​第13話 「全部だ」

​馬車が止まったのは、王都で一番高級なブティックの前だった。

ショーウィンドウには、ため息が出るほど美しいドレスが飾られている。

​「行くぞ」

​ゼノンが店に入ると、店内の空気が一瞬で凍りついた。

​「い、いらっしゃいませ、アッシュフォード公爵様! 本日はどのようなご用件で……!?」

​店長らしき女性が、震えながら駆け寄ってくる。

​「この娘の服だ。普段着、外出着、夜会服。必要なものをすべて揃えろ」

​ゼノンは私を前に押し出した。

私のボロボロの制服を見た店長の顔が、一瞬引きつる。

けれど、ゼノンの隣にいるという事実が、彼女の態度を強制的に恭しいものに変えた。

​「か、かしこまりました。それでは、こちらの新作などいかがでしょう? お客様の……その、清楚な雰囲気に合う淡いブルーで……」

​店長がおずおずと数着のドレスを提示する。

どれも素敵で、目移りしてしまう。

​「どれがいい?」

​ゼノンに聞かれ、私は困ってしまった。

​「えっと……どれも素敵すぎて、私には選べません……」

​すると、ゼノンは少し面倒くさそうにため息をつき、店内のラックを指差した。

​「なら、ここからここまで。全部だ」

​「……はい?」

​店長と私の声が重なった。

​「全部と言ったんだ。あと、そっちの棚の靴と鞄もな。サイズを合わせてすぐに屋敷へ送れ」

​「ぜ、全部でございますか!? しかし、これだけの量となりますと金額が……」

​「俺が払えないとでも?」

​ゼノンの瞳がスッと細められる。

​「い、いえ! 滅相もございません! 直ちに手配いたします!!」

​店の中が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

​「あの、ゼノン様、さすがに多すぎます……! 私、こんなに……」

​「言っただろう。俺の隣を歩くのに相応しい女になれと」

​彼は私の抗議を聞き流し、楽しそうにニヤリと笑った。

​「それに、お前は着せ替え人形としては悪くない素材だ」

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