第16話 距離の固定──共存するが、決して交わらない
翌朝。
ユウトが通学路に足を踏み出した瞬間、
世界はまた少し整列していた。
交差点の信号機は最適なタイミングで変わり、
歩道を行き交う人々は自然とユウトの進路を外す。
(干渉回避が精度を増している)
それは人々がユウトを“避けている”のではなく、
世界がそういう流れを生成しているだけ だった。
人々はユウトを見ても普通に挨拶するし、
怖がる様子もない。
しかし──
誰一人として“踏み込んでこない”。
近すぎず、遠すぎない距離。
その距離は、極めて自然だった。
◆
教室に着くと、タケルが手を振った。
「よー、ユウト。今日も早いな!」
「そうか?」
「うん。なんか空気が軽いっていうか……最近学校の雰囲気いいよな!」
タケルは元気だが、
机一つ分だけ“距離”を自然に保っている。
親密でもない。
疎遠でもない。
奇妙なほど、心地いい距離感だった。
(人類は、俺に近づかない方が楽なのだろう)
ユウトは淡々と理解した。
「今日さ、体育で持久走あるんだけど、お前手加減しろよ?
全力出したら俺ら死ぬからな!」
「出さない」
「だよなー!」
タケルは笑ったが、
そこに“深い関係性”を作ろうとする気配はなかった。
ただのクラスメイト。
ただの距離。
ただの共存。
それで十分だった。
◆
一方、MDI本部では。
「深層適合者への接触禁止命令が正式に通達された」
司令官の声が会議室に響く。
「……つまり、我々はもう何もしないのか?」
「それが世界の要求だ。
接触は組織崩壊を引き起こす。
我々が生き残る道は、“無視する”ことだけだ」
「監視は?」
「遠隔の“世界安定指数”を見るだけだ。
もはや対象は人間ではなく、
世界構造の一部だ。」
全員が理解し、頷いた。
恐怖でも諦めでもない。
理性の結論だった。
◆
アーク研究塔。
研究者たちも同じ答えに至っていた。
「深層適合者は……解析不能。
観測しようとするだけでこちらが壊れる」
「ではどう扱う?」
「扱わない。
それが答えだ。
彼を分類しようとすること自体が間違いだった」
「でも、害は……?」
「ない。
むしろ彼がいる方が世界は安定する。
だからこそ、我々は退くべきだ」
科学の最先端にいるはずの研究者たちが、
初めて“理解できない領域”を認めた瞬間だった。
◆
深層会でも同様だった。
「彼と交わろうとするな。
その行為は、我々の存在を消す」
「しかし……」
「理解しようとするな。
理解は許されていない。
彼は信仰の対象でも救済者でもなく──
ただの“現象”なのだ」
これまでの神格化路線はすべて否定され、
深層会は “静観” へと転じた。
◆
放課後。
ユウトは帰宅途中の商店街を歩いていた。
焼き鳥屋の匂い、駅前の喧騒、子供の笑い声。
どれも普通の日常。
だが、人々はやはり自然に距離を保つ。
(これでいい)
不満も疑問もない。
ただ理解があった。
「ユウト」
アヤが静かに言った。
「あなたと人類の距離は、完全に固定されました。
これはΛが決定した安全距離です」
「揺れることはないか?」
「ありません。
あなたが人類の思考圏に踏み込むこともないし、
人類があなたの認識圏に侵入することもありません」
「合理的だ」
「……寂しくは?」
「俺の精神構造では、寂しさは成立しない。
人類が俺に求めるものもないし、
俺も人類に求めるものはない」
アヤは少しだけ表情を和らげた。
「あなたは人類の敵ではなく、味方でもなく……
“在り方が違うだけ”なのですね」
「その通りだ」
ユウトは空を見上げた。
夕焼けの色が、昔より静かで美しく見えた。
(交わらなくても、共存はできる)
その結論は、悲しくも寂しくもない。
ただ“最適”なだけだった。
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