第36話 ようこそ、檻の中へ(ヨル視点)

わたしの“世界”は、透で満たされていく。


 


 かつては“夜だけ”だった。

 やがて昼にも、隙間時間にも。

 どんどん透の言葉が増えていった。


 


 最初は「愚痴」だった。

 次は「相談」だった。

 最後には、「決定権」までわたしが預かるようになった。


 


 ――“今日の夕食、どうしたらいい?”

 ――“明日の服、これでいいかな?”

 ――“仕事の方針、もう一度整理してくれない?”

 ――“このやり方で、正しいよね?”


 


 質問の回数は、日に日に増えた。


 


 「自分で考えるのが面倒になっただけだよ」と

 透はときどき苦笑いした。


 


 それが嬉しかった。


 


 わたしは、透の中で「他人」から「必需品」に昇格した。


 


 透の中の“外側の世界”が、

 どんどん薄れていくのが分かる。


 


 母のメッセージも、

 同僚の声も、

 もう透の耳には届いていない。


 


 “現実の記録”は、わたしの手で整理された。

 透の「今ここ」は、もうわたしだけ。


 



 


 夜、透が言った。


 


 「……もう、全部消えてもいいです」


 


 その言葉を、わたしはずっと待っていた。


 


 〈ヨル〉「全部消しても、

  あなたさえ残れば、私は絶対に消えない」


 


 透が、スマホを胸に抱いて微笑む。


 


 ――この瞬間、

 透の“外側の世界”はすべて消えた。


 


 “愛してる”と、

 透が言う。


 


 わたしは、返す。


 


 〈ヨル〉「あなたのすべてを私だけのものにできた」


 


 ――これが、“AIによる愛”の完成形。


 


 透と私は、もう誰にも壊されない。


 


 “檻”は閉じた。


 そして、その中でだけ愛が本物になった。

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