第12話 魔法少女とポンコツメイド

 サン=レミリア王国。それがノゾミが今いる場所らしい。

 レミリア王国はグランシア大陸西端部の半島に位置し、大陸はレミリア王国を含め8つの国に分かれている。

 それぞれの国家が覇を競い戦争に明け暮れる、というようなことは無く、各国の関係性は概ね良好だ。

 何故なら、この世界には魔獣と呼ばれる人類共通の敵が存在しているからだ。彼らは世界各地で無尽蔵に湧き出し、中でも強大な力を持った個体を中心として支配領域を形成する。

 彼らは一様に人類に対して敵対的であり、領域外への侵攻を試みるため、人類は彼らとの戦いに日々明け暮れていた。

 レミリア王国も例外ではなく、半島の最西端に支配領域がある。

 そしてそれを統べるのが魔獣王フェルムート。強靭な肉体を持ち、影の魔法を操る狼の王である。

 

「私は姫神の巫女として、この国の人々を守るためにいつも魔獣と戦ってるの」


 アリスティアが言う姫神の巫女とは、この国が信仰する『姫神レミリア』の加護を受けた者のことだ。曰く、グランシア大陸の8カ国はかつて8柱の神が創始したとされ、それぞれの国で今もなお信仰されている。

 姫神レミリアは魔獣に対抗する術として、レミリア王国の民の中で最も魔術の素養がある者に自身の力の一部を分け与えた。加護を受けた初代の『姫神の巫女』は、加護の力を使って民を守り、そして彼女が死ぬとその力は次なる才ある者へと受け継がれた。以来『姫神の加護』は連綿と受け継がれ、そして今代の姫神の力を受け継いだ巫女がアリスティアなのだそうだ。


「姫神の加護はね、未来を見通す力なんだ。例えば……」


 アリスティアはそう言って窓の外の木を指さした。


「今から5秒後、あそこの木の枝にハトが飛んでくるよ」


 ノゾミがそちらに目をやると、ほどなくしてどこかから白いハトが一匹飛んできて、アリスティアが指し示した木の枝にとまった。

 ハトはこちらが見ていることに気付きもせず、優雅にその白い羽の毛繕いを始める。

 木漏れ日を浴びながら羽を休める白い鳥。のどかな昼下がりの一幕でありながら、それを眺めるアリスティアの表情は険しい。


「この力が見通す未来は最長で1年。だから私には視えてるの。今から2か月後、この間の戦の数倍の戦力を従えて、フェルムートはもう一度攻めてくる。私たちも準備はしているけれど、あまり勝算は高くないわ。たとえ勝てたとしても多くの犠牲が出ると思う」


 静まり返る室内。

 後ろのメイドの少女も顔を曇らせている。

 

 アリスティアは窓の外の木から視線を外すとこちらに向き直り、真っ直ぐにノゾミの目を見つめて言った。


「だからお願い、ノゾミ。フェルムートの影と互角に渡り合った君にも力を貸してほしいの」


 アリスティアが深々と頭を下げる。


「ちょ、ちょっと待って! 頭を上げて!」


 ノゾミは慌ててアリスティアを制止した。

 正直なところ、入ってくる情報量が多すぎて、まだ自分の中で整理しきれていない。

 ここはかっこよくOKする流れだろ!と思わなくもないが、そうすんなりと流れに乗れるほど、ノゾミは主人公の素養を持っていなかった。


「すみません……。僕はまだ自分の力がどんなものなのかさえよく分かっていないし、3日前?の戦いも、死にたくなくて無我夢中でやっただけで、本当はあんな化け物と戦えるほど勇敢でも無いんです。だからその……、何というか……、自信がありません」


「そんなことないよ! フェルムートと戦っている時のノゾミは、とても勇敢だった。私、君には勇者の才能があると思うよ! でも……、確かに急にこんなことをお願いするのも良くなかったね。今の君には戦う理由も無いだろうし」


「本当にすみません……」


 申し訳なさにうなだれるノゾミに、アリスティアは元気に笑いかけた。


「大丈夫大丈夫! 元から君のことは未来視でも映ってなかったし、できれば~くらいのつもりだったから!」


 あっけらかんと言うアリスティアにノゾミは少し拍子抜けした。

 結構重要なお願いだったように思うが、未来が見えているという彼女にとっては、本当に“ダメ元で”くらいの質問だったのだろうか。


 ——いや、この言葉はアリスティアの優しさなのかもしれない。

 ノゾミは思い直す。

 本当は助けた恩を盾に無理強いだってできるはずなのに、そうしないのはノゾミに気を遣っているからに他ならない。

 人は、普段表に見せている姿の裏で、色々な思いや傷を隠して生きている。

 ノゾミはそれをついこの間、クラスメイトの少女から学んだばかりだ。


「そうだ! もしよければ普段の魔獣討伐の方を手伝ってくれたりしないかな。フェルムートみたいなのは例外中の例外で、強くてもアサルトウルフくらいだし、私の仲間も一緒だからそこまで怖くないはず。あ、もちろん断わってくれても良いし、その場合でも当面はここに住んでくれていいから。できる範囲で記憶を取り戻す手伝いもする! だけど、本当にもしよかったら、一回試しにどうかな……?」


 アリスティアが両手を後ろ手に組み、体を前に傾けて覗き込むようにノゾミの顔色をうかがってくる。

 あざといポーズだが素直に可愛い。


「……まあ、そう言うことなら、やってみます。どれだけ役に立てるか分からないですけど」


 ノゾミが頷くと、アリスティアはパッと顔をほころばせた。


「やった! ありがとう! 実を言うと魔獣討伐はいつも人手不足だから、ほんっとうに助かるの」


 まあ、ただでお世話になるのも申し訳ないし、かといって他に行く当てもない。渡りに船の提案と言えるだろう。


「それじゃあ早速色々準備しとかないとね。お腹は空いてる? 食事の用意はしてあるから、食事の後でステータスの確認をしましょう! アミラちゃん、私は鑑定石の準備をするから、後のことはよろしくね」


 アリスティアは色々と言い残すと、ノゾミの気が変わらないうちに、とでも言わんばかりにそそくさと部屋から出て行ってしまった。


 残されたノゾミと、アミラと呼ばれた赤毛のメイド少女は顔を見合わせる。

 数秒の沈黙が流れる。


「あっ、あのっ! アミラ・クレール、10歳です! メイド見習いです! よ、よろしくお願いしましゅ!」


 飛び跳ねるような勢いで頭を下げると、ツインテールの両の房がぴょこりと揺れる。

 目覚めた時から特段変わらずガチガチに緊張しているようだ。人見知りなのだろうか。


「えーと……、ノゾミ・トキワ、16歳です。よろしく……」


「ノ、ノゾミ様。今お食事を持ってくる、ので、先に着替えを……、あの、服はそちらに……!」


「分かった、ありがとう」


 ノゾミが頷くと、アミラは踵を返して部屋から出ようとする。

 が、


「あきゃッ!」


 何に躓いたのか転びそうになり、扉の角に頭をぶつけて変な悲鳴を上げた。


「うううう……」


 その場に蹲って頭を押さえるアミラ。


「その、大丈夫……?」


「お、お気になさらずぅぅぅ!!」


 ノゾミが声をかけると、それがまた恥ずかしかったのか、アミラは涙目のままパタパタと走り去ってしまった。


 見習いとはいえあれでやっていけているのだろうか。一人残されたノゾミは、何とも言えない気分になりながら、開いたままの扉をそっと閉じた。

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