​第9話 公爵の裁定

​部屋の温度が、一気に氷点下まで下がった気がした。

​ゼノンは怒鳴らなかった。

ただ、静かだった。

それが何よりも恐ろしかった。

​「ま、マーサ」

​ゼノンが低い声でメイド長の名前を呼ぶ。

​「は、はい……旦那様……」

​マーサは床に頭を擦り付けんばかりに平伏している。

ガタガタと震える音が、静寂の中で響く。

​「俺は言ったはずだ。『彼女への無礼は、俺への反逆だ』と」

​コツ、コツ。

革靴の音が近づく。

メイドたちは悲鳴を上げることすら忘れて、凍りついている。

​「お前たちは、俺の命令よりも、自分のちっぽけな嫉妬心を優先したわけだ」

​「ち、違います! 私たちはただ、この娘が……いえ、リナ様が粗相をなさらないようにと……!」

​「黙れ」

​たった一言。

その言葉に込められた圧倒的な魔圧で、マーサは喉を抑えて蹲った。

​「言い訳など聞きたくない。……全員、クビだ」

​「え……」

​「今すぐこの屋敷から出ていけ。二度と俺の視界に入るな。それとも」

​ゼノンの指先に、パチリと黒い稲妻が走る。

​「ここで消し炭になりたいか?」

​「ひっ……! 申し訳ございませんでしたぁぁ!!」

​メイドたちは蜘蛛の子を散らすように、逃げ去っていった。

あれほど私を蔑んでいた彼女たちの、あまりに情けない後ろ姿。

​嵐が去った部屋には、私とゼノンだけが残された。

​私は濡れた体で、呆然と立ち尽くしていた。

どうして。

どうしてそこまでしてくれるの?

私はただの、魔力処理係なのに。

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