「以上、『Radiant Rush』でした! ありがとうございました。入学おめでとう!」

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