規格外のビギナー魔術師〜魔力封印から十年、隠居生活を終えて最強パーティ復帰のサードライフ〜
朧月アーク
第1話 魔王と代償
広大な魔王城の玉座の間は、炎と闇の渦巻く戦場と化していた。空気は焦げた臭いで満たされ、崩れ落ちる石壁の音が響き渡る。
魔術師のクレインは、汗と血にまみれた顔を上げ、目の前の巨大な影を睨みつけた。魔王ヴォルガノス――その巨躯は黒い鱗に覆われ、赤く輝く瞳が憎悪を吐き出していた。
「はあ、はあ……これで終わりだ、魔王!」
クレインの声は震えていたが、決意に満ちていた。彼はパーティの魔術師として、仲間たちを支えてきた。勇者キラ、聖女アーリア、そして戦士のガロン。彼らと共に、数え切れないほどの冒険を乗り越え、ついにここまで来た。
キラが剣を構え、叫ぶ。
「クレイン、準備はいいか! 最大魔術で奴を弱らせてくれ!」
クレインは頷き、右手を挙げた。体内に蓄積された魔力が渦を巻き、指先から青白い光が溢れ出す。彼が唯一詠唱を必要とする究極の破壊魔法。それは星の爆発を模したような、すべてを焼き尽くす炎の嵐だった。
「虚空の闇に潜む原初の
空気が一瞬で歪み、玉座の間に灼熱の熱風が吹き荒れ、視界が真っ赤に染まる。巨大な火球が魔王に直撃し、爆発――それはまるで星が崩壊するかのように、周囲の空気を焼き尽くし、黒い鱗を溶かしながら魔王の巨躯を内側から破壊した。
衝撃波が城壁を震わせ、石塊が飛び散り、魔王ヴォルガノスが咆哮を上げて黒い翼を広げて抵抗するが、炎の嵐は容赦なくその体を包み込み、膝をつかせるほどのダメージを与えた。空気中に焦げた臭いが広がり、残り火が玉座の間にちらつく中、魔王の赤い瞳に初めての恐怖が浮かんだ。
「グオォォォォォォォ! 人間どもめ……!!!」
魔王の声は苦痛に満ちていた。キラがその隙を逃さず、飛び込む。聖剣を高く掲げ、渾身の一撃を放つ。
「これで終わりだ! 魔王!
聖剣が輝きを増し、神々しい光の軌跡を残しながら魔王の首を貫いた。黒い血が噴き出し、魔王の巨躯がゆっくりと崩れ落ちる。玉座の間に轟音が響き、闇が晴れるように光が満ちた。キラは息を荒げ、笑みを浮かべた。
「やった……やったぞ! ついに魔王を倒した!」
アーリアが駆け寄り、キラを抱きしめる。
「キラ! 私たちの勝利よ!」
ガロンが拳を握りしめ、
「これで世界は救われたな! みんな、よくやったぜ!」
クレインも安堵の息を吐き、仲間たちに近づく。だが、その瞬間――魔王の倒れた体から、微かな黒い霧が立ち上った。誰も気づかないうちに、それはキラに向かって忍び寄る。魔王の最後の余力による呪い。魔力封印魔法「エターナル・バインド」――それは対象の魔力を永遠に封じ込め、一切の魔法を使えなくする禁断の術だった。
「キラ、危ない!」
クレインの叫びが響く。彼は本能的に身を投げ出し、キラの前に割り込んだ。黒い霧がクレインの体を包み込み、激しい痛みが全身を駆け巡る。
「ぐあっ……!」
霧が消え、クレインは膝をついた。体内の魔力が、まるで氷漬けにされたように動かない。
キラが慌ててクレインを支える。
「クレイン! どうしたんだ? おい、大丈夫か!?」
アーリアが治癒魔法をかけようとするが、クレインの体は異常を示さない。
「これは……魔王の呪い…? 魔力封印……クレイン、あなたキラをかばって……」
クレインは苦笑いを浮かべた。
「はは、キラはたった一人の勇者なんだ。勇者不在じゃ世界が困るだろ。俺はその辺にいるただの魔術師だ。どうにでもなる」
だが、心の中では動揺が広がっていた。魔法が使えなくなったら、冒険者として生きていけない。Sランクの魔法使いとして名を馳せたクレインにとって、それは死刑宣告に等しかった。
***
数日後、世界は沸き立っていた。魔王討伐のニュースが瞬く間に広がり、王都では盛大な式典が開かれた。広場は花と旗で飾られ、数万の民衆が集まる。勇者キラを先頭に、パーティメンバーが壇上に立つ。
王が声を張り上げる。
「勇者キラとその仲間たちよ! 君たちの功績は永遠に語り継がれる! 魔王を討ち、世界を救った英雄たちに、最大の栄誉を!」
歓声が爆発し、花びらが舞う。キラは胸を張り、アーリアは優雅に微笑む。ガロンは得意げに拳を掲げる。クレインもそこにいたが、笑顔はどこかぎこちなかった。式典の後、仲間たちと酒を酌み交わす席で、クレインは決意を告げた。
「みんな、俺は冒険者から足を洗うよ。魔力が使えないんじゃ、足手まといになるだけだ」
キラが目を丸くする。
「クレイン、そんな……! そんな封印なんて、きっとアーリアが治してくれるさ! なあ、アーリア?」
アーリアは悲しげに首を振った。
「ごめんなさい、キラ。この呪いは強力すぎて……今すぐには無理。でも、研究してみるわ。時間をかけて、絶対に解呪の方法を見つけるから!」
ガロンが肩を叩く。
「そうだぜ、クレイン。俺たちは離れていてもずっと仲間だ」
クレインは笑ってグラスを掲げた。
「ああ、ありがとう。でも、俺は決めた。まぁ十年後くらいにみんなが老けた顔を見にくるさ。はは、楽しみだな」
それから、クレインは王都を離れた。小さな村に小さな家を買い、畑を耕し、鶏を飼い、静かな日々を送った。
冒険者のギルドカードは埃をかぶり、Sランクの栄光は過去のものとなった。冒険者は五年ごとに更新が必要で、放置すればランクは剥奪される。クレインはそれを覚悟していた。魔力のない自分が、モンスターと戦うなんて無理だ。
村人たちは彼を「英雄」と呼んで慕った。クレインは時折、子供たちに昔話をしてやる。魔王の話、仲間たちの活躍。でも、自分の封印のことは触れなかった。ただ、穏やかな笑顔で日々を過ごした。
――それから、十年が経った。
ある晴れた朝、日課である鶏への餌やりをしようと席から立ち上がろうとした時だった。突如クレインの家の扉がノックされた。開けると、そこに立っていたのは変わらぬ美貌の聖女アーリア。彼女の目は輝き、疲れたような、でも達成感に満ちた表情を浮かべていた。
「クレイン……久しぶり。十年ぶりかしら」
クレインは突然のことに驚いて目を瞬かせた。
「僕もいるよ」
アーリアの後ろからひょこっとキラが顔を出す。
「アーリアにキラも……どうしてここに……?」
アーリアは深く息を吸い、微笑んだ。
「約束したでしょ。あなたの魔力封印を解くために、この十年、ずっと研究してきたの。専用の特別な解呪魔法、ようやく完成した。クレイン、あなたの魔力を取り戻してあげる」
クレインの心臓が激しく鼓動した。十年もの間、封じ込められた魔力がまるで古い記憶のように遠く感じていたのに、今、アーリアの言葉がそれを呼び起こす。彼女の瞳は真剣で、微かな疲労の影を宿していたが、それ以上に輝いていた。
「アーリア……本当か? この呪いが本当に解けるのか?」
クレインの声は震え、言葉が喉に詰まる。村の小さな家の中、陽光が窓から差し込み、二人の影を長く伸ばす。アーリアは優しく頷き、両手をクレインの胸に当てた。彼女の指先から、柔らかな白い光が溢れ出す。
「ええ、本当よ。『
詠唱が始まる。彼女も唯一これには詠唱が必要なようだ。
「永劫の鎖に縛られし魂の叫びよ、我が聖なる光に導かれよ。封じられた流れを逆巻き、失われし力を蘇らせろ……
光がクレインの体を包み、体内で何かが砕け散るような感覚が走った。封じられた魔力が、ゆっくりと
アーリアが息を吐き、微笑む。
「ふぅ、成功したわ。クレイン、試しに魔術を使ってみて」
クレインは立ち上がり、試しに小さな炎を想像する。指先に魔力が集中して熱くなる。炎は踊り、十年の空白を埋めるように明るく燃える。青白く、熱く、そして何よりも――自由だった。
クレインは、指先で踊る小さな火球をじっと見つめたまま、動けなかった。
「……本当に、使えた」
声が震えた。感情が喉の奥で絡まり、言葉にならない。アーリアは静かに微笑み、疲れた瞳に優しい光を宿らせた。
「……ありがとう、アーリア。本当に……ありがとう」
声が掠れた。涙が頰を伝う前に、クレインは慌てて顔を背けた。だが、アーリアは優しくその肩を抱き寄せた。
「泣いてもいいのよ。十年、待たせたのは私たちの方なんだから」
キラが後ろから肩を叩く。相変わらずの明るい笑顔だったが、その瞳にはどこか大人びた色が加わっていた。
「クレイン……本当に、ごめんな」
その声は優しく、どこか切なげだった。
「僕は勇者として世界を救ったって言われているけど、あの日、君が身を挺して僕を守ってくれたことを、誰よりも僕が一番知ってる。この呪いを解くまで、心配で何度も君のもとに来ようと思ったんだ。でも、アーリアが『今は研究に集中させて』って言うから……それで、十年も待たせてしまった」
クレインは驚いてキラを見返した。いつもみんなを引っ張る明るい男だと思っていたのに、こんなに自分を責めていたとは。
「キラ、そんな顔をするな。君は悪くない」
キラは柔らかな笑みを浮かべ、首を振った。
「いや、悪いのは僕だよ。君がいない十年、世界は確かに平和だった。でも……何か物足りなかった。僕たちの冒険は、四人で一つだったんだ。君の魔法があってこそ、僕はここまで剣を振れた。アーリアも、ガロンも、全部君の援護があって輝いていたのに……僕はそれを、ちゃんと伝えられなかった」
アーリアが静かに口を挟む。
「私も同じよ。クレイン、あなたが村で一人で過ごしている間、私たちは英雄としてちやほやされて……それが、すごく
クレインは二人を見て、ゆっくりと息を吐いた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
クレインはゆっくりと目を閉じ、戻ってきた魔力の温かさを全身で感じていた。指先から小さな炎が消え、静かな部屋に再び陽光だけが満ちる。
「……本当に、ありがとう」
もう一度、掠れた声で呟く。涙はもう止まっていたが、胸の奥に熱いものが残っていた。
キラが軽く咳払いをして、場を和ませようとする。
「まぁ、とにかく! これでまた四人揃える準備はできたってことだな!」
アーリアがくすりと笑い、クレインの肩を軽く叩く。
クレインはふと顔を上げ、キラとアーリアの後ろを見回した。十年ぶりに会うはずのもう一人の仲間が、いないことにようやく気づく。
「そういえば……ガロンは? どうしてるんだ?」
キラが少し困ったように頭をかいた。
「ああ、ガロンか。実は今、ここら一帯で緊急任務に就いてるんだ。魔王が倒れてから十年、確かに大規模な魔物の襲撃はぱったり止んだ。でも……魔族の生き残りがまだうろついてるんだよ」
アーリアが静かに補足する。
「魔王の指示で動いていた魔物たちは、確かに統率を失って弱体化したわ。でも、野生の本能で残った魔物はまだ各地に潜んでいる。それに、魔王の配下だった魔族の一部が、復讐を誓ってどこかに潜伏してるって噂もあるの」
キラが拳を握りしめて続ける。
「で、今この辺り一帯で一番の脅威になってるのが、魔族の残党が操る『影狼の群れ』なんだ。A級相当の魔物が何十頭もいて、村々が次々と襲われてる。ガロンは今、唯一のS級戦士として、王国直属の討伐隊を率いてるよ。昨日も連絡があって、『あと数日は戻れそうにない』って言ってた」
クレインは静かに聞き、窓の外に広がる穏やかな田園風景を見つめた。鶏がコケコッコーと鳴き、遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。十年間、この平和な日常を守ってきたつもりだった。でも――
「そうか……まだ、終わってなかったんだな」
呟きが自然と口をついて出る。
キラが真っ直ぐクレインを見つめた。
「クレイン。お前、どうする?」
その言葉に、部屋の空気が一瞬、重くなった。
「魔力が戻った今、お前はまた冒険者として戦える。……俺たちと一緒に、また旅に出るか? もちろん、無理にとは言わない。でも、ガロンもきっと待ってる。俺たち四人で、残りの魔族を片付けて、本当に世界を平和にしたいんだ」
アーリアも優しく、しかし真剣な目でクレインを見た。
「あなたが決めることよ。村での暮らしを続けるのも、立派な選択。私たちは、どんな道を選んでも、あなたを仲間だと思ってるから」
クレインは目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
「……少し、考えさせてくれ」
声は静かだったが、そこには迷いと、微かな期待が混じっていた。
外では、風が穏やかに木々を揺らし、遠くの丘からガロンが戦っているはずの戦場の方向へ、雲がゆっくりと流れていく。
十年ぶりに蘇った魔力は、クレインの胸の中で静かに脈打っていた。
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