第27話 選択と取り引き








「なんだあの化け物は? なんかの出し物か~?」


 上空にジャノ先輩は口角を上げ冗談めかしつつも、鋭い視線で牛の異形を警戒していた。


「……あれ、たぶん異形です。 それでここは一時的に異界に――」

「おっけ分かった」


 私の言葉を即座に受け入れたジャノ先輩は、討伐アプリを弄って舌打ちすると「みなさん! ここは危険です!」と叫んで、避難誘導をし始めた。


「んで、柳はどうすんだよ」


 私はどうするか――一緒に逃げるか、チギリくんを探す?


「ちょっとあの牛ぶっ飛ばしてきます! 先輩はなんとかチギリくんと連絡とってください!」


 胸に手を当てる。


 ブーケが現れ、そして私の顔を薄いベールが覆い隠した。


「お前何それっ?! うらやまし」


 遠ざかるジャノ先輩に応えることなく、私は放ガン萎え気の要領でブーケをトスする――しかし、


「フム」


 気づけば上空にいた牛は消えていて、私の後ろから肉の焦げた匂いと共に、抑揚のない声が聞えてきた。


「キノツヨイオンナダ」


 ふしゅう、と臭気のある鼻息が私の首を撫でる。


「キニイッタ」

「柳っ! 逃げろ!!!!」


 ジャノ先輩の声に反応しようとしたが、遅かった。


「コノムスメモライウケル」


 太い腕に抱き寄せられ私は牛の異形の肩に乗せられる。

 そして牛の異形は雄たけびを上げ、踏み込み一つで空を飛ぶのであった。









「――え?」


 雄たけびが聞えた瞬間、コトヒメ先輩の波立っていた感情がなだらかになったのを感じた。


 普通なら恐怖を感じても可笑しくない。


 繋がりは感じるから、死んだなんてことはないだろう。


 もしも危機が迫ってるなら呼び出してくれるだろう――


――とひとまず安心しかけたところで、気づく。


「コトヒメ先輩は勲章のことも、溢れ異界のことも知らない」


 危険な場所に呼び出しても大丈夫だと知らなければ、コトヒメ先輩に何かあった時世話を焼いている後輩を呼び出すだろうか。


 答えは否。


 むしろ心配をかけないようにする――


「問題発生」

「……遅かったね、イカイ」


 コトヒメ先輩に危機が迫っている、と半ば確信したところでイカイが現れた。


「で、今どうなってる?」

「まずこの異界は完全にイレギュラーで私の制御下にない。 異界の核となっているボスが二体いる。 そしてそれは別行動を取っていて――


――それぞれあなたの知り合いの子をさらった」

「は……?」


 ボスが二体までは理解できる。


 だが異形が人を傷つけずさらうとはどういう意図なのか。


 それにどうして身内なんだよ、と運の悪さに思わず舌打ちが漏れた。


「一人はこないだの初心者の子。 それでもう一人はアナタと繋がってる人」

「クソッ、やっぱり先輩だった!! 案内してくれ!!」


 助けに行かなければならない。


 どちらを失っても俺は耐えられないくらい、二人と深くかかわり過ぎている。


(セイカは戦えるし、まずは速攻先輩を助けて――)


 頭の中で算段を立てていると、イカイは首を傾げて言った。


「初心者の子は牛に完封されて神社の方に連れていかれた」


「繋がってる子は羊に精神干渉されてる」


「どっちを助ける?」


 思考が音を立てて崩れていく。


 決断しなければ、どちらも死ぬのかどうなるのか分からない。


 しかしどっちと、言うイカイに何も言えなかった。


 茫然と立ち尽くすことしかできない。


 頭の中には走馬灯のようにこれまでの日々が流れていく。


――セイカの笑顔が、涙が、決意して踏み出した瞬間


――コトヒメ先輩との秘密の特訓の日々が、繋がった時の恥ずかしそうに喜んでいた顔。


 二人の笑顔を並べる。

 どちらかを選ばなければならない。


(俺はどうしたら……どっちを助ければ――)


「んんんっっっふんッッ」


 バカげた思考を、迷いを晴らすように、俺は民家の壁に頭を打ち付けた。


「ふんっふんっふんっふ」

「ちょ、ちょちょちょっと!!? 集目さん?! やめて!! そこのあなたも見ていないで止めるの手伝って!!!?」


 テンちゃんに羽交い絞めにされ、俺はようやく正気になった。


 鈍い痛みが俺の思考のもやを晴らしていく。


「どっちも助ける」


 どちらを失ったとしても、俺は今まで通り笑えなくなるだろう。


 初めから選択肢なんて無かったんだ。


「そう。 でもどっちも失うかもしれないよ」


 そう言ったイカイは珍しく意見を言った。


(やっぱり可笑しい……)


 ずっと違和感があった。


 イレギュラーが発生した、イカイが現れるのが遅かった。


 そこまではいい。


 だけど都合よく俺の知り合いだけがピンポイントで危機に陥ってるなんて、俺にとって都合が


「イカイ……あんた、やってるな?」


 例えばイカイがわざと遅れた振りをしたとして、俺の知り合いを聞きに陥らせて、俺に選べない二者択一を迫る理由――素直に考えれば取引のためだろう。


「私は」

「話があるんだろ? 言えよ、手短に」


 怒りを抑えながら俺が睨むと、イカイはばつが悪そうに視線を逸らして言った。


「あなたに力をあげる」


「だからセカイを救ってほしい」


 イカイはそう言って訳を話した。


 結果から言って、俺の考えは半分間違いで半分正しかった。


「遅れたのはセカイが倒れたから」


 セカイの異能は有用すぎるため、彼の細胞の全てが研究対象である。

 それに加えて勲章作成、研究のため日常的に血を抜かれている。


 なのでたびたび体調を崩すらしい。


 それに付き添っていたためイカイは異界のコントロールを損ない、登場も遅れたのだと言う。


「あなたの知り合いが危機にあったのは偶然だし、私が特定の人に危害を加えることはないよ。 契約してもいい、誓って本当の話」


「ただここに来た時、あなたに話を持ち掛けようと思いついたのも本当」


「セカイは人類のために尽くしている」


「人類が私に吞み込まれる瞬間を引き延ばすための装置と化している」


「もう彼の心が死んでいるのは見たくない」


「彼には普通に生きて、そして死んでほしい」


 人と触れ合うことでイカイが生まれた。


 その存在は曖昧だ。

 人間なのか、異形なのか、それとも幻なのか。


 だけど誰かを想って、願う彼女に心はある。


 だから信じたいと思えた。


「疑ってごめん!!」

「いいよ、いつでも正しい人間いない」


 イカイは光のない瞳でそう言った。


 英雄と持ち上げられながら、モルモットのような扱いを受けるセカイの側にいればそんな感想にもなるかと背筋を震わせ、


「で、俺は何をすればいい?」


 セカイを助けるにはそれ相応の、世界を敵に回すレベルの覚悟がいるだろう。


(二人を助けるためなら、俺は命を懸けても構わない)


 命を懸けるなんて陳腐な字面だ。


 それでも俺のこの決意は本物だ、なんせ――




――俺にとって命を懸けるのは日常なのだから。



 

 










※ネタバレ※












※ネタバレ※

ちゃんとハッピーで終わります!

廃人とかもないです!

深読みしなくて大丈夫です!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る