脳筋転生者(2メートル女)が義姉になった。陥れるつもりが溺愛され最強姉妹へ

水戸直樹

第1話

人は誰だって、運命のいたずらを夢見るものだ。

私が見た夢は、“愛人の子の私が、おとなしい義姉を蹴落として成り上がる”という未来予知のような夢だった。


ひ弱で泣き虫の姉。

その前に立つ少女――義妹の私が、冷たく言い放つ。


「お姉様なんていなくていいのよ」


ぞっとするほど冷たい声。

金も愛も、すべてを奪い取る私。


(……これで、侯爵さまとの“約束”に近づける)


うたた寝から覚めた瞬間、馬車は伯爵邸の前に到着していた。


同乗の両親が先に降りる。

ロジポツ伯爵――女好きのどうしようもない男。新たな義理の父。

その新しい正妻ネジフ夫人――美しくても浪費癖がひどい女。私の生みの母。


私は長年“愛人の連れ子”として育ち、今日ついに伯爵家へ正式に迎えられる。


(肩身の狭い暮らしはもう終わり。この家で、必要なものを手に入れる)


覚悟を胸に馬車を降り、磨き上げられた玄関ドアが開けられ――


「うわあああああああ! 妹だぁぁぁ!!」


爆発音みたいな声とともに、なにか巨大な影が飛びついてきた。


「えっ、きゃ――ちょっ、重っ……!」


いきなりお姫様抱っこされた。

しかも腕が岩みたい。いや岩より硬い。


筋肉。

筋肉。

筋肉。


そこにいたのは、どう見ても貴族令嬢には見えない、二メートル近い筋肉の塊だった。

茶色の三つ編みが揺れ、全身が汗で光り、無駄に爽やかな笑顔を浮かべている。

その目は“可愛いものを見つけた大型犬”そのもの。


「かわいい!! 聞いてたよりめっちゃかわいいよ、オデット!!」


「は、離れなさい!!」


じたばたしてもびくともしない。化け物じみた腕力だ。


「私、ジャイアナ! あなたの義姉だよ! よろしくね、かわいい妹ちゃん!」


「ひっ、降ろしてくださいっ!こ、怖いですぅ!」


(こ、これが義姉? 私が可愛いのは事実だけど! 持ち上げるのはやめて!!)


「あっ、ごめん!うれしくって、つい」


宝物を扱うように、そっと床へ降ろされた私は息を整えながら訊いた。


「……あなた、本当に伯爵家の長女なの?」


「うん! でもね、ちょっと前の記憶もあるんだ。前世? って言うのかな!」


いきなり意味不明な爆弾を投げてくるわね、この女。


「……前世?」


「そう! 筋トレの合間に思い出したの。なんかこう……槍を、ひたすら投げてた人生!」


「槍……?」


「まあいっか! 筋肉つければ大体なんとかなるよ! 筋肉は裏切らない!」


「説明が雑すぎる!!」


「筋肉があればね、困ったことは全部、ガッてやればドカン! なの!」


(ガッて……ドカン?)


母は呆気にとられ、見慣れているのか父は呆れている。


混乱しきった私を置いて、ジャイアナはぱっと笑って手を差し伸べた。


「オデット、これからよろしくね! 妹ができて、ほんと嬉しいんだ!」


その笑顔は驚くほど純粋で――


ああ、よかった。


(……この脳筋女、利用できる。頭悪そうで、取り入るのも難しくない。伯爵家で上に行くために……)


私は喜びを悟られないよう、ひそかに口元をつり上げたのだった。

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