大賢者・宇喜多昌幸は魔王討伐よりギャンブルが大事

@princekyo

第1話「魔王より、パチスロ。大賢者のクズ生活、開幕。」

1.

「おい、宇喜多。お前、また逃げたな!」


怒声が響くのは、黒曜石で築かれた魔王城の謁見の間。声の主は、玉座に座る魔王リリス・ジェシカ。齢四十を目前にして、見た目は二十歳そこそこのエルフ族のような美貌を持つ彼女が、今にも血管を破裂させそうな形相で、一人の男を睨みつけていた。


その男、宇喜多昌幸(うきたまさゆき)は、元・人類最強パーティの頭脳であり、「千の魔法を操る大賢者」と呼ばれた男。そして、今は魔王軍の軍師という名の、魔王のヒモである。


「リ、リリス。落ち着いてくれ。その、逃げたとか、そういう表現はあまりにも詩的じゃないというか、ほら、僕には『勝機を見つけるための戦術的離脱』ってやつで…」


宇喜多は、魔王城の床に顔を押し付けるように土下座していた。ボロボロのローブからは、油とタバコと若干の泥の臭いがする。一瞬前まで、彼は城の地下にある「魔力スロット」の裏口から脱出しようとしていたのだ。


「戦術的離脱? お前が離脱したのは、今日の『軍師会議』だ! そして向かったのは、城の裏手の『魔力玉遊戯場』だろうが!」


リリスが玉座の肘掛けを粉砕する。宇喜多が首を振る。


「違う、リリス! あれは遊戯じゃない。あれは…、そう、あれこそが、人類の経済動向調査だ! 見てみろよ。この異世界にも、いかに多くの『夢追い人』がいるか! 彼らの熱量、欲望、そして負けた時の表情。あれを分析せずに、人類との戦争に勝てるわけがないだろう?」


宇喜多は顔を上げ、必死にリリスを説得しようとする。その目には涙が滲んでいる。それは、リリスへの恐怖からか、それとも魔力スロットで全財産を溶かした悲しみからか、リリスには判断がつかない。


「その『経済動向調査』の結果、お前は軍事予算から横領した金貨2000枚を、たった2時間で溶かし尽くしたんだろう! そして、魔王城の鍵の横にあった『禁断の魔法薬・マキシム』を、『パチンコ玉を光らせるスプレー』と間違えて持ち出そうとした!」


「あ、あれは…、そう!あれは当たりが出た時に、隣のクソ野郎に一服盛って、そいつの当たり玉をかすめ取るための『防衛的戦略』なんだ!」


「お前の戦略はいつも最悪だ!」


リリスは深く溜息をつく。彼女は元々、優しく聡明な少女だった。しかし、宇喜多のこのクズっぷりを目の当たりにして数年、彼女の精神は限界に近付いていた。


2.

宇喜多昌幸が魔王軍の軍師になったのは、3年前。


人類最強パーティに在籍していた宇喜多は、魔王城突入直前で「今週のGⅠ(グラウンド・インフィニティ)レース」に全軍資金を突っ込み、歴史的な大敗を喫した。これによりパーティから強制追放され、異世界中の金融業者から膨大な借金を負うことになった。


その借金(当時のレートで20億ギル)を全額肩代わりしたのが、幼馴染である魔王リリスだった。


リリスは宇喜多の天才性を信じ、戦争を終わらせるために軍師として迎え入れた。しかし、宇喜多は魔王城で最も安全な地位を手に入れた途端、借金の恐怖から解放され、再びギャンブルに没頭するようになった。


「宇喜多。お前の借金は、あの時私が肩代わりした20億ギルだけじゃない。この3年で、お前が城内のカジノで作り、私がまた肩代わりした金額は、優に100億ギルを超えている」


リリスの言葉は重い。


「つまり、人類を征服するよりも、お前の借金を返す方がよっぽど大変だということだ。お前は魔王軍の最大の負債であり、最悪のコストだ!」


宇喜多は床に這いつくばったまま、顔をリリスの方に向けた。


「待ってくれ、リリス。リリス、聞いてくれ。君は間違っている。僕は負債なんかじゃない。僕は、『伸びしろ』だ。見てみろよ、この額! 100億ギル! これだけ負けても、僕はまだ生きている。僕はいつか、この負けを取り戻す。その時、君は『伝説の負債を抱えたクズ』を救った、『真の魔王』として歴史に名を残すんだ!」


「そんな伝説、いらない!」


リリスが叫び、魔王城が揺れる。宇喜多は、リリスの激怒が頂点に達したことを察した。


「分かった、リリス。じゃあ、これでどうだ」


宇喜多はローブの内側から、しわくちゃの羊皮紙を取り出した。


「『ギャンブル依存からの脱却と、二度と軍資金に手を出さないことを誓う誓約書』だ。見てくれ、血判まで押してある!」


リリスは頭痛を覚えながら、その誓約書を受け取った。血判は、どう見ても城内で屠殺された魔獣の血である。


「お前、これまでに何枚の誓約書を書いたか知ってるか?」


「えーと、この間数えたら…147枚だったかな?」


「今日で148枚目だ。これは、私の『誓約書コレクション』に入れておく。分かったな、宇喜多。明日から、真面目に軍師として働くんだ。さもないと、お前を『利息付きでシルバーに売り渡す』」


シルバー。その名を聞いた途端、宇喜多の顔から血の気が引いた。


3.

夜。魔王城の自室。


リリスが用意してくれた豪華な軍師の部屋を、宇喜多は「パチスロ研究室」に変えていた。部屋の隅には、魔力スロットの当たり確率を算出するための複雑な魔導具が散乱している。


「ちくしょう、シルバーめ…」


宇喜多は唸った。シルバーは、宇喜多がかつて最も恐れていた闇金「影の金庫」の元締め。リリスの肩代わりのおかげで、今は直接命を狙われてはいないが、シルバーは宇喜多の「借金利息」をリリス経由で吸い取り続けている。


「俺は、シルバーに借りた金を、自力で返さなきゃならねぇんだ。リリスに払わせてちゃ、俺はただのクズだ。…いや、究極のクズだ!」


宇喜多は立ち上がった。岡野陽一ばりの哀愁を漂わせる彼の目が、カッと見開かれる。


「そのためには、デカい一発を当てるしかない! 100億ギルなんて、どうせ明日にはまた増えている! だが、『魔獣競馬GⅠレース・不死鳥杯』が明後日に迫っている!」


宇喜多は、机の上に広げられた巨大な異世界地図を広げた。地図には、人類側の軍事拠点ではなく、競馬場、カジノ、賭場の位置に、丸印がつけられている。


「この馬…、『シルバーの利息』という名の馬。オッズは最低だが、この悲壮感、このどうしようもないクズ感。俺の人生を投影している! コイツに、軍資金から横領した最後の金貨5枚を突っ込む!」


宇喜多は、その金貨5枚を握りしめた。これは、明日からの食事代である。


その時、窓の外から声が聞こえた。


「宇喜多殿! いますか!」


声の主は、魔王軍の幹部であるオーガの戦士だった。


「どうした、夜中に」


「それが、人類側の勇者パーティが、魔王城の近くまで進軍してきたとの報告が!」


宇喜多は慌てて窓を閉めた。


「ああ、分かった。それは緊急事態だ。だが、今はそれどころじゃない。人類の脅威よりも、俺の生活の脅威の方が優先だ。頼む、その報告は、明日、会議の前に持ってこい。今は『不死鳥杯のオッズ分析』という、最重要の軍師業務で忙しい!」


オーガの戦士は「う、うむ…」と戸惑いながら去っていく。


宇喜多は、再び地図に向き直った。彼は大賢者だ。彼の知恵と魔力は、世界を救うことも、滅ぼすこともできる。


だが、彼は選んだ。世界を救うことよりも、目の前の金を。魔王討伐よりも、ギャンブルの勝利を。


「よし。戦略は決まった。全財産を最弱の馬に突っ込む! そして、勝ったら一発で借金完済だ。負けたら…またリリスに土下座だ!」


宇喜多のクズな夜は、まだ始まったばかりである。


(第1話 完)

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