第6話 ぎちぎちジャングル
私がまとうのは薄い布一枚。それでもこの砂は本当に鬱陶しいものです。そして今降り注ぐ雨はそれ以上に鬱陶しいものです。
「平気な顔をしてるようだけどね、私も彼も本気で心配したんだよ。あの流砂の中で私はただ待ってほしかったんだ。彼の巨体なら全部沈むってことはないからね。なんで君の方から私を頼るってことをしないんだ。焦らなくったって、そのうち君の出番は来るんだから。君は落ち着くってことを知らないから駄目だ。」
相変わらず口数の多い彼女ですが、そんなことも気にならないくらいこのジャングルは衝撃でした。とにかくうるさいことと言ったら、元居た森の住民全員を集めてもここまでうるさくはならいないだろうと思うほどでした。そこらじゅうで猿が、鳥が、カメレオンが、そして木や地面に生える茸でさえも、食べ物の話やら住処の話やら仕事の話やらを早口でまくし立てているのでした。こんなにぎちぎちしたところに来たのは初めてなので考えたことがありませんでしたが、彼らにはそれぞれの生活があり、各々がとにかく生きるのに必死だということがひしひしと伝わってくるようでした。
「ねえ、ここ出ようよ。急に雨が降ってきたし、すごい数の生き物がいてなんだか僕窮屈だよ。」
「出ても行くところなんてないよ、砂漠にはもう戻れないんだ。あの流砂を抜けた時点で、あそこは私たちの居場所じゃなくなった。」
猫の言うことは相変わらず曖昧です。そもそもあんなに殺風景な砂漠とこのジャングルとは繋がっていたのでしょうか。必死なあまりに確かな記憶はありませんが、砂から抜け出した瞬間にこの中にいたような気がします。前にも後ろにも鬱蒼とした木々が広がっていて、それは私のいた森の緑にたくさんの黒を混ぜたような、太陽をも飲み込みそうなほど黒い緑でした。雨は絶えず降り続け、砂の代わりに雲が空を覆っていきます。すると彼の歩みも、砂漠にいたころよりもずっと遅くなっているのでした。水を吸い込んで柔らかくなった土のせいでしょう。水を吸って土が重くなるように、私の心も重くなっていったのでした。頑張っても報われなかったことは今まで何度もありました。でもあの過酷で広大な砂漠を抜けたのだから、それに相応しい天国のような場所を期待していたのに、こんなに陰鬱な場所ではあまりに報われません。思わずさめざめと泣きだしてしまった私を見て、
「ここでは私はあまり口を出さないようにしようかな。私が何もしなくてもいくらでも得られるものはあるだろうし。いいかい、君はこのジャングルをどうしようもなく辛い場所だと思ってるんだろうけど、全ては君の認識次第だよ。どう思うかってことなんだ。考え方次第で環境は変わる。チャンスを逃がしちゃだめだよ。」と、猫は辛辣に突き放しました。私の顔は雨と汗と涙とでぐちゃぐちゃです。
ひとまず休もうと思いましたが、歩けど歩けど落ち着く場所はありません。辛うじて彼が歩く道はありますが、どこもかしこも生き物だらけで一瞬たりとも心が休まることはなかったのです。砂漠にいたときよりもずっと多くの声、匂い、生活を感じているはずなのに、なぜだか私はとても孤独でした。もとの森の中で一人で泣いていた時と違い今は猪がいて、猫がいて、たくさんの生命に囲まれているのに、これまでの人生で感じたこともないほどの孤独を、私は嚙み締めていたのです。どうやって今いる場所に溶け込めばいいか、どうやって話をすればいいか、幼いころは無意識にできていたはずのことが、今はなぜだか一大事のように思えるのです。猫はこの中で得られるものはあると言っていましたが、今のところ得たものと言っては、自分がどうしようもなく一人であり、またその中にあって孤独であることを噛み締めることしかできない無能な人間だという確信だけです。こんな時はきっと、何もせず疲れに身を任せる方がかえって体が軽くなるものです。ようやく少し静かで、雨もよけられる場所を見つけたので、これからのことはまた後で考えることにしました。木々が雨を遮ってくれていましたが、それでも防ぎきれず雨粒は私の服にぽつぽつと模様を作っています。まるで森中が泣いているかのようでした。そしてまた、流砂の中からずっと張り続けていた糸を切り、私は眠りに落ちていったのです。
何か、聞こえます。瞼が酷く重たく、まだ夢の中にいたい心地なのに。
「すみません、大丈夫ですか?」
聞きなれない声で私は目を覚ましました。猫は隣で欠伸をしているので彼女の声ではありません。甲高いというほどではありませんが、少し高めの、少年めいた声でした。見ると木の上から不思議な生き物がぶら下がってこちらを見ています。手足は猿のように長いのに体は犬のようで、見たことのない姿をしていました。
「この辺は危ない生き物も多いですから、地上であまりのんびり眠らないほうがいいですよ。」
その顔は明朗快活としていて、声も活気に満ちています。ゆったりとした動きとその声色とがあまりにかみ合っておらず、少し笑ってしまいました。ふと見渡すと、私たちが眠っていた場所だけ他とは区切られており、その区間には一本だけ、枝が複雑に絡まった特殊な木が生えています。ここがその生き物の住処だということがはっきりとわかりました。私はまたも他人の住処を荒らしてしまったことにひどく慌てました。
「ごめんなさい!勝手に踏み入ってしまって……僕たちは、ええと……」
「私たちは旅の途中でね。彼はこの辺に来るのが初めてなもんで、君の土地だってことを知らなかったんだよ。私が止めればよかったんだけどねえ。ごめんね!」
またも猫を頼ってしまいました。しかし口ぶりから察するに、彼女はこの不思議な生き物と知り合いなのでしょうか。
「いいんですよ、困ったときはお互いさまって言いますしね!ああ、自己紹介がまだでした。僕はナマケモノです。あんまりジャングルから外に出ないから多分聞いたことないですよね?でもこの中じゃ結構有名人なんですよ!彼女も一時ジャングルにいたから、僕の友人なんです。」
「いや、怠け者なんかじゃないですよ!こんなにぎちぎちなジャングルの中で、怠けていて生きていけるわけが……」
そう、こんなに忙しいジャングルの中で私のような怠け者は当然除け者にされるでしょう。しかしその生き物はいかにも愉快そうに、そして嬉しそうに笑ってこう言いました。
「いやいや!ナマケモノって名前なんですよ。」
人の名前を聞いて笑うなんてそんな失礼なことはしてはいけません。わかっています。わかっていても、口角が上がっていくのを止められません。
「誰が名付けたのかはわかりませんけど、変な名前ですよね。自己紹介するだけでここに来る人達みんな笑ってくれるので、僕としては結構助かるんです!」
「え、笑われるのって、嫌じゃないんですか?」
「昔は少し嫌でしたけどね、でも今は違います。遠い場所から食べ物や水を求めてたくさんの方々がこのジャングルを行き来するようになって、ずっとここにいる僕は案内役になることが増えていったんです。ジャガーさんとかワニさんとか、怖い顔をした方々と会うことも多々ありました。でもどんなに怖くっても、笑顔になってくれれば、とってもお話しやすくなるんです。皆心を開いてくれますからね。心の底から悪い人なんてきっといません。だから、心を開いてくれれば、誰とでもお友達になれるはずなんです。現にほら、あなただって今笑ってお話してくれてるでしょう?」
少しわかる気がしました。常に他人の顔色を窺ってびくびくしながら生きてきた私でしたが、笑っている者は決まって上機嫌だったので、こちらも安心してお話しすることができていました。しかし私の方から誰かを笑顔にしようと試みたことは今まであったでしょうか。猪の表情がずっと変わらないのは、もしかすると私のせいなのでしょうか。同時に、ナマケモノのこれまでの道のりも、なんとなく想像できます。きっと彼は昔、今よりもずっと元気のない、暗く鈍い声だったのではないでしょうか。おまけに動きも私よりもゆっくりなので、その分周囲から侮られていたのでしょう。しかし何かの出会いが彼を変え、そして彼がこのジャングルを変えたのではないでしょうか。そんな御伽噺めいた考えが脳裏に浮かびました。
ナマケモノは空を仰ぎながら、諭すように言いました。
「僕はこのジャングルが大好きです。太陽はもう見えなくなって久しいですが、薄暗いこの空が、却って心を落ち着かせてくれます。降り続けているこの雨も、一滴一滴に命が宿っているような気持ちがするんです。まるで、もうこの世にいない友人や、このジャングルを出ていった友人が、空から絶えず僕らを潤してくれているみたいでね。猫さんがいるということは、あなたたちはあの森の出身でしょう。あそこに比べると温かさはありませんし、なんだか暗いうえに忙しない場所だと思われるでしょうが、きっと皆さんもそのうち気にいると思いますよ。」
どこか幼げの残る声とは裏腹に、とても穏やかで遠大な考えを持っているなと思いました。しかし、降り続けるこの雨に慣れる気はしませんし、ここを終着点とするわけにもいきません。真に私が私として輝ける場所があるはずですし、私たちは今そこに向かっているはずです。
「わかっていますよ。ずっとここにいる気はないんでしょう。あなたはどうにかしてここを抜け出そうと考えている。でもね、一人では決して立ちゆきませんよ。それはここだけでなく、これから先の旅でもそうです。だからひとまずしっかり屋根の下でお休みなさい。焦ってはいけません。これまで頑張ってきたんですから。でもここではあなたは休めませんね……今ですと、マントヒヒさんの家が空いているはずですね。案内しましょう。」
そう言うと彼は、ゆっくりと木の上を動き始めました。器用にも枝と枝とを伝って、飛び跳ねるように森の中を移動しているのでした。
しばらく彼の言うままに歩くと、猪の背丈ほどの立派な木組みの家が見えました。決して派手な仕上がりではありませんが、しっかりと大地に根差し、どんな嵐が来ようともそこから動かないだろうという決意めいたものを感じさせました。まさに無骨、という言葉の似合う家でした。
「マントヒヒさん、彼らを今日一晩泊めてあげてくれませんか。こちらに来たばかりで、雨に慣れていないんです。」
家から出てきたのは、真っ赤な顔をした、私と同じくらいの背丈の猿でした。きりっと結ばれた口元と鋭い視線が私たちを捉えました。一見すると不機嫌そうに見えるその顔は、実のところ、私たちを試すためのものだったのかもしれません。
「……どうぞ。」
低く鈍い、がらがらした声でした。森で私が住処を荒らしてしまったあのヒグマのことを思い出しました。今思えば、あのヒグマもこのマントヒヒと似た目つきをしていたように思います。一生の中で本当に大切にするべきものを決めたというような、鋭く、しかし優しさの残る眼付きです。
猪は私と猫を降ろすと、屋根の下で静かに眠り始めました。何も語らず、まるで子どもを遊ばせておく父親のように静かに身を引きました。家の中には寝床と、暖炉と、炊事場がありましたが、それ以外には何もありませんでした。マントヒヒは一言も発することなく家の奥に行くと、そのまま眠りについてしまいました。見ると、私と猫の分、二枚の布団がありました。葉っぱでできた簡素なものでしたが、ここまで猪の上でしか眠っていなかったのでとても気持ちが落ち着きました。こうして布団にくるまれていると、色々なことを考えます。
森の中でずっと泣いていた自分。答えを探しているようで、その実このままでもいいと半ば諦めていた臆病な自分。そもそもどうしてあんなに泣いていたのでしょう。そもそも私は何なのでしょう。猫のような耳もなく、猪のような牙もなく、ナマケモノのような長い手足もない。この動物はいったいどんな姿かたちをしているのでしょう。透明でもないのに、なぜだかその正体はこれまで出会った誰よりも不透明です。その答えがわかればきっと、なぜ私が泣いていたかも、これからの目的地もわかることでしょう。とはいえ自分ではわからないので、他人の目を通してその答えを探ってみることにします。猪の目には、私は小さく弱い、庇護対象として映っていました。それはそうです、彼よりも大きな生き物なんてそういるものではありませんから。彼からすれば、このジャングルで恐れられているワニやジャガーだって守るべき小さな存在でしかないでしょう。まだまだ答えはわかりません。猫の目には、私は友人として映っていました。それはそうです、彼女ほどおしゃべりで旅好きな者はいませんから。彼女からすれば、この世界のほとんどの存在は友人です。ここに住むマントヒヒとだって、明日にも仲良くなっていることでしょう。やはり答えは見えません。あの日のヒグマは私を確かに脅威として見ていましたから、もしかするとヒグマよりも私は大きいのかもしれません。でも猫から庇護対象として見られることもありましたから、彼女よりも小さいのかもしれません。思考は堂々巡り。結局何も答えは得られません。しかし、わからないということがわかりました。考えたこともないような問でしたが、きっと考えることに意味はありました。私という枠組みの中で私を形成しようとしても、満足のいく結論はきっと出ないのでしょう。これまでずっと忙しなく、こんな風にまともな寝床で寝ることもなかったので自身に問いを立てることもできませんでした。マントヒヒとナマケモノに感謝しつつ、幼いころから私を知っているという猫に質問してみようと私は考えました。そして、ゆっくりと瞼を閉じたのです。「おやすみなさい。」とっくに猫は眠っていましたが、これまでのことへの感謝とこれからのことへの期待をこめて、天井に向けて私はつぶやきました。
「ただいまー!」
大きな声で目が覚めました。誰の声でしょう、元気いっぱい、上ったばかりの太陽のようなオレンジ色をした声です。キーッ、キーっとそこらじゅうで叫ぶような声が聞こえます。見ると、小さな猿がたくさん家の中で騒いでいるのでした。各々が果物やら花やら葉っぱやら、色鮮やかなものを両手いっぱいに持っているものですから、無骨だった部屋はまるで虹がかかったように眩しくなりました。すると猫がゆっくりと近づいてきました。
「おはよう。よく眠れたみたいだね。でもちょっと寝すぎだよ、もうほとんどお昼だ。まあ、体力も戻ったようで何よりだ。びっくりしたよね、彼ら、マントヒヒさんの子どもなんだって。まあ一人暮らしにしては広い家だとは思っていたけど、こんなに大家族だったとは。8人兄弟って、聞いたことないや。君、この騒ぎの中でよく眠れたね。さっき最後の一人が外から帰ってきたところだけど、もうずっとどんちゃん騒ぎだったよ。」
見ると、猫の繊細な毛並はほつれ、顔にも疲れが見えます。子ども達の相手をずっとしていたのでしょう。
「マントヒヒさんは奥で昼食の用意をしているよ、危ないからその間私が子どもたちを見ていたんだ。君もさっさと起きて、少し協力して……おっと」
子どものうち一人が、私に花を差し出してきました。彼の顔はまだ親ほど赤くなく、それは彼が子どもであることの証明になっていました。対照的に、彼が持っていたのはとても鮮やかなピンク色のランでした。そのピンク色からは凄まじいエネルギーを感じ、小さな花弁では収まりきらず爆発してしまうのではないかと心配になるほどでした。その子は笑顔で私にそれを差し出してくれました。ここまで実直にだれかから好意を向けられた経験がない私は、少し戸惑い、またも猫に頼ろうとしてしまいました。どう反応していいかわからず、彼女の顔を見ようとすると、
「素直に受け取ってあげなよ。花はいいものだよ?美味しいわけでもないし傷を治してくれるわけでもないけれど、とにかく花はとてもいいものだ。見ているだけで心を整えてくれる。暴れそうなときは鎮めてくれるし、落ち込んだ時はどん底から引っ張り上げてくれる。彼は君と友達になりたいんだって。それは言うなら、友達の印さ。」
と言って猫は、そのランの花を器用に私の髪に結びました。
その子どもは半ば強引に私の手を取り、雨降るジャングルの地へ連れ出しました。これまですっと猪に乗って移動してきたので、ぬかるんだ地面は歩きにくいです。
「競走しようよ!この前僕かけっこで一番だったんだ!」「お家で遊ばない?僕ここに来たばっかりで……」「大丈夫!これを履いて!」
彼が差し出してきたのは木の葉と枝でできた靴でした。それは白くネバネバしていて、私が履いてきたものとは全く違います。あまりに見た目が奇妙なので少しためらってしまいましたが、私は彼のように器用に木登りができないので地面を歩くほかありません。恐る恐る足を入れてみると、不思議なことに、足が沈みません!いびつな形で慣れない感触はあるものの、これまでと同じように歩くことができました。
「ありがとう!これって自分で作ったの?」「いや、お父さんが作ったんだ。外からお客さんが来たらこれを履かせてあげなさいって。でもね、僕も作れるんだよ!弟や妹たちはまだできないけど、僕は長男だから一番先に教わったんだ!作り方教えてあげようか?」
もし靴を自分で作れるとしたらすごいことです。猪や猫の分まで作ってあげられるかもしれません。
「あ、でもごめんね、作り方は教えるなって言われてるんだった。僕らだけの秘密だって。でも、ここにずっと住んでればそのうちわかるよ!」
「そっか、残念。あ、ちょっと待って!かけっこなんてできないよ!」
それでは仕方ありません。でも僕らはここに留まるわけにはいきませんから、靴づくりはお預けです。
彼は本当に陽気で、このジャングルに顔を出さない太陽の代わりになっているかのようでした。しばらく彼とお話をしながら、木の実を探したり、大きなお花を見つけたり、木登り競争をしたりするうちに、一つの感情が芽生えてきます。ずっとこのままならいいのに、と。森の中の孤独や砂漠での試練を思い返すと、きっとこれからたくさんの試練に私は挑むことになるのでしょう。でも、彼がいれば全部乗り切れる気がします。
「ねえマントヒヒくん、よかったら僕たちと一緒に来ない?」「え?」
唐突な問いかけに、彼は足を止めてこちらを振り返りました。
「僕たちは今、旅の途中なんだ。どこに向かうかはまだわからないけれど、このジャングルからもいつかは出て行ってしまうんだ!だから君と、弟さんや妹さんたちも、よかったら一緒に行かない?大丈夫、猪の背中の上ならみんな乗れるよ!この狭苦しい森にずっといるよりもずっと楽しいものが見れるよ!僕も君たちとなら楽しく旅ができると思うんだ!だから一緒に……」
しまった、と思いました。勢いに任せて言ってしまいました。この場所は、自分にとっては鬱蒼とした未知の地であっても、彼らにとってはふるさとです。ナマケモノもこの土地を大好きと言っていたのに、こんな強引で自分勝手なことを言ってしまっては人を傷つけてしまうに違いありません。私はまた間違えてしまいました。
「ありがとう!」
ところが、返ってきたのは感謝の言葉でした。
「誘ってくれてありがとう!すごく楽しそうで、正直一緒に行きたいんだけど……でもごめんね、僕たちはお父さんと一緒にいなきゃいけないんだ。お父さん、元気そうに見えるけど結構体弱いんだ。今も病気がちでね。それでもいろんなところに遊びに連れて行ってくれたり、いろんなとこからお客さんを呼んだり……とにかく僕たちを退屈させないように頑張ってくれてるんだ。弟たちはまだ小さいから気づいてないみたいだけど、僕は長男だからね。できるだけお父さんと一緒にいてあげたいんだ。でないと、天国にいるお母さんに怒られちゃうから。」
自分より小さい子どもとは思えません。ただのわんぱくだと思ったら、私よりもよほど立派な考えで行動しているのでした。自分と他者を比較して勝手に惨めになる私の悪癖が出そうになり、少し涙腺がうるんでしまいました。でも、ここで泣いてしまったらきっと猫に泣き虫と叱られてしまうので、ぐっとこらえました。
「わかったよ。ごめんね、何も知らずに変なこと言って。お詫びと言っては何だけど、なにか僕にできることってないかな?お父さんや、兄弟のみんなのために!」
心からの言葉でした。自分の惨めさを恩で上塗りしようとか、賞賛や感謝を浴びて悦に浸ろうとか、そういう下卑た欲望を以前の私なら持っていたでしょうが、この時の私は本当にただ純粋に、この家族のために動きたいと心から思っていたのです。そしてそうした心からの善意というものは、秋風のようにまっすぐに届くものです。下心なんてものはこの世に存在しないかのように、それを受け取らない選択などありえないというように、ふわっと相手の心に着地するのです。
「ありがとう!実はお父さんが大好きな果物がこの森のどこかにあって、それを探しに行きたいんだ。いつか行こうと思ってたんだけど一人だと不安だし、兄弟を連れていくにはちょっと危ないところだし……手伝ってくれる?」「もちろん!果物探しなら任せて!」
森でずっと美味しいものを探し続けてきた経験値を生かす時が来たようです。私はいったん家に戻り、猫にその旨を報告しに行きました。彼女はまだマントヒヒの兄弟たちに揉まれており、忙しなさそうでした。
「探検に行くのかい?まあいいけど、気を付けてね。ここのことは私もあまり知らないから、危ない奴を見つけたら帰ってくるんだよ。……こら髪を引っ張るなって!」
やっぱり彼女も連れて行ってあげるべきでしょうか。まあ、忙しいながらも楽しそうですし、ここは二人で旅に出ることにしましょう。
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