氷の聖女様の魔術指導は、しっとり甘い。
左リュウ
プロローグ
人には向き不向きというものがある。
これは才能と言い換えてもいい。
不老不死になったり魔術で肉体の時間でも止めない限り、人生は有限だ。
自分に向いていること、才能のあることに時間を費やした方がいい。
――――しかし、自分の才能と、自分のやりたいことが合っているとも限らない。
そういう場合、どうすればいいのか。
答えは枝のように分かたれていて、俺に出来るのはその中の一つ選ぶだけ。
俺は努力することを選んだ。
この枝で花が咲くかは分からないが、それでも俺にはこれが合っているし、自分の意志で選んだからには、枝の先まで行ってみるだけだ。
…………そう。だから。俺が今しているこれも、努力なんだ。
たとえ、同級生の女の子に膝枕してもらっているだけだとしても!
俺は! 今! 魔術を習得している努力をしているんだ……!
「……なあ、レイシア」
「何ですか」
「これで本当に、魔術が会得できるのか……? さっきからレイシアに膝枕されてるだけなんだけど……」
「魔術はイメージが重要です。その魔術に必要なイメージを実際に体験してみると、習得率は上がる。常識です」
「それは分かるよ。授業でも教えられたからな。そうじゃなくて、俺が知りたいのは…………回復魔術のイメージって、本当に膝枕で合ってる?」
「合ってます…………たぶん」
今、たぶんって言いましたか? 言いましたよね?
「……称号だけの飾りとはいえ、これでも聖女の端くれです。少なくともあなたより私の方が、魔術に対する知見はあるかと」
くっ……そう説明されてしまえば、こちらとしても押し切られる他ない。
対する俺は万年赤点の、誰がどう見ても落ちこぼれ。
むしろ疑う方が失礼というものだった。
「……疑ってごめん。俺、頑張るよ」
「別に構いません……ともかく、集中してください」
ぷいっ、とレイシアさんはそっぽを向く。
一部が覆われた視界の端で、長い金色の髪がゆるやかに揺れた。
氷の女神様が手ずからに拵えた人形のように整った顔がどんな表情を浮かべているのだろうか。残念ながら、膝枕されている今の体勢からは確認することは出来ない。
多少、体勢を変えたところで、空の一部を隠す豊かな双丘によって視界を阻まれるだけだろう。
空のとびきり綺麗な場所だけをかき集めたような蒼い瞳は、世界から置き去りにされたこの廃寮のどこかを映していることだけは間違いない。
(そうだ、集中しろ。レイシアは貴重な時間を割いて、こうして放課後に、俺に付きっ切りで魔術を教えてくれているんだ……集中……集中……集中……)
集中して、イメージしろ。
膝枕の感触。肌のぬくもり。柔らかさ。
漂う女の子特有の甘い香り、胸でっか……。
(……くそっ! むしろ集中できない要素ばかりだッ!!)
己の集中力の無さを呪い、同時にレイシアへの申し訳なさもこみあげてくる。
「ごめん、レイシア……せっかく時間を費やしてくれているのに、進歩がなくて……指導が嫌になったらいつでも言ってくれ。いつでも辞めていいから」
「別に。嫌だとは言ってません。思ったこともありません」
なんて優しいんだ。
彼女が持つ『氷の聖女』という称号は相手に冷たい印象を与えるけれど、俺からすればとんでもない。
むしろ冷たさとは真反対。とても暖かくて優しい子だ。
「むしろ、レウスさんのことは……」
がしっ。
彼女の手が、俺の頭を掴む。う、動けない……。
「絶対に絶対に絶対に……誰にも渡しませんから、ね?」
「? レイシアの他に先生はいないけど」
「……こちらの話ですから、お気になさらず」
誰かの手に渡るどころか、むしろレウス・ノクスメディアという人間の才能の無さに逃げ出されないかが心配だ。
(……本当に才能がないからな。レイシアは、むしろよく俺に付き合ってくれてるよ)
膝枕をされながら、俺はぼんやりと、あの時のことを思い返していた。
『氷の聖女』――レイシア・シャルベルトから魔術の指導を受けることになった、あの時のことを。
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