第16話 距離の固定──共存するが、決して交わらない

 翌朝。

 ユウトが通学路に足を踏み出した瞬間、

 世界はまた少し整列していた。


 交差点の信号機は最適なタイミングで変わり、

 歩道を行き交う人々は自然とユウトの進路を外す。


(干渉回避が精度を増している)


 それは人々がユウトを“避けている”のではなく、

 世界がそういう流れを生成しているだけ だった。


 人々はユウトを見ても普通に挨拶するし、

 怖がる様子もない。


 しかし──

 誰一人として“踏み込んでこない”。


 近すぎず、遠すぎない距離。

 その距離は、極めて自然だった。


 



 


 教室に着くと、タケルが手を振った。


「よー、ユウト。今日も早いな!」


「そうか?」


「うん。なんか空気が軽いっていうか……最近学校の雰囲気いいよな!」


 タケルは元気だが、

 机一つ分だけ“距離”を自然に保っている。


 親密でもない。

 疎遠でもない。


 奇妙なほど、心地いい距離感だった。


(人類は、俺に近づかない方が楽なのだろう)


 ユウトは淡々と理解した。


「今日さ、体育で持久走あるんだけど、お前手加減しろよ?

 全力出したら俺ら死ぬからな!」


「出さない」


「だよなー!」


 タケルは笑ったが、

 そこに“深い関係性”を作ろうとする気配はなかった。


 ただのクラスメイト。

 ただの距離。

 ただの共存。


 それで十分だった。


 



 


 一方、MDI本部では。


「深層適合者への接触禁止命令が正式に通達された」


 司令官の声が会議室に響く。


「……つまり、我々はもう何もしないのか?」


「それが世界の要求だ。

 接触は組織崩壊を引き起こす。

 我々が生き残る道は、“無視する”ことだけだ」


「監視は?」


「遠隔の“世界安定指数”を見るだけだ。

 もはや対象は人間ではなく、

 世界構造の一部だ。」


 全員が理解し、頷いた。


 恐怖でも諦めでもない。

 理性の結論だった。


 



 


 アーク研究塔。


 研究者たちも同じ答えに至っていた。


「深層適合者は……解析不能。

 観測しようとするだけでこちらが壊れる」


「ではどう扱う?」


「扱わない。

 それが答えだ。

 彼を分類しようとすること自体が間違いだった」


「でも、害は……?」


「ない。

 むしろ彼がいる方が世界は安定する。

 だからこそ、我々は退くべきだ」


 科学の最先端にいるはずの研究者たちが、

 初めて“理解できない領域”を認めた瞬間だった。


 



 


 深層会でも同様だった。


「彼と交わろうとするな。

 その行為は、我々の存在を消す」


「しかし……」


「理解しようとするな。

 理解は許されていない。

 彼は信仰の対象でも救済者でもなく──

 ただの“現象”なのだ」


 これまでの神格化路線はすべて否定され、

 深層会は “静観” へと転じた。


 



 


 放課後。

 ユウトは帰宅途中の商店街を歩いていた。


 焼き鳥屋の匂い、駅前の喧騒、子供の笑い声。

 どれも普通の日常。


 だが、人々はやはり自然に距離を保つ。


(これでいい)


 不満も疑問もない。

 ただ理解があった。


「ユウト」


 アヤが静かに言った。


「あなたと人類の距離は、完全に固定されました。

 これはΛが決定した安全距離です」


「揺れることはないか?」


「ありません。

 あなたが人類の思考圏に踏み込むこともないし、

 人類があなたの認識圏に侵入することもありません」


「合理的だ」


「……寂しくは?」


「俺の精神構造では、寂しさは成立しない。

 人類が俺に求めるものもないし、

 俺も人類に求めるものはない」


 アヤは少しだけ表情を和らげた。


「あなたは人類の敵ではなく、味方でもなく……

 “在り方が違うだけ”なのですね」


「その通りだ」


 ユウトは空を見上げた。


 夕焼けの色が、昔より静かで美しく見えた。


(交わらなくても、共存はできる)


 その結論は、悲しくも寂しくもない。

 ただ“最適”なだけだった。

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