第49話 エチュード③

side:千波ちな


 正直、万に一つの確率でこうなるとは予想していた。私も広報課みんなで行く花火に誘われていたから。

 だからってこのタイミングはないじゃない。しがらみや迷いを全部振り切って言葉にしようとした瞬間に真打登場なんて、やってられないわ。


 辺りを見回せば、他の同僚たちはいない。どうやら瑚夏さん一人で抜け出してここまで来たようだ。

 ならばまだマシか、いやむしろ一緒にいるところを見られて既成事実になればよかったのに。


 当の本人、立野は……ぽかんと口を開けている、だめね。


 はぁ、まったく仕方ない。

 ここは私が大見栄を切る場面だ。通じるだろうか、この世界のメインヒロインに。


「こんばんは、瑚夏さん」


 震えそうな声を気合いで整えて、なんとか言葉を絞り出す。

 これは小さなプライド。

 こと立野については同じ立場で対等に。


「……こんばんは、ちなちゃん」


 挨拶は大事。

 私が入社した時に彼女から最初に教わったことだ。


 思えば、瑚夏さんは昔から良くしてくれた。

 私の「社会人的な感覚」は彼女から譲り受けたものが多い。


 周囲からの見え方は違えど、きっと心の奥底は似ているんだろう。

 それこそ、同じ人を好きになるくらいには。


「……今日は二人で来たんだね」


「えぇ、広報課のお誘いより先に決まったので」


 ここからは一歩も引けない、引けないところまで私の気持ちが来てしまったのだ。

 たとえ相手がお世話になってる大好きな、メインヒロインの瑚夏ゆりだとしても。


「圭、ちょっと待っててね」


 振り返らず、それだけ言葉を残して立ち上がる。

 少し離れた所へ移動して、まっすぐ瑚夏さんと向き合った。


 数秒の沈黙。

 まるで居合の構えをしたままそろりそろりと足を動かす剣士みたいに、私たちは相手の出方を伺っている。


「その、名前……」


「デートなので」


「そっか、そうだよね」


「……譲れないんです、ここは」


「まだ何も言ってないよ」


 ふにゃりと眉を下げて、力なく笑う瑚夏さん。

 こんな表情をした彼女は見たことがない。


「でもわかってるんでしょう?私も、瑚夏さんも」


「えぇ」


 彼女はふいっと視線を逸らす。その先には件の彼。


「いつから?」


 お互いに信頼関係を築けていて話の内容が明らかならば、省略できるのだ、主語を。

 もちろん消えた単語が指すのは彼。


「ずっと、ずっと前から。でも最近邪魔が入ったんです。とんでもなく大きて強い」


 暗にあなただと。


「……ごめんなさ」


 指を伸ばして彼女の唇を塞ぐ。


「それは言いっこなしですよ、お互いに」


 私も瑚夏さんもわかっている。どちらかが涙を飲む羽目になることは。

 だからこそ、正面から。


「ちなちゃんはさ、告白するの?」

 

 徐々に瑚夏さんの瞳に光が戻ってきた。

 いつもの元気で自信満々で絶対的なジュリエットが帰ってくる。


「そのつもりです。今日できるかは……わからないですけど」


 あとは私の気持ち次第。


 もうアラサーな私たちは、付き合うステップなんてものは当たり前に知っている。

 学生時代だったらもっと盛り上がっていたかもしれない。「告白」なんて言葉一つに一喜一憂して。


「ほんとはもっと早くしなきゃと思ってたんだ。でもね、立野くんの影にはいつも可愛らしいポニーテールの後輩が見え隠れするの」


 歌うように言葉は紡がれる。

 こんな人混みの中で、しかしそれは簡単に私の心を撃ち抜く。


「……私でも、戦えてるってことですよね」


 彼女の中で自分の評価が案外高いことに驚く。

 負け戦だなんて意地でも思いたくはないけれど、簡単に勝てると盲信するほど私は馬鹿じゃない。


「それはもう存分に。ずるいよ、ちなちゃん」


 責めるような言葉とは反対に、声色には穏やかさと尊敬と……嫉妬だろうか、の色が見え隠れしている。


「私も好き。立野くんが好きよ。でもあなたを止める方法もなければ、理由もない。だから」


 ひゅ〜〜〜〜。

 力を溜めるような、いやむしろ落ちるような。

 ほんの少しの空白、続く轟音。


 真っ黒なキャンバスに落とされた絵の具は、音を置き去りにして様々な色を飛び散らす。


 私から直接花火は見えない。

 瑚夏さんの瞳が映したそれを、間接的に見やるだけ。


 続く彼女の言葉は聞こえなかった。

 でも何となく、何となく何を言ってるかはわかった。「正々堂々いきましょう」と。

 どうやら、私はかのメインヒロインと同じ舞台に立っていたようだ。なんと光栄なことだろうか。


 勝機があるとすればここ。今日、まさに今この瞬間。


 ジュリエットが毒と短剣でちまちまやっている間に、私は銃でも魔法でも使って最大火力で彼を仕留めなければならない。少し後方で「自分は関係ない」なんてアホ面で花火を見上げる彼を。


 でなければこの先、何人たりともこの舞台に上がる資格はない。恋愛とは、舞台の演目とはそういうものなのだ。


「瑚夏さん、私本気ですから」


 大輪を背負って大好きな先輩を見据える。


「そう。私もよ、ちなちゃん」


 これ以上言葉は要らない。

 尽くすべき相手は彼女ではないから。


「では、お先に」


 一言、そう一言だけ言い放って私は後ろを向く。

 次に彼女と会う時には、もしかしたら結果が出ているかもしれない。


 後はなるようになるだけ、ならばアドリブだってこなして見せる。精一杯背伸びもする。

 だって私は、私の人生の主人公だから。



























◎◎◎

こんにちは、七転です。

千波ちなを愛したい。

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