【ボカロP×歌い手=百合】ネットの歌姫がクラスの陽キャ美人で、底辺ボカロPの私にラブソングを書かせてくる件

ゆりきんとん

プロローグ だから私はラブソングなんて書けない

 人は、自分が経験したことのない感情を、本当の意味では言葉にできない。


 と、私は思っている。


 だって、そうじゃない?


 自分では「これは傑作だ」と本気で思って投稿したものが、再生数も評価もまったく伸びなかったときの、あの変な虚しさ。


 更新ボタンを何度押しても、通知欄は静かなまま時間だけが過ぎて、「下手だったのかな」「そもそも誰も見てないだけかな」「こんな数字恥ずかしいな」って、プライドと自己嫌悪と現実逃避がごちゃまぜになる、あの感じ。


 一度もそれを味わったことがない人に、あの感情を説明しろって言われても、たぶん無理だと思う。


 なんとなく疎遠になった昔の友達に、今更チャットを送る時の、あの気まずさとかもそう。


 中学の頃は毎日一緒に居たのに、別々の高校に上がって、いつの間にか会わなくなって、たったそれだけで彼女たちとの関係性を「友達」から「友達だった子」に変えてしまった。


 この自分の冷たさだって、私の中にある温度だから、今こうやって言葉にできてると思う。


 そしてたぶん、恋愛も同じだ。


 誰かを本気で好きになったことがある人には、その人にしか分からない「こういうとき、こんな気持ちになる」がたくさんあるんだろう。


 でも私の中の「恋」の感情は、今のところ他人の言葉とフィクションを、出鱈目に継ぎ合わせただけの、形の悪いコラージュだ。


 ドラマとか歌とか漫画の中で見たことはあるけれど、それはあくまで誰かの物語であって、私の経験じゃない。


 それなら、こんな私が書いたラブソングで、誰かの感情を動かすことはできるだろうか。


 いや、ありえない。だって、音楽に人が泣かされるのは、メロディがきれいだからでも、歌詞がうまいからでもない。


 そこに乗った誰かの感情に、勝手に自分を重ねてしまうからだ。


 だから私は、ラブソングなんて書けないし、書きたくもない。

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