フィールドX 黄泉森固有生物記録 (抜粋①)

 ※1 モリノユメ


 モリノユメとは、フィールドX全域に広がるフィールド祖菌から伸びる子実体しじつたいの事を指す。フィールド祖菌そきんがある範囲がフィールドXになっていると言っても過言ではない。フィールド祖菌を菌類として分類はしているが、形態と生態が似ているだけで、これを果たして菌類に分類してよいかどうかは意見が分かれるところではある。モリノユメを子実体、フィールド祖菌を菌糸体きんしたいと考えるのは確かに自然であるが、きのこ類にみられる森の分解屋のような生態はない。しかしフィールドの分解生物が分解した地中にある熱、水、アミノ酸、リン脂質、糖分、無機塩類などを吸収し、広大な祖菌内でそれら栄養素を循環させている。フィールド祖菌は、それら栄養物質を効率よく循環させる為に、栄養素を一つにまとめた移動効率の良い液体エネルギーに変化させている。興味深いことにこの液体エネルギーは祖菌自身の生命活動維持のために使用しておらず、ただ祖菌内で延々と循環させているのだ。つまりフィールド祖菌の活動維持の為の栄養分は、全く別の場所から供給されていることになる。おそらく光の大樹が関係しているが、それは光の大樹まで到達できていない現在、確認することができず、仮説にすぎない。フィールド祖菌に関しての記述はこの辺にしておく。詳しくは、別論文にまとめてあるのでそちらを参照していただきたい。

 フィールド祖菌の子実体であるモリノユメは、中心部に近ければ近いほど大きくなる特性がある。小さいもので数ミリ、確認されている最大サイズは二メートル四十三センチであるが、おそらくもっと大きなものもあると推察できる。モリノユメは通常型とよばれる先端が丸まった棒状のものと、他生体模倣造形型たせいたいもほうぞうけいがたという先端に他の生物を模した変形体をつくるものがある。子実体であるモリノユメは、通常のキノコ類に照らし合わせると繁殖のための胞子を拡散させる器官と考えられるが、モリノユメにはそういった機能はない。では何のために子実体をつくり地上に伸ばしているのかは、現在に至るまで不明である。他生体模倣造形型たせいたいもほうぞうけいがたは高さ約一六〇センチ以上、太さが約七〇センチ以上のものに見られるものである。他生体模倣造形型たせいたいもほうぞうけいがたが作る変形体は長年、周囲に生息する他生物の形状を模倣していると考えられていたが、周囲に生息していない生物の模倣もしている個体があるのが発見された。この形状模倣も一体何のためなのかは不明である。



 ※2 ハラジロヘビトンボ


 広翅目こうしもく。外界でいうヘビトンボに分類される。全長約三〇センチ。外界では大型昆虫サイズだが、フィールドXでは中型とされる。外見、生態も外界のヘビトンボに極めて近いが、夜行性ではなく昼行性であり、成虫が肉食性という点では外界のヘビトンボとは異なる。幼虫は清流に生息し、外見はムカデに似る。発見当初は大型の水棲のムカデとされていたが後の研究観察でヘビトンボの幼虫であることがわかった。幼虫にも巨大な大顎があるが、成虫とは違い雑食性である。他水生昆虫を捕食するが、水草も食している。三年で陸に上がり、岸辺の土に穴を掘り、蛹室ようしつをつくりさなぎになる。蛹の期間は半年ほどで、外界のヘビトンボの蛹と同じく噛みつくことがある。ハラジロヘビトンボの成虫は体色は薄茶色で名前の通り、腹部が白い。空中で飛びながら大顎で他羽虫などを捕獲する。小型の鳥も捕食することがある。成虫の命は二、三年。生息域は清流付近であり、黄泉森の外が主である。黄泉森の中では目撃例が少ない。



 ※3 ミヤマツノオオカミ


 外界のオオカミと似て非なる生物である。基本的にフィールドXの生息生物は外界の系統樹には当てはまらない。一体どういった進化でそれぞれの生物が誕生したのか、そもそも進化系統樹に沿って生まれたのかも解明できていない。なぜ外界のオオカミに似ているかも不明である。

 体長は約一・五メートル~最大三メートル程度。ただし、三メートルに達するのは群れのボスになった一頭だけで、ボスになるのは確認されている限り雌だけである。通常種の大きさは一・五メートル~二メートル程度。外見は外界のオオカミに似るが、頭蓋骨の一部が変質した細くスラっと直線的な一対の角がある。肉食動物で角があるのが外界生物には見られない特徴である。生涯群れの中で過ごし、群れを離れることは無い。時折群れ同士の衝突があり、その際はボス同士の戦いで勝者が決まる。勝った群れが負けた群れを丸ごと受け入れる。最大四十頭の群れが確認されている。大きな群れのボスが命を落とした時に、同列のボス格のオオカミが独立をして群れが分裂することがある。小型の群れの場合、群れの中から新たなボスが現れ、群れを引き継ぐ。生息するエリア内で縄張りをつくり、そのエリアを出ることはない。

 ボスとなったツノオオカミは角が捻じれ体格も大きくなり、銀色のたてがみが生える。意外なことに、ボスとなった雌は出産をしない。ハーレムを形成せずに群れの統率に徹する。他生物外敵からの守護は雄が担っており、ボス自ら前にでることは無い。ボスが自ら前に出る時は同種同士の群れの争いの時のみである。統率が主な仕事の筈のボスだが、割と自由に行動しており、群れを数日離れることもよくある。ボス単独での行動はかなりの広範囲に及んでおり、時折、ワタリ種でもないのに生息エリア外に出ていることも確認されている。群れを離れた時は大きな獲物を持ち帰ることが多く、ボスの威厳を保つ為に必要な行動なのかもしれない。



 ※4 ミズタイヨウ


 滝の近くや湿度が高い日陰に生える樹木で、三メートルより高くはならない低木。乾燥には極度に弱く、全体が常に濡れるほどの高湿度環境でのみ生息可能。全体のフォルムがアオキ科樹木に似るが、葉は深い青色で厚みがあり、多肉植物のように水分を多く含んでいる。花は直径十二センチ程の大きさで薄紫色。二枚の花弁で、重なり合うように形成されており、上に向かって咲くという特性がある。自家受粉じかじゅふんで水滴を利用して受粉するのが特徴的。果実は自重で垂れ下がる形となる。果実は厚めの皮とやはり透過性のある種子が含まれる透明な果肉で、中心部が空洞になっており、真ん中に発光器官がある。ミズタイヨウが作り出す特殊な酵素によって、水に含まれるマグネシウムと酸素を結合させることで発光している。発光は実が落ちた後もしばらくは続き、光に惹きつけられそのまま死んだ虫の死骸を養分に種を発芽させる。火などの高エネルギーの使用ができないフィールドX内の照明に利用されている。果実を水につけておけば二年ほど光り続ける。ミズタイヨウの発光は多くの周辺生物にも利用されており、ミズタイヨウの果実発光頼みで生息する生物もいるほどだ。



 ※5 ヤジリギハナダマシタケ


 フィールド祖菌のような特殊なものではない、一般的なキノコである。共生性でありながら寄生性キノコで、ヤジリギソウと共生関係にありながら、ヤジリギソウの花に吸蜜にくるゴクラクハナムグリに寄生し、ハナムグリを操り、ヤジリギソウ周辺の土の中に潜らせることでハナムグリを窒息死させる。ハナムグリの死後、子実体を発生させる。子実体を出した後は、ヤジリギソウの根からもデンプンなどの栄養分を受け取り、無機養分をヤジリギソウに還元している。子実体の形状はヤジリギソウの花に似ている。石づきがヤジリギソウの花弁のように上に広がっており、球状の青い網目はヤジリギソウの雌しべを肥大化させたようである。この青い球状部分が傘部分であり、ヤジリギソウの花の香りに似た匂いを発生させてハナムグリを寄せている。石づき内部に進入したハナムグリに胞子をつけることで寄生するという仕組みになっている。何故ヤジリギソウと半共生関係にあるかという点だが、ヤジリギソウとヤジリギハナダマシタケの生息している場所が栄養分の少ない岩場だということに起因している。近辺の植生はかなり少なく、サザレゴケという硬質化する苔が最も多い。この苔はあまり栄養を含んでおらず、ヤジリギソウとヤジリギハナダマシタケは協力して外部から昆虫という栄養を誘引している。



 ※6 バショウセンキトカゲ


 全長は約一五〇~二三〇ミリの樹上性のトカゲ。体色は水色で、背中に団扇うちわのような虹色に輝く構造色こうぞうしょくの背びれがついている。外敵に対して揺らす習性があるので、目くらましとしての役割があると考えられている。肉食性で小型昆虫を捕食している。幼体は背びれ骨格が繋がっておらず、細長いヘラ状のものが並んでいる。ヘラは朱色が強い構造色で外敵に対してヘラをウェーブさせるように揺らす。生涯を樹の上で過ごすが、産卵時期になると雌は地面に降り、大き目の石の下の陰に産卵する。一度の産卵で数十個の卵を産み、子トカゲは孵化してすぐに木を登り始める。



 ※7 アシグロフエジカ


 全長一・五メートルほどの森林を生息域にした鹿に似た動物。縄張りのある生息エリアからは出ない。草食動物で低い位置の草木の新芽若葉を好んで食す。雄は空洞にになった太い二本の角があり、鼻の上にも細い角が一本生えている。雌は太い角は無く、鼻上の細い角のみである。雌雄の体格差は無い。雄が持つ太い空洞のある角は喉に直接繋がっており、笛の機能がある。より大きな音を出せることで雄同士での優劣を決めているようで、群れで最も大きな音を出せるものがボスとなる。笛で鳴らす音はコミュニケーションのツールとしての役割もあり、音が鳴らせない雌は鼻を鳴らすことでコミュニケーションをとっている。典型的な雄のボスによるハーレムで群れを形成している。周囲の草むらに隠れるのが得意であり、潜伏したフエジカを発見するのは困難である。外敵から注意を引く為、ボスだけが姿を常に見せている。

 フエジカは数種確認されているが、アシグロフエジカは靴下を履いているように足が黒いのが特徴で、他のフエジカより警戒心が高い。小鹿を守る為に群れ全体で攻撃してくることもある。



 ※8 ミズアメセコイア


 常緑針葉樹じょうりょくしんようじゅのセコイアに似た特徴を持つが、針葉樹ではなく落葉樹でもない。葉形は掌状複葉の常緑樹で色はエメラルドグリーンで少し透明度がある。幹は太く真っすぐ生え、樹皮が苔に覆われることが多い。最大の特徴として、幹を覆うほど大量の透明な樹液を出す。樹液が外部に出るのは傷口の保護が通常だが、ミズアメセコイアの樹液は接着性があり、捕らえた生物から養分を吸収する為と、幹の保護の為に放出される。太い枝の根元がら樹液は放出され地面にまで流れている。すべての樹が樹液を出すわけではないが、出す出さないの基準は不明。薄い黄色の小さな花が固まって咲く。遠目からだと黄色い泡のように見える。小さく赤いヤマザクラの実に似た果実をつける。



 ※9 アシナガヤマカリグモ


 ヤマカリクモの仲間でフィールド特有の陸生甲殻類りくせいこうかくるい。蜘蛛と名付けられているが蜘蛛ではなく、ヤドカリに近い。全長は百ミリ程度。構造色のブロンズ色の細長い足を四対持ち、前足一対には鋏がある。鋏といっても蟹のように大きくはなく小さいものである。胴体は細かな凹凸があり、苔が生えることもある。草食で広葉の草を好んで食する。数千の卵を産み、孵化までは卵を守る。基本的に雌しかおらず単為生殖たんいせいしょくをする。未確認ではあるが雄もいる可能性はある。



 ※10 モリクビリュウ


 全長四〇メートルにも及ぶ超大型爬虫類。甲羅は無いが外界で似た生物はゾウガメ。草食性で樹の葉を食する。足が苔生した樹の幹に見え、静止していると周囲の樹に溶け込んで発見できないほどである。生息環境の生態系の頂点にいるというのに擬態の精度が高い理由は成長しきる幼少期に身を守る為と考えられている。ワタリ種であり、四つの森林エリアを跨いで周回している。核家族単位で行動しており、雌は生涯三度しか産卵しない。産卵場所に短茎イネ科草原を好む。一度の産卵での卵の数は三つ~五つであり、孵化まで家族で卵を守る。寿命は三十年程度と云われているが正確な情報ではない為、不明。巨体でありながら発見されること自体稀であり、不明点がまだまだ多い。



 ※11 ミキタタキ


 全長約三〇~四〇センチの鳥類。キツツキ目によく似た特徴があるが、雄には頭の上にサイチョウのような角質の鶏冠とさかがある。尾羽の一部が硬質化しており、尾羽を樹の幹に叩きつけることで樹の中の虫を樹の外に追いやって捕食する。この樹を叩く行為が名前の由来になっている。捕食には手順がある。まず樹皮の一部をくちばしで穴を開け、虫の脱出口をつくり、その穴周辺で羽を傘のように広げて影をつくり、尾羽で幹を叩いて穴に虫を誘導する。穴から出てきた虫を捕食する、といった具合だ。羽で影をつくる行動は外界でクロコサギが似た狩りの仕方をしている。クロコサギの場合、水面に羽で影をつくることで日陰に集まる習性を持つ魚を誘引するのを目的にしている。ミキタタキの場合の影は、虫が樹皮の外に出てしまっているのを気付かせない為である。



 ※12 モリノテブクロ


 高さが約二〇メートル~三〇メートルになる樹木。灰色で上向きにささくれた角ばった樹皮が特徴的。空を覆う様に枝を大きく横に広げる性質を持つ。その為、隣接する樹木との間隔が広い。黄緑色の掌のような形状の大型の葉をつける。単葉であり、地面に日光が入る隙間を多くつくるので周囲植物の生長を妨げるようなことは無い。年に一度、赤い平開の花をつける。果実は堅く果肉が無い胡桃に似ており、鈴なりにつける。ミキタタキと共生関係にある。ミキタタキに樹の中の虫を取り除いてもらい、ミキタタキの糞は樹の養分になっている。



 ※13 ジズリクサダマシ


 陸生の魚類で肺呼吸である。ジズリの仲間はウナギのような長い身体も持つのが特徴。外見は古代魚に近くガノイン鱗でポリプテルスに似ている。通常、成魚は二、三メートルくらいだが、二十メートル級の個体が番いで確認された。それが突然変異なのか、全く別種なのかは不明。肉食で一見蛇のように見えるが、蛇とは違い顎の骨を外して獲物を呑み込むことはできない。その為、呑み込める獲物のサイズは限られる。

 ジズリクサダマシは草木が茂るエリアに生息している。ワタリ種ではない為、縄張りエリアを出ることはない。背びれが草木のように変形しており、それで擬態している。背びれは感覚器となっており、空気の揺れと動きを感じ取っている。また、葉のような耳を持ち、周囲の音を敏感に察知することができる。目は退化しており視覚は感じ取れないようだ。動いていて捕食可能なサイズのものは何でも食べるが、性格は臆病で、自分より大きな生物の気配があると積極的に逃走する。威嚇するときに胸ヒレを広げ、喉を鳴らす。喉の音は番い同士のコミュニケーションでも使用され、知能は割と高いとされる。番いで連携した狩りを行うこともある。一度番いになるとパートナーを変えない性質がある。雌雄でヒレの色が違い、雄の方がひと回り大きい。一度に三〇〇の卵をばら撒くように産み、孵化まではつがいで産卵場所周辺で生活する。夫婦で卵を緩く防衛するが、基本的に子育てはしない。



 ※14 ドウナガアナネズミ


 岩場に生息するネズミの仲間。全長は約二〇センチ。体毛は灰色一色。胴が長くイタチに見えるが肉食ではない。雑食で小型の虫や木の実を食している。岩場の隙間に巣をつくり、家族単位の群れで生息している。巣の中に木の実の貯蔵庫をつくる習性がある。昼行性で家族で役割分担で活動している。見張り役、餌収集役、子守役などに分かれている。出産は年に一度で一回で四、五匹の子を産む。



 ※15 ノボリイワヅタ


 岩盤の崖がある場所に生える落葉性のつる植物。外界のツタと同じくまきひげの先端が吸盤になり、岩肌に付着して登るように成長する。岩盤を好むのは競合植物が少なく、日光を独占できるため。葉はコバルトグリーンで形状は天狗の団扇のようなヤツデの葉に似ている。岩肌が見えなくなるほど葉で覆い尽くす傾向がある。釣り鐘型で水色の花が固まって咲く。実が少ないブドウのような状態で果実をつける。密集した葉の裏側を巣にする爬虫類が多くいる。



 ※16 イシダマシ


 陸生のカニ。全長は一〇〇ミリ程度。外見の特徴として、甲羅の模様と質感が石そのものであり、それで擬態している。複眼と足と鋏を畳んでいると周囲の石と見分けがつかない。石の模様は指紋のように個体によって違っており、個体識別がしやすい。朝露や夜露を溜めておく袋のような器官を体内にもっている。屍肉しにく食生物で生物の死骸を食す。岩場に生息しており、環境的に干からびた死骸が多いが体内の水分で乾燥した死骸を柔らかくして食すという変わった特性がある。



 ※17 アカゴケグライ


 全長五〇センチ程度、体重は平均三十キロほどの哺乳類。外見はアナグマに似ている。短めの体毛で、青緑色の体色をしている。目の周りを横長の輪のような模様と下に弧を描いた眉のような模様があり、困った表情に見えるが、ただの模様である。警戒心が低く、動きも遅くマイペース。捕獲が容易で肉食生物にとっては格好の獲物となる。ワタリ種で縄張りを持たず、生涯移動し続ける。群れもつくらず単独で行動をしているが、雌は子連れで移動をする。しかし研究の結果、子育てはしておらず子供の方が勝手についてきているようだ。授乳は母コケグライが睡眠時に行う。子供は乳離れのタイミングで親離れする。一度の出産で十匹前後で、年二回出産する。捕食され易い分子沢山である。産まれた時からすぐに立って歩くことができる。名前の通り苔を食す草食動物で、アカゴケグライとアオゴケグライがいる。アカゴケグライは赤苔を食し、アオゴケグライは青苔を食す。外見的違いとしてはアオゴケグライの方が足が長く、少し素早い。知能はあまり高いとは言えない。



 ※18 イワワナグモ


 全長約二メートルの大型の蜘蛛。外界のトタテグモに形態も特性も似ている。獲物を捕らえ易くするため前肢が長く、その点はトタテグモと異なる。長い前肢の先端には棘が並んでおり、掴んだ獲物が逃げられにくい構造をしている。巣の入口に扉をつくる特性はトタテグモと同じである。トタテグモのように、自前の穴を掘らないが岩場の隙間に巣を作り、糸と土、枯葉などで扉をつくる。巣の入口前に粘性の糸を地面に敷き、粘性糸を踏んで動きが鈍った獲物を捕らえる。捕らえた獲物は巣の中に引き吊り込んで捕食する。寿命が長く二十年は生きる。長い寿命の中で二回しか産卵しない。一度に産む卵も五個ほどで非常に少ない。子煩悩で三年間は巣の中で餌を与え続ける。雄は繁殖期になると、雌の巣穴に入り交尾を行うが、その際雌に捕食されることがよくある。雌は雄の倍の大きさがある。



 ※19 ペンチビートル


 全長約七〇センチの中型甲虫で、樹木を切り倒す為の大顎を持っている。体全体の色が磨いたように輝く銀色で非常に美しいらしい。大顎には硬度の高い鉱物成分が含まれており、非常に頑丈で、藤崎翼果のナイフの刃に使用されるほどである。ペンチビートルの生息エリアの場所は彼女しか知らず、YOMOTSUでは未確認である。翼果曰く、生息エリアの危険度が高いため案内はできないとのこと。それ故、我々は翼果のナイフの刃である顎しか見たことが無い。



  

 ※20 ヒラタミキガクレ


 全長約四〇センチのヤモリ。外界のヤモリと比べるととんでもなく大きいが、黄泉森のヤモリとしては平均的サイズである。非常に扁平な体で体表も樹皮のように凹凸があり、擬態になっている。昼間は剥がれた樹皮と幹の間に潜んでいる。夜行性で、夜になると虫を捕食する為に樹の表面を動き回る。昼間は眠っているため動きが鈍く、発見できさえすれば捕獲は容易である。一転、夜は非常に素早く、よく動き回っている為発見しやすいが捕獲は難しい。雄は雌の半分以下の大きさで、繁殖期には雌の上に雄が乗っている状態で生活し、その間に複数回の交尾を行う。幹と樹皮の間に産卵し、卵の数は約三〇~四〇で、子育てはしない。



 ※21 アカハダヒカリタケ


 洞窟などの光が無い岩場にみられるキノコ。発光酵素であるルシフェラーゼの働きで光る。この仕組みは外界のヒカリタケと同様だが、光の強さが外界のヒカリタケより黄泉森のヒカリタケの方が強い。ミズタイヨウの実の発光もそうだが、外界では考えられない発光の強さがある。これは黄泉森特有の何かの要因があると思われるが不明。発光の目的は昆虫を誘引して、胞子を昆虫につけての胞子飛散の為と考えられる。ミズタイヨウの実と同様にフィールド内の照明に利用されるが、ミズタイヨウ程光が強くないため、間接照明として利用されている。



 ※22 アオノドサルコウチヨウ


 鳥類と哺乳類の特徴を併せ持つ、黄泉森固有生物種。哺乳鳥類と呼称されている。頭部と足が鳥類で、胴体部と長い尾と手は猿になっている。足が特徴的で、鳥足ではあるが爪がなく指の先端は丸みを帯びており、ものを掴みやすい構造になっている。身長は一メートルほどで樹上性の猿と生態は似ている。サギに似た頭部と、喉に鳴き声の増幅の役割を持つ青い喉袋がある。その為鳴き声が大きく、遠距離の仲間とのコミュニケーションを可能にしている。果実と昆虫を食す、雑食。家族単位の小規模な群れを形成する。同種の群れ同士で争うことはなく、非常に平和的な生物である。



 ※23 ミズサンサンソウ


 直径四十~五〇センチ程の大型の花をつける水生植物。一重咲きの黄色い花で形状はガーベラの花に似ている。芯が白く太陽のように見えることからこの名前がついた。葉は約三センチの袋状で五つくらいが連なるようになっていて水に浮いている。根は水中で網目状になって広がっており、地面に根をつけず水中を浮遊している。根の間は小魚などの住処として利用されている。あまり水深が深くない湿地の浅い池に自生し、水面を埋め尽くすほど繁殖力が高い。



 ※24 エボシミズバシリ


 草食性の爬虫類。全長約一三〇~一六〇センチの中型のトカゲ。体色は青白く、雄には黄色い烏帽子のような形の鶏冠があり、それが名前にあるエボシの由来となっている。湿地帯に生息しており、水上を走ることができる。脚の筋肉が発達しており、足の指には水かきと細かな毛がある。毛の中に空気を溜めることができることと、水かきで広くなった足裏面積で水面を叩くようにして走る。大きな体の割に体重が三〇キロ程度しかなく、非常に軽い。その軽さの要因は骨の構造が鳥と同じ空洞がある含気骨であるためである。外界には同じく水上を走るグリーンバジリスクが存在するが、バジリスクと比べると水上歩行が格段に上手い。花の蜜を好んで食し、小さい花だと花ごと食べる。ミズサンサンの花に顔を突っ込んで吸蜜する姿がよく見られる。



 ※25 ミズサンサンソウモドキ


 ミズサンサンソウの花に擬態した肉食性水生甲虫。形態は大顎が花弁状になっており、口が花の芯に似た形になっている。大顎を開いて水に浮かぶことでミズサンサンに擬態して獲物がくるのを待つ。花弁に擬態した大顎は花弁と違って堅い。芯に似た口の中心に鋭い小顎が六つあり、小顎で獲物を嚙み砕いて捕食する。小顎の周囲には小顎ひげが八本口を取り囲むようにあり、このひげは獲物を抑えこみ、口に運ぶ役割がある。胴体は甲虫のそれで、ゲンゴロウに似ている。飛ぶことはできず鞘翅は開かない。繁殖期になると顎を閉じて水中で過ごす。ゲンゴロウのように後脚に長い毛があり、泳ぎは得意である。交尾後、雌はミズサンサンの根に三〇前後の固まった卵を産む。卵を粘液で覆うことで保護する。この粘液はミズサンサンソウの栄養となっており、ミズサンサンソウとは共生関係にある。不完全変態昆虫で、生まれた時から成虫と同じ姿をしている。幼虫は花擬態で待ち伏せるという狩りはせず、水中で動物性プランクトンや小魚などを捕食している。



 ※26 ホウガンチョウチン


 ミズキリ科樹木の根に寄生する植物。生態はラフレシアに似ている。ラフレシア同様に茎、根、葉はない。ヒトデのような星型の花をつける。花弁は肉厚で柔らかく、花の芯の部分に空間があり、その空間の底の部分からテングバチの好むミントのような清涼感のある匂いを発する。テングバチはホウガンチョウチンの作った空間で巣をつくる。テングバチの巣は幼虫の餌であるイモムシで満たされるが、このイモムシが出す体液から実をつける為の栄養を摂取する。ホウガンチョウチンは受粉せずに実をつける、非常に変わった寄生性植物である。テングバチが巣立った後に実をつけるが、丸い饅頭のような赤い実で、砲丸のようにも見えることからこの名前がついた。赤くニスで塗られたような艶のある実で、皮はまるで鉱物のように堅い。赤い色素は水に溶けやすく、実が熟する頃には色素が溶け出して皮が半透明になって中の白い果肉が見える。果肉は熟した後に実の底部分に空いた穴から溶け出し、ミズキリの栄養となる。種子は果肉と共に外に出る。外に出た種子は果肉を食べに来た中型動物に食されて、その動物の糞で拡散する。ホウガンチョウチンの変わった特徴として、実の中に一つだけ種子を残し、堅い皮に守られて同じ場所に花を咲かせる。



 ※27 ミドリアキツモモンガ


 樹上性のリスの仲間。全長二〇センチ程度のモモンガ。前脚と後脚の間に飛膜ひまくがあって滑空する、外界のモモンガと生態、形態共に酷似しているが、群れで生活している点が異なる。体毛は緑で背中にオレンジ色の三本線の模様がある。二〇から三〇匹からなる大型の群れをつくり、樹の上に枝を集めて作る球状の巣をつくる。巣は五匹くらいの単位で作られ、一つの樹に複数つくり、群れで暮らす。



 ※28 オオミミクダイタチ


 体長二十七~三十八センチのイタチの仲間。耳が大きく顔は狐に見える。イタチにしては尾が短く五センチ程しかない。体色は淡い茶色。樹のウロを巣にして暮らす。肉食性で小動物や昆虫を捕食する。身の危険を感じた時はイタチ同様に肛門腺から臭い液体を噴出する。聴覚に優れ、数キロ先の音も察知している。



 ※29 ツユサンゴホコリ


 細胞性粘菌。単細胞小型アメーバの集合体。湿気の多い日陰で見られる。宝石サンゴのような枝分かれした形になり、ルシフェリンを含んでいるようでぼんやり発光している。キノコのように子実体を形成し、胞子をばら撒く。と、まあ、ほとんど外界の粘菌と生態が変わらない。



 ※30 ヤシャオオイソメ


 多毛類でゴカイやイソメの仲間。全長三十メートルという巨大種。淡水生で浅めの沼に深い穴を掘り、その中で獲物を待ち伏せする。形態はオニイソメによく似ている。一対の巨大な大顎と、捕獲した獲物を細かく千切る為の二対の顎をもつ。長い触角を水中に漂わせて獲物を察知する。穴の中に空気を溜めるので、狩りの瞬間に気泡が上がってくる。寿命が長く、三十年以上生きているものが確認されている。



 ※31 オオオカアルキ


 陸生の軟体頭足類。体部分で十三メートル。腕は八本で十五~二〇メートル程、吸盤はない。ワタリ種で生涯移動し続ける。目撃回数が非常に少ない為、生態は謎が多い。形態は蛸に酷似している。ほぼ退化した申し訳程度の耳のようなヒレがあるが、何の役に立っているかは不明。烏賊の特徴でもある触腕を持っており、触腕の本数は四本以上あると思われるが未確認。触腕の先端には鋭い鉤爪があり、獲物にその鉤爪を突き刺して捕らえる。肉食性で捕獲できるものは何でも食べる。腕の間には蛸と同じく傘膜があり、おそらく役割も同じと考えられる。吸盤は無いが皮膚の凹凸が深く、その凹凸で物を挟み掴むことができる。蛸や烏賊にもある漏斗と呼ばれる器官がある。通常蛸、烏賊の漏斗ろうとは海水を吹き出し、推進の為に使用されるがオカアルキのそれは呼吸器官と考えられている。頭部に肺に似た器官があり大きく息を吸い込むと頭部が膨らむ。口を挟んで一対の漏斗が別にあり、この漏斗は空気を吐き出す為に使用される。大量の息を吐き出すことで土煙を巻き起こし煙幕がわりに使用することもある。外界の蛸、烏賊と同様に色素胞を変化させて皮膚の質感から色まで、多彩に変化させる擬態の達人である。また、色の変化を使って警告、威嚇、目くらましも行う。横長の波状の瞳孔を持ち、ピンと調節機能、色の識別、コントラストの違いも認識していると考えられる。非常に高い知能を持ち、他個体の識別に優れ、獲物によって狩りの仕方を変える特性があることが確認されている。翼果曰く、性格がしつこいとのこと。


 ※32 ナイトワンダラー


 完全夜行性の草食性哺乳類。全長は一三〇センチ程度で、外界に似た生物がいない黄泉森固有種。体色は艶のない漆黒で、短めの体毛に覆われている。二足歩行で腕が無い。尾は無く下半身のつくりが類人猿に似ているが、足の親指が踵側についていることが異なる。首が長く、触手のように自在に動き、腕の役割も担っている。楕円形の頭部に縦に裂けたような口がついている。顎の骨格の造りは両開きに開くようになっているのも外界生物には無い特徴のひとつである。歯の構造は人間に近い。頭頂に小鬼のような短い一本角があるが、角ではなく鼻である。目がなく、退化して無くなったのか元々ないのかは不明。臆病な性格で樹皮についた苔を主に食べる。光が苦手で、常に明かりを避ける傾向がある。昼間は洞窟などの光が入らない場所にいる。その際、数十匹が固まって球状になって眠るという変わった性質がある。おそらく繁殖のためと生存率を上げるためにそのような行動を取ると考えられる。群れ集まるのは昼間の睡眠時だけで基本的に単独で行動する。



 ※33 キガクレヤマタガメムシ


 完全夜行性の節足動物。全長約二メートルの大型種。頭胸部が短く、一対の牙のような鋏角があり蜘蛛、蠍などの節足動物特有の口をもつ。腹部は平たく潰れたような楕円で節くればっている。脚は十本で、内二本の前脚が獲物を捕らえるために鎌状になっており、他の脚より太く、先端に鋭い爪がある。この前脚はタガメに似ている。生涯樹の上で過ごす。昼間は樹の葉を口から出した糸で固めた巣で動かず過ごす。陽が落ちると樹の幹の上で、樹の真下に獲物が来るのを待ち伏せする。ミズアメセコイアに生息しているが、ミズアメセコイアが出す接着性の樹液で動けなくなることが無い。これは凹凸が非常に少ない体表の滑らかさで接着されない仕組みになっているからである。



 ※34 クサガクレオオトゲギス


 全長約七〇センチの大型の直翅目ちょくしもく昆虫。肉食傾向の強い雑食性キリギリス。体色は深緑で前胸背板ぜんきょうはいばん前肢ぜんし、発達した後肢こうしに棘が複数ある。特に前肢のスネ部分の棘は獲物を刺して逃がさないように生えている。後肢はカマドウマのように発達しており、脚力だけで大きく跳ぶことができる。大きく跳躍した後に翅をはばたかせ、長距離移動ができる。翅に黒い筋模様が複数あり、威嚇時には翅を広げる。触角は長く、顔中央に眼状紋がんじょうもんがある。鋭い大顎があり顔はヤブキリに似ている。夜行性で狩りは主に夜間に行い、昼間は草場で動かずに過ごすことが多い。繁殖期になると雄は雌にアピールするために翅を擦り合わせて鳴く。ギャリギャリと鳴き、あまりきれいな音とは言い難い。背の高いイネ科植物の茂みに生息している。茂みに潜まれると発見は困難だが、長い触角を常に動かしているので、発見したいときは触覚を探すとよい。



 ※35 オオヤミトンボ


 全長約一八〇センチの夜行性のトンボ。翅が六枚あり、これは三億年前にいた古代カゲロウ、パレオディクティオプラ以来の特徴である。パレオディクティオプラは初めて飛行した動物のひとつだが、パレオディクティオプラの六枚翅の一対はほぼ動かすことができない短い固定翅であったが、ヤミトンボは六枚の翅の全てが大翅であり、全て羽ばたかせることが可能である。一八〇センチという巨体で自在に飛ぶのに六枚の翅が必要だったため発達したと考えられる。体色は闇に紛れやすい濃紺である。複眼は光を反射しない同じ夜行性昆虫の蛾の目の構造に似ている。この目はモスアイと呼ばれ微量な光を効率的に眼の奥に取り入れる構造である。クワガタのような大顎で、飛行昆虫などの夜行性飛行動物を捕食する。



 ※36 クラヤミヨギリドリ


 体長二〇〇~二三〇センチの鳥類。羽は退化している飛べない鳥。全体的なフォルムは飛べない鳥の代表格であるダチョウに似ているわけでは無く、小型肉食恐竜に似ている。頭部の大部分を占める巨大な嘴を持ち、のこぎり状の歯のような構造になっており、骨も噛み砕く。羽毛は無く皮膚は黒い。唯一、尾にだけ羽がついており尾羽の色も黒い。退化した羽は骨に皮がついているだけのもので特に役に立っているようには見えない。赤い丸い目は眼球を動かすことができず、夜目が利くことからフクロウと同質であると考えられる。脚力が強く、ジャンプして樹の上に乗ることもある。足には肉食恐竜のディノニクスのようなシックルクロウと呼ばれる鎌状の鉤爪がついている。この鉤爪は独立し動かすことが可能で、狩りに使われている。夜行性で真夜中から明け方にかけて行動する。十から二十匹の群れをつくり集団で狩りをし、抱卵も子育ても群れ全体で行う為、知能もコミュニケーション能力も高いと考えられる。ボスがいるが、姿を現さず鳴き声で群れを統率する。この習性を利用して笛で群れを誘導することができる。昼間は群れで固まって眠っているが、狩りをするエリアと昼間休むエリアが違う。ワタリ種では無いが、二つのエリアを跨いで縄張りを持つ。





 二〇九七年度 最新版 追記及び、修正記録者


 秋津 和徳  茶屋 日菜子  柿崎 健介  吉田 藍曼

 穂高 直美(監修)

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