第27話 毒は飲んでも呑まれるな②

「いいですよ」


 数瞬、いや体感時間は十数秒だったが、俺の脳みそが弾き出した答えは、肯定だった。


「ふぇっ……?」


「だからいいですよって。せっかくの華金です、他のやつらが駅前で飲んでるみたいに俺たちも飲みましょう」


 踏み出したのならそのまま進むしかない。アクセル全開で。

 これが美学。

 どうせ走るなら全速力が好ましい。だってその方が後悔しないだろ?


 恥ずかしながら今回の一歩……豪雨の中へ踏み出したあの一歩は、彼女に手を引かれてのものだったが。

 毒を食らわば皿まで、ジュリエットを相手にするなら毒を飲む気で。


「どしたの、立野くん!体調悪い?のぼせちゃった?」


「全然普通ですよ、むしろすこぶる元気です。やっぱ人間お湯に浸からないといけないですよ」


「銭湯入ったら立野くんのツンの部分が無くなっちゃった……今はデレだけだ!」


 人のことをなんだと思ってるんだ。

 アラサーのツンデレ社畜なんてどこにも需要がないだろうに。


「誰が普段はツンデレですか」


「違うの?」


 こらそこ、初めて聞きましたみたいな顔しない!

 ぽかんとした表情が小動物みたいで笑ってしまう。


「違いますよ!」


「じゃあ私限定かぁ〜。嫌いじゃないんだよ?ツンが高まるほどデレの破壊力がすんごいんだから」


「ギャルゲーの話とかしてます?」


「うーむ、人生は超美麗3Dのギャルゲーみたいなものだから合ってるかもね!」


 だめだ、何を言ってるのかほとんど理解できないが、煽られていることだけはわかる。


「なんでもいいですが、さっさと飲みに行きましょうよ」


「なんでもよくな〜い!と言いたいところだけど、私も喉乾いてきちゃった」


 そうそう、風呂上がりには水分補給が欠かせないからな。

 よいっしょっとオッサン臭いセリフとともに身体を起こす。


「ほんとにほんとにいいんだよね?」


 指の隙間から流れる水を溢すまいとするように、念押しの確認。

 俺ってそんなに信用ないんだろうか……。


「だからいいですって。気が変わらないうちに行きましょうよ」


「それは私のセリフ〜」


 ジュリエットからセリフを奪ってしまったらしい、これは大問題だ。

 何とかしてこの演目を演じ切らなければ。


「じゃ、ほら!」


 真っ白な手が差し出される。

 否が応でも思い出してしまうのだ、頬に触れられた感触を。


 しかしさっき踏み出した一歩を嘘にしないためにも、今度はこちらから。

 テンポを上げていく鼓動には気付かないふりをして、俺は彼女の手を掴んだ。


◆ ◇ ◆ ◇


「うーん、生ビール2杯と唐揚げとだし巻き玉子と〜後はどて煮と……お刺身盛り合わせで!」


 テーブルに着くなりボタンを押して、店員さんにマシンガンのように言葉を投げつける瑚夏さん。遠慮が無さすぎる。


 今から大宴会でも始めるつもりか?

 しかも美味しい所はしっかり押さえてあるし。これが飲み会百戦錬磨のなせる技……!


「文句なしです、それでいきましょう。やけに慣れてません?」


「いい大人は肴の注文もできなきゃだからね……っていうのは冗談で」


「ほんとに?」


「冗談だよ!私別にそこまでお酒飲むわけじゃないからね!」


 初めて会ったときを思い出す。

 いや、お酒飲むタイプの人間だろ、あの酔い方は。


「こう、ね。あるんだよ接待とかカスみたいな飲み会とか……」


 突然殺傷力の高い語彙が飛び出てきて笑ってしまう。

 可愛い顔に毒舌のギャップで風邪ひきそうだ。


「もう〜何笑ってるの!」


「すみません、瑚夏さんが『カスみたい』とか言うのって相当なんだなと」


「ほんとにほんとになーんの益もない、おじさんの武勇伝をヨイショするだけの飲み会だからね」


 あれ、もうアルコール入ってたっけ。言葉の刃が鋭すぎる。

 研ぎたての包丁みたいだ。某狩りゲーなら切れ味は紫。


 そうこうしている間にジョッキに注がれたビールが運ばれてくる。


 汗をかくにはまだ少し早い季節だが、ジョッキの外側には水が滴っていた。

 夏を先取りしたビールを手に取る。


「まぁまぁ瑚夏さん、まずは」


 俺たちにはあの喉越しを味わう権利がある。

 なんてったって、1週間働ききったのだから。


「そうねそうね、飲み会はこれやらないと始まんないんだから!」


 どこで習うわけでもないが、大体みんな知っている儀式。

 テーブルの上で、ガラスのぶつかる小気味の良い音が響いた。


「「乾杯!!」」

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