悪い魔女に転生した元男は原作主人公をからかいたい
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プロローグ 悪い魔女との契約
ぐー。
そんな気の抜ける音とともに、一人の男が地面に倒れる。
顔はやせ細り、身体はガリガリで、まるで乾燥した小枝のような姿である。
「は、腹が減った……」
乾いた唇で言葉を紡ぐ男は、土を頬張って空腹を収めようとする。
「ん!?ぺっ……オエッ!」
だが、土の味とガリッとした食感がそれを食べ物とは認識しない。
拒否反応で吐き出された胃液には、何一つ食べ物の形は無かった。
「だ、誰かぁ」
なけなしの力で捻り出した助けの声は、静寂とともに路地裏の闇へと消えていく。
立ち上がる力すら失った男は、絶望したように呟いた。
「俺は……死ぬのか」
口に出した瞬間、男は死という恐怖に身体が震え上がる。
死にたくない、死にたくない、死にたくない!
鎌を持った死神に怯える男は、何とか生きたいと身体をもがかせる。
しかし、現実とは非情なモノだ。
冷たい木枯らしが吹き、男の魂を冥界へと攫おうとする。
だんだんと遠くなる意識の中、男は願った。
──神でも悪魔でも何でも良いから助けてくれ!
そう祈ると、何処からか『本当に?』という声が聞こえる。幻聴だろうか。
男は自分の耳を疑う。
それでも、今はその声に縋るしかない。
──あぁ!俺の全部をあげるから、助けて!
地面を濡らしながら男は強く。強く
その瞬間──光が舞った。
「……っ!」
男はあまりの眩しさに目を細め、何が起こったのか確認しようとする。
明滅する視界の中、まず見えたのは金色に輝く長い髪。
風に靡く髪が闇夜を踊り、無地のパレットに希望を彩る。
「悪い魔女の登場なのです!」
小鳥のような澄んだ声が閑散とした路地裏に響き、男はやっと目の前の光を人だと認識した。
「……ぁ」
呆然。
その幻のような光景に目を見開いた男は、言葉にならない声を口から漏らす。
情けない表情を浮かべた姿は、間抜けそのものであっただろう。
──にやり。
「無」から降り立った彼女は、男を見て薄く笑う。
そして、優しく彼に語りかけた。
「あなたが私を呼んだのですね?」
その問いかけに、男は首を縦に振る。
それを見た彼女は満足そうに一つ頷き、懐から書類を一枚取り出した。
「これは契約書なのです。お前が私に服従するという内容の、ね?」
彼女は男の目の前で紙をぴらぴらとはためかせる。
「この紙にサインをすれば助けてあげるのです。その場合、お前は一生私の奴隷ですが。さぁ、どうするのです?」
チェシャ猫のように笑う彼女は、魔女よりも恐ろしい”ナニカ”に見える。
きっと、彼女と契約をすれば禄でもない未来を辿るのだろう。
そう直感的に思った。
それでも、男に拒否するという選択肢は無い。
『死から逃げられれば、未来の自分がどうなろうと構わない』、その覚悟を持っていたからだ。
「……ん」
男は契約書を彼女の手から奪うと、指を噛み切って血印を押す。
そして、それを彼女に突き返し、目で訴えた。
──俺を助けろ。
「……!!」
その迷いのない男の行動に、彼女は目を見開いて驚く。
だが、すぐに楽しそうな笑みを浮かべて呪文を唱えた。
「【
彼女がそう唱えると、男の身体が薄っすらと輝く。
蛍のような淡い光。
それが、男の細かい傷や身体の不調を治し、男を正常な状態へと癒やした。
「どうです?万全な体調に戻ったでしょう?」
鼻を高くして胸を張る彼女に、男は興奮気味に頷いて返す。
いつぶりだろうか。
少なくとも、ここ数年では無かったほど身体が軽い。
まるで濡れた服を脱いだみたいである。
男はその場でジャンプしたり、走ったりしてみて、思い通りに動く身体に感動を覚える。
そんな風に男がはしゃいでいると、彼女は手をパシンと叩いて注目を集めた。
「では、お前の体調も治ったので、お前には私の命令を聞いてもらうのです」
その言葉に、楽しかった感情は消え失せ、戦慄が走る。
俺は一体何をやらされるのであろうか……。
男は冷や汗を流しながら彼女の言葉を待つ。
風で揺れる葉の音がやけに大きく聞こえる中、彼女は遂に口を開く。
「お前には──」
ゴクリ。
「物語の主人公になってもらうのです!」
…………。
「???」
男は頭に「?」を飛ばして混乱した。
主人公?何?どういうこと?
何もかもが意味不明の状態だったが、彼はとりあえず首肯して彼女の願いを了承する。
「それは良かったのです!これで、物語のページが進むのです」
心底安心したように笑う彼女は、小躍りしながら鼻歌を歌う。
「ふ〜ん♪ふ〜ん♪」
彼女がステップを踏む度に黄金の蝶が生まれ、鼻歌に合わせて舞い踊る。
そんな幻想的な光景を見た男は、彼女が魔女だということも忘れて見惚れていた。
「あっ!」
彼女が踊りだして数分が経った頃、彼女はいきなり大声を出して踊る足を止めた。
「そういえば、自己紹介がまだだったのです」
そう呟いた彼女は、男の方を向く。
そして、片足を後ろに引き、膝を曲げてカーテシーをとった。
「私の名前はマルヴィス。悪い魔女なのです。お前の名前は何ですか?」
上目遣いで聞いてくる彼女に、彼は少しドギマギする。
それでも、返事をちゃんと返そうと思った男は一つ咳払いをして、口を開いた。
「──ローラン。ただのローランだ。長い付き合いになるだろうから、これからよろしく頼む」
その名前を聞いた彼女──マルヴィスは満面の笑みを浮かべる。
「えぇ!よろしくなのです!」
こうして、二人の話は幕を明けたのだった。
◆◆◆◆
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