第14話 「点群データ」と、現実のコピー&ペースト

【カイの視点】

 秋葉原で買い集めたジャンクパーツを組み込んだ「K&RマークⅡ」のテストフライト。

 レンは、戻ってきたドローンからSDカードを抜き出し、PCに差し込んだ。

 場所は1号機が墜落したあの水門だ。

 ピンはまだ健在。

 まだまだ情報が足りないらしい。


「社長、見てください。これが、日本の『過剰品質』が生み出した成果っす」


 レンがキーを叩くと、モニターに先ほど撮影した水門の映像が表示された。

 だが、それはただの写真や動画ではなかった。


 レンがマウスをドラッグすると、画面の中の水門がグルリと回転したのだ。


「……動画か?」

「違います。『3Dスキャンデータ(点群データ)』っすよ」


 レンが画面を拡大する。

 画像が粗くなるどころか、コンクリートの表面のひび割れ(クラック)の深さ、ボルトの錆の浮き具合までが、立体的に、かつ鮮明に再現されている。


「すげえ……。実物より詳しいじゃないか」


「これがマブチモーターとタミヤのギアの力っす。飛行時の振動(ブレ)がほぼゼロだから、数千枚の写真を完璧な座標で合成(フォトグラメトリ)できるんすよ」


 レンは得意げに解説する。


「通常、この精度の3Dデータを作るには、数百万円する産業用レーザースキャナが必要です。でも、僕たちは総額3,000円のジャンクパーツと、僕の書いた補正プログラムだけでそれを実現した」


 俺は息を呑んだ。

 このデータの価値が、瞬時に理解できたからだ。


「……なるほど。出資者たちが欲しがっているのは、これか」


 ただの写真なら、今の状態しかわからない。

 だが、この3Dデータがあれば――。


「ええ。彼らはこのデータを元に、AIでシミュレーションを回すんです。『あと何年で崩壊するか』『震度いくつの地震で折れるか』。……つまり、未来を予測できる」


 レンは画面上の水門を、マウス操作でスライス(断面表示)してみせた。

 俺は、画面の中に浮かぶ青白い3Dモデルを見つめた。

 それは、崩れゆく日本の、あまりにも美しく、残酷なデスマスクだった。


「コメントは任せて良いっすか、そっちはチンプンカンプンなんで」


「任せろ」


『3Dモデル』が青白く回転している。

 俺は、その横に表示された入力フォームに、現場監督としての所見を打ち込んだ。


『コンクリートの中性化深度』と『鉄筋腐食の進行度』、あと『想定される崩落時期』を追記した。


 俺はキーボードから手を離した。

 文章にするのは苦手だが、現場の悲鳴を翻訳するのは得意だ。


「レン、送信だ」

「了解ッス! ……行け、俺たちの傑作(マスターピース)!」


 レンがエンターキーを叩く。

 画面上のプログレスバーが走り、数ギガバイトの重たいデータが、5G回線に乗って『G-Scan』のサーバーへと吸い込まれていく。


【提出レポート概要:荒川第3水門・構造診断書】


対象ID: 0304-W-Gate


データ形式: 高解像度3D点群データ(.las) / 熱赤外線解析済


使用機材: Custom K&R Mk-II (Junk-Spec)


【診断サマリ】


外観: 健全度B(目視では軽微なひび割れのみ)


実態: 健全度D(危険)


詳細: 3Dスキャンにより、橋脚裏側に幅3mm、深さ15cmに達するクラックを確認。内部鉄筋の露出および腐食汁(エフロレッセンス)の流出あり。


【結論】


現在、強度は設計値の60%以下に低下。


震度5強の地震、または大型台風による増水時、「破断」および「水門機能不全」のリスク極大。


余命予測:14ヶ月以内


 送信完了の文字が出てから、数十秒。

 沈黙が流れる。


 ジャラララランッ!!


 俺のポケットの中の黒いスマホが、聞いたこともない重厚なファンファーレを鳴らした。

 慌てて画面を見る。


 『Assessment Complete(査定完了)』

 『Rating: S (Perfect)』

 『Reward: 1,500.00 USDT』


「せ、1,500ドル……!?」


 レンがPCの画面を覗き込み、絶句した。

 たった数時間の作業と、ジャンクパーツで作ったドローンと、俺たちの知識だけで稼ぎ出した金額。

 俺が現場で一ヶ月、泥水をすすって、さらに借金まで背負わされて働いていた額を、一瞬で超えた。


「……マジかよ。これ、マジの金かよ」

「ああ。……これが『情報の値段』だ」


 俺は震える手でスマホを握りしめた。

 このレポートは、ただの報告書じゃない。

 崩れゆく日本のインフラに対する、冷徹な「死亡診断書」だ。

 俺たちは、国の死期を正確に言い当てることで、対価を得たのだ。


 ピロン♪  続けて、エリナからのメッセージが届いた。


 『From: Boss

 Good job. その調子で日本の「本当の姿」を裸にしてきなさい。……今夜のステーキ代くらいにはなったでしょ?』


 俺は空を見上げた。

 夕焼けが、錆びついた水門を赤く染めている。

 かつては、ただの「老朽化した設備」に見えていたそれが、今は巨大な「金塊」に見えた。



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