第8話 蛇の目








「どうしたこと。 彼氏でも出来たか?」


 生徒会室、鼻歌交じりに紅茶を飲んで休憩しながら夜の出来事に浸っていると、快活な声で現実に戻される。


「出来ていないよ」


 来訪者は信じていない様子で、面白そうな視線を私に向けた。


「ふむ、それにしてはメスの顔付きになっていたが」

「はあ……風紀委員長とあろう者がそのような言葉遣いをするのは控えるべきでは?」

「それはそうだな! それで? 相手は誰なんだ?」


 風紀委員長、蛇ノじゃのめ桃愛ももあは短いスカートを気にするでもなく、足を組んで太めの脚をさらす。


 風紀委員としては不適切、しかし強さと気っ風の良さで慕われている。


「同級生でお前が釣り合うやつなんていないしなー」


 問題が起きれば尻尾きりは認めず、蛇のようにしつこく食らいつくこの女はひどく諦めが悪い。


「集目くんだよ、最近仲良くなったんだが可愛くてね」


(はあ、めんどくさい奴に勘づかれてしまった)


 ため息交じりに言うと、案の定ジャノは獰猛な笑みを浮かべた。


「日常的に異界へ赴き、殺しを楽しむ要注意人物の一年だよな?」

「……ああ、そうだよ」


 集目くんは一部の生徒そして教師に名の知れた人物だ。


 教師のみ閲覧できる生徒の討伐履歴が、彼は類を見ないほど異常だし。

 柳セイカとの件で私とジャノの知るところとなったが、その際「話したい」と言ったジャノを止めて「様子見」を提言したのは、私だった。


 我慢する形となっていたジャノは「ほう」と獲物を見つけた狼のような瞳で言った。


「で、どこまでヤったんだ?」

「……君、発情期かい?」


 結果私は弱みを握られる形となり、ジャノを集目くんに紹介することで話は終わった。


 迷惑を掛けたくはなかった。

 しかし勝手に接触されるよりは、まだ良いだろうと判断した。


「こんなんじゃ、いつまで経っても返せる気がしないな」


 トラウマを解きほぐされた。


 安心をもらった。


 心の穴を埋めてもらった。


 本物の自分を取り戻せた。


 私にとってあの夜の出来事は大袈裟ではなく、命を救われるに等しい行為であった。


 そんな彼に私は何を返せるのか。


 幸い生徒会長という立場はあるから、何かしらサポート出来ることはあると思っていたのに、いきなりこの失態――


「嫌われるだろうか……」


 まるで乙女のような言葉が自分の口から出たことに驚き、私は息を吐いて思考を追いやった。


 恋だの、愛だの、そんなことより私は彼に恩を返さなければならない。


 泳ぎを教えたところで足りない。


 対等ではない、もっともっと、役に立たねばならない。


――どうすれば君に報いれる?


 もっと、足りない、もっと。


 催促するようにが脳裏で囁き続けた。










 結局、俺はコトヒメ先輩と契約を交わした。


――私の異能を受け入れて欲しい。


――泳げるようにしてください。


 わざわざ契約にする必要はないと思ったけれど、


『これは私の覚悟のためだから』


 そう言って『何を置いても必ず泳げるようにしてみせる』と、決死の表情で言っていた。


 どれだけ俺は水泳の才能がないんだ、と思ったがそれだけ本気で向き合ってもらえるのはありがたい。

 先輩と出会えて良かった。


 そして先輩の水泳教室が開かれて、一週間ほどで俺はプールをようになっていた。

 しかし俺の姿は相当不格好で納得できないため、定期的に練習は行うこととなった。


「最近良いことでもあった?」


 お昼時間、セイカにそんなことを聞かれるくらいには俺は嬉しそうな顔をしているらしい。


「いやー、最近討伐が上手くいっててさ」

「なるほど、詰まってるって言ってたもんね。 良かったね~」


 毎回同じフィールドで小島スタートなんて、悪意があるとしか思えない。

 それに俺は打ち勝ったのだ。


 あれから激しい夜を過ごしている。


 とはいえセイカが生暖かい視線向けてくるので「どんな顔になってる?」と聞くと「赤ちゃんみたい」と言われて、さすがに俺は表情を引き締めるのであった。


「そういえばセイカは部活何に入ったの?」


 部活体験期間も間もなく終わり、そろそろ正規に入部する頃だ。

 討伐の義務があるため、基本的に週二から三程度の活動の部活がほとんどらしい。


 適度な活動はストレスを緩和する、という理由から部活への参加は推奨されているがもちろん強制ではない。  


「ん~迷ってるんだよね。 バレー部に入るか、それともバイト増やすか」

「へぇ……ってセイカ、バイトしてたんだ?!」

「あれ、言ってなかった?」


 セイカはきょとんとして、カバンから『極楽マッサージ』と書かれたチケットを取り出した。


「私、マッサージ店でバイトしてるだよね……頑張ってるチギリくんをサポートしたくてねっ!」


 わざとらしく拳を握りウィンクするセイカに俺は「はいはい、ありがと」と言って笑った。


「……まあいいや、そんなチギリくんは?」

「もちろん俺は討伐部だよ! ちなみに部員は俺一人だ!」

「うんうん、良かったねえ」


 相変わらずセイカは生暖かい視線を向けてくる。


 そしてセイカが頭を撫でようと伸ばしてきた手を「させぬ」と避ける遊びをしていた、その時――


「たのもうッッッ!!!」


 突如、見知らぬ女生徒が教室に気合いと共にやってきた。


 そして彼女に続いて、悩ましげに眉間を揉んでいる最近良く顔を合わせる女生徒会長がこちらに視線を向ける。


「集目チギリくん、ちょっと良いかな?」


 楽しそうにしていたセイカは警戒してなのか二人を睨み付けている。


 なんだか面倒なことになりそうだ、と俺はため息を吐いて頷くのであった。








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風紀委員……生活指導や環境整備を行うが、異能によるトラブルを実力行使で解決することもある。


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