『「ハズレ」と笑われたスライム王子、実は「万能」でした 〜禁断の【従魔合体】で、見下す天才たちを蹂躙します〜』

@imaru0704

プロローグ:透明な祝福、あるいは王家の落日


 この世界には、一つの絶対的な真理がある。

『人は生まれ落ちた瞬間、その魂の器に応じた相棒(バディ)を授かる』と。

 この世界に存在する魔物は二種類。

 武力によって屈服させ、主従の契約を結ぶ「従魔(じゅうま)」。

 そして、人が生まれ落ちた瞬間、その魂の形として授かる「友魔(ゆうま)」。

 従魔は何体でも連れ歩けるが、友魔は生涯にただ一匹。魂で繋がった友魔と合体し、その力を身に纏うことこそが、この世界における「強さ」の証明であった。

 炎を吐く竜、鋼の皮膚を持つ巨人、空を駆ける天馬。

 強力な相棒を持つ者は、そのまま「強者」として約束された未来を歩む。とりわけ、武力を尊ぶ軍事大国アストラにおいては、友魔の強さこそが正義であり、王たる者の資格そのものであった。

 古き予言は告げている。

『千年の封印が解け、大魔王が蘇る時。星の瞳を持つ勇者が産声をあげる』

 大陸全土がその再来に怯える中、アストラの王都はかつてない熱狂と期待に包まれていた。

 歴代最強と謳われる「天空の聖龍王」を従えた国王・レオニダスに、ついに第一子が誕生したのだ。王の血統、そして予言の時期。誰もが信じて疑わなかった。この赤子こそが、世界を救う英雄になるのだと。

 王宮の奥、分娩室。

 産声は力強く、生命力に満ちていた。だが、部屋を支配していたのは歓喜ではなく、凍りつくような沈黙だった。

「……ソフィア。これは、なんだ」

「……とても、透き通っていますね」

 ベッドに横たわる王妃ソフィアの胸元で、国王レオニダスは震える指先で「それ」に触れた。

 赤子の頬にへばりついている、手のひらサイズの、プルプルとした水色の塊。

「種類を聞いている」

「……スライム、に見えますわね」

 スライム。魔力を持たず、知能も低く、踏めば死ぬ最弱の魔物。

「……友魔は、魂から生まれる唯一の相棒。それがスライムだったという事実に、城中が言葉を失った」

 侍医の誰かが漏らした独り言が、重く響く。

 レオニダスは額に手を当て、深いため息をついた。その背には、一国の王としての重圧と、父親としての絶望がのしかかっていた。

「よりによって……泥(マッド)か」

「あなた」

「国民は期待しているのだぞ! 竜王の息子に、最強の勇者が生まれると! それがこれでは……」

「レオニダス!」

 ソフィアの凛とした声が、王の焦燥を遮った。

 彼女は赤子と、その頬で震えるスライムを抱きしめ、夫を真っ直ぐに見上げた。

「この子たちは、生まれたばかりです。誰に笑われようと、私たちだけは祝福してあげなくてどうしますか」

「……」

「見て。このスライム、この子の涙を吸ってあげているわ。……優しい相棒じゃないですか」

 王はハッとして、息子の顔を覗き込んだ。

 確かにスライムは、赤子が泣き出そうとするたびにその身を広げ、あやしているように見える。

 王は無骨な手で、赤子の頭と、ひんやりとしたスライムを同時に撫でた。

「……違いない。すまなかった」

 王は覚悟を決めた。

 落胆も嘲笑も、すべて己が受け止める。彼は息子を抱き上げ、バルコニーへと向かった。

 眼下に詰めかけた数万の民衆が、固唾を飲んで空を見上げる。

 現れるのは神竜か、聖なる獅子か。大気すら震わせるような覇気が、今まさに放たれようとしていた――はずだった。

 王が掲げた腕の中。そこにあったのは、頼りなく震える「水たまり」だけ。

「……あ?」

 広場の最前列にいた男が、間の抜けた声を漏らした。

 その声を皮切りに、熱狂は波が引くように静まり返り、やがて困惑と落胆のさざなみが広がっていく。

「おい、なんだあれ」

「何も見えないぞ? 透明な竜なのか?」

「嘘だろう? 竜王陛下の王子だぞ?」

「スライムだ……陛下のご子息の友魔は、最弱の泥(マッド)だぞ!」

 無遠慮な視線が突き刺さる中、王は動じなかった。父としての威厳と、王としての責務を鉄仮面に変え、彼は力強く叫んだ。

「見よ! 我が息子、アルトである! アストラの未来に祝福あれ!」

 王の声に応じ、ファンファーレが鳴り響く。

 民衆は遅れて歓声を上げたが、その響きには明らかな失望の色が混じっていた。

 英雄は生まれなかった。その残酷な事実だけが、重く王都に降り注いでいた。

 それから、四年が過ぎた。

 王宮の大広間は、煌びやかなシャンデリアの光と、着飾った貴族たちの喧騒に満ちていた。第一王子アルトの、四歳の誕生祝賀会である。

「待て待てー!」

 豪奢な絨毯の上を、小さな影が駆け抜ける。

 輝く金髪に、宝石のような碧眼。アルト王子は、絵画から抜け出した天使のように愛らしかった。ただ一つ、その頭の上でプルプルと揺れる「水色の帽子」を除けば。

「あはは! ペースト、落ちないように気をつけてね!」

『……(フルフル)』

 相棒のスライム――アルトが「ペースト」と名付けたそれ――は、主人の激しい動きに振り落とされまいと、必死に髪の毛にしがみついている。

 無邪気に笑う王子の姿を、グラスを片手にした貴族たちが遠巻きに眺めている。その目は、まるで腫れ物を見るような冷たさだった。

「……見たか。相変わらず頭に乗せているぞ」

「プッ……『泥王子』とはよく言ったものだ。あれで本気で王位を継ぐつもりか?」

「隣国の帝国は軍備を増強しているというのに……スライム王では、我々は枕を高くして眠れんな」

 ひそひそとした声が、広間のあちこちで交わされる。

 隣国との緊張が高まる昨今、王に求められるのは慈愛よりも「武力」だ。スライムしか持たぬ王子に、国を守る力はない。

「廃嫡すべきでは?」

「いっそ、どこかの修道院へ……」

 無責任な囁きが、冷たい毒のように広間に澱んでいく。

 その空気を切り裂いたのは、玉座からの重厚な声だった。

「皆のもの、静粛に」

 レオニダス王が立ち上がっていた。ソフィア王妃が心配そうに見守る中、王の眼光が広間を射抜く。

「アルトよ。四歳の誕生日、おめでとう」

「ちちうえ! ありがとう!」

 無邪気に手を振る息子を見つめ、王は苦渋の決断を口にした。

「これより、王位継承について重大な布告を行う。……第一王子アルトよ。お前がもし、将来の王位を望むのであれば――古の予言にある『大魔王』を討ち果たしてみせよ。さすれば、その力を認め、玉座を譲ろう」

 広間が凍りついた。

 大魔王。それは伝説上の災厄であり、スライム連れの子供に倒せる道理など万に一つもない。

 それは実質的な、**「王位継承権の凍結」**宣言だった。

「おお……」

「なんと賢明なご判断か」

 貴族たちの間に、安堵の空気が広がる。

 これでいいのだ。アルト王子は王にはなれない。だが、王族の一員として、公爵あたりに落ち着くだろう。戦場に出る必要もない。ただニコニコと笑う、愛らしい飾り物として生きていけばいい。

 大人たちの視線が変わる。「国を滅ぼしかねない邪魔者」を見る厳しい目から、「無害な愛すべきマスコット」を見る生温かい目へ。

 ただ一人、王への忠義に厚い騎士団長だけが、悔しげに唇を噛んでいた。

(血統は最強のはず……本当にこれで良いのか? アストラ王家は、戦うことを諦めるのか……?)

「だいまおう? ……倒したら、父様みたいにかっこよくなれる?」

「……そうだ。だが無理だろう。なればお前は、公爵として平和に生きよ」

「ふうん。わかった!」

 あっけらかんと笑う息子を見て、王は眉間のしわを深め、しかし内心で深く安堵していた。

 その時だった。

 アルトが「えへへ」と笑って涙を拭った瞬間、頭の上のスライム――ペーストの体が、淡く揺らいだ。

 ただの反射ではない。王子の微弱な魔力に合わせ、まるで呼吸をするように、規則正しく脈動(パルス)し始めたのだ。

「……ペースト?」

 王妃ソフィアが、小声で呟く。

 誰も気づかなかったが、その震えは本来の「ただのスライム」では起こり得ない現象だった。

 それはまるで、主人の感情をそのまま吸収し、増幅しようとしているかのようだった。

 その夜、アルトの寝室。

「おやすみなさい、アルト」

「あ、母様! 父様も!」

 王と王妃が入ってくると、ベッドの中のアルトが跳ね起きた。

 レオニダスは背中から、大きな青白い卵を取り出した。殻の表面には美しい羽毛の紋様が浮き出ており、微かな風の魔力が漂っている。

「誕生日おめでとう、アルト。父からの贈り物だ」

「わあ! なにこれ、おっきい卵!」

「『グリフォン』の卵だ。やがて孵れば、空を駆け、鋼鉄をも切り裂く強力な魔獣となる」

 王は卵を、アルトの小さな手に持たせた。

「アルトよ。……お前の相棒ペーストは、戦いには向かない」

「……」

「だが、王族たるもの、自分の身は自分で守らねばならん。だから、このグリフォンを育てるのだ。良き『矛』とし、良き『盾』として、お前を守らせよ」

 それは、「スライムではお前を守れない」という、父としての悲しい諦念だった。

 だが、アルトは卵を受け取ると、愛おしそうに頬ずりをした。

「あったかい……」

「うむ。孵化するまで魔力を注げ。主従の契約を結ぶためにな。従魔として、しっかり使いこなすのだぞ」

「ううん、ちがうよ父様」

 アルトは顔を上げ、満面の笑みで父の言葉を遮った。

「従魔なんかじゃないよ。僕と、ペーストと、この子。今日からみんな家族だもん。……ね? お前もそう思うだろ?」

 アルトが卵に話しかけると、不思議なことに、卵がドクンと大きく脈打った。

 ペーストが興味深そうに触れた箇所から、風の紋様が青白く発光する。

「……ん?」

 レオニダスが怪訝そうに眉をひそめた。

「……珍しいな。卵が他種に反応するなんて」

 通常、魔獣の卵は契約者(マスター)の魔力にのみ反応する。スライムのような下等生物が触れて、共鳴するなどあり得ないことだ。

 だが、最強の竜王ですら、それが世界を覆す最強のスライムの片鱗だとは見抜けなかった。

「……そうか。家族、か。……お前は、本当に優しいな」

 王は呆れたように言いながらも、その目尻は下がっていた。

 その甘さは、王としては致命的だ。だが、父親としては、その純粋さを誇らしく思わずにはいられなかった。

 最強の道から外された王子と、謎を秘めた最弱のスライム、そして空の王者の子供。

 奇妙で温かい「三人」の生活は、ここから静かに育まれていった。

 そして、その頃。

 幸せな寝息を立てる王子とは対照的に、遥か彼方の封印の地で。

 かつて世界を滅ぼしかけた“泥の王”を封じる石碑に、小さな、小さな亀裂が走った。

 その隙間から漏れ出したのは、黒く、おぞましく濁った――「泥」。

 星の瞳を持つ勇者と、泥の王。

 二つの運命は、まだ出会わない。


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