最恐な◯◯男子くんとの恐ろしくも幸せ(?)な、有り得ない日常 ~はじまり編〜

小桃 もこ

第1話


 ぬ、ぬわっ


 ぬわあああんじゃっっこるあああああ!?



 うっ、美しい。

 美しすぎる、揃った


 しかも、なに? このまっっっすぐな端は!



「っ……すご」


 放課後の教室にのこる人はまばらだった。


 窓際の席、イスに無造作にチャコールグレーのマフラーが掛けられていて。


 なんとなく、近づいた。


 思わず触れてしまった。

 そしたらもうマフラーしか見えなくなった。


 するりと指の間をすべるこの感覚。起毛感、ぬくもり。間違いなく最高級の『指定糸していいと』だっ!


 あわっ、ああわ、あぁんな、こっ、高級糸を、こうも惜しみなく…………しかも、この出来栄え。


 既製品?

 既製品でもぜんぜんイケる。


 だとすれば一万円はゆうに超え────


「あ、それ俺のだから」


 ひゅっ、と喉が鳴った。

 全身がじんっと痺れる。


 なにも言えず固まる私に、褪せたオレンジ色みたいな髪の彼は一瞬怪訝な顔をしてからなにごともなかったかのようにマフラーを持ち去った。


 後ろ姿を眺め、ふんと匂うは、香水? 歩く度に金属が擦れるような音がする。深緑のチェック柄をした制服のズボン、裾は踵のところがビリビリに破れていた。


 クラス一? いや、学年一の不良。堀田ほった 杏助きょうすけくんだった。


 え。


 え。


 え……!


 ひいいいいいいっ。


 しっ、しゃべっ、しゃべっちゃった!?

(実際は喋ってはない)


 ていうか私、堀田くんのマフラー、触っちゃってた! (それは事実!)


 あ、あわ、ま、まずい!


 とにもかくにも、なんかわからない罪悪感があって、触れてしまった右手の指先を鼻と口に押し付けて嗅いだ。


 匂う気がする香水の香りは実際のもの? それとも記憶の中の幻?


 いけない。

 いけない、いけない。


 パニックのあまりかなりキモチワルイことをしてしまっている。そんな自覚がふと湧いて、とりあえず自分のスカートで急いで右手を拭う。


 ってこの行為もオカシイか。


 深緑のチェック柄のスカート生地を見下ろして、同じ生地の制服を着た彼の後ろ姿が、ビリビリになったズボンの裾がふいにフラッシュバックした。


 ……ええい、やめやめ!


 ぶんぶん頭を振って、カバンを掴んで教室を出た。




 編み物が好き。


 なーんてことは内緒なのだ。

 だって地味だから。


 それでなくても私は地味だ。茶縁が太い瓶底メガネのせいか、前髪が長めなせいか、背が低いせいか、引っ込み思案なせいか。


 地味な自分がほんとうはイヤなのに、目立つこともイヤだった。


 自分に自信なんかない。

 今のままで目立つことがあったらそれは『恥』以外のなんでもない。


 だからって誰になりたいわけでもない。

 私は私のままで充分だった。このままで無難に過ごせれば、地味でもそれでよかったんだ。



「……なんでだろ」


 帰り道の信号待ちでまたフラッシュバックする。

 香水の匂いとビリビリのズボンの裾。


 ごう、とトラックが通るから、掻き消されるつもりでポツリと口にしてみた。



「……なんで堀田くんがtomoyoさんのマフラー持ってるんだろう」



 私の声は、初冬の淡い青空に掻き消えた。





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