エリート女子が全員逃げた国で、元カノに「日本」ごと買収されました
あたしちゃんと俺君執筆委員会
第1話 泥濘に降り立つハイヒールと、7年越しの「所有宣言」
【カイの視点】
午前五時三十分。スマホが震える。
けたたましいアラームではない。
業務管理アプリ『ワーク・マイスター』からの、無機質な通知だ。
『篠田カイ個人事業主様。
本日も生産性の高い一日を。
GPSをオンにしてください。』
俺はため息をつき、ベッドから這い出した。
食卓には、灰色のプロテインバーと水。
食用コオロギと廃棄野菜から作られた、安価な栄養源だ。
今の日本円では、本物の肉や輸入小麦は高嶺の花だ。
「……さて、行くか。今日も『タコ部屋労働』の始まりだ」
俺の身分は「名ばかり個人事業主」。正社員ではない。
労働法の保護は一切受けられず、残業代も有給もない。
そのくせ、現場でミスをすれば「契約不履行による損害賠償債務」を個人で負わされる。
俺は、先月の工期遅れで既に会社に二百万円の債務があり、
それを返すために働いている。
駅へ向かう。
すれ違うのは、男、男、男。
この国は、優秀な女性が海外へ脱出した結果、男と老人の島になった。
若くて綺麗な女性なんて、数ヶ月に一度、インバウンドの外国人観光客の群れの中に紛れているのを見るくらいだ。
電車内のモニターには、気の滅入るようなニュース。
『円相場、一時1ドル485円を突破』
『敬老特別税の税率引き上げが決定』
報酬管理アプリを開いてみれば稼ぎの六割が、税金と社会保険料で消える。
俺たちは、巨大な老人ホームを支えるための「生体バッテリー」だ。
現場事務所(プレハブ小屋)に到着すると、部下のレンがスマホを操作していた。
「あ、班長。おはようございます。今日はヤバいっスよ」
「何がだ。水道管が破裂したか?」
「いや、それどころじゃないっス。うちを買収する『ハゲタカ』が、現場査察に来るって」
「俺たちは社員じゃねえ、関係ないだろ」
「えぇ、じゃあ俺らクビっすか」
首に手刀を当てるジェスチャーのレン。
訂正しても結果は同じなら、カロリーの無駄だ。
とりあえず溜まっている書類を片付けることにする。
午後二時
泥だらけの現場に、装甲車のような漆黒の高級SUVが、五台も乗り付けてきた。
降りてきたのは、屈強なボディーガードたち。
そして、その後に現れたのは、この国にはもう存在しないはずの女だった。
完璧なスーツ。マスク。冷ややかなサングラス。
彼女がサングラスを外した瞬間、俺の時間は止まった。
「……絵里?」
彼女は、泥濘(ぬかるみ)を一切気にせず、ヒールを鳴らして俺の前に立つ。
七年前に俺が手を離した元カノ、高月絵里。
「今はエリナ・ヴァレンタインよ」
「久しぶりね、カイ。……随分と安っぽくなったじゃない」
彼女の視線が、俺の汚れた作業着の胸元を射抜いた。
「聞いたわよ。貴方、会社に対して多額の『損害賠償債務』があるんですって?
その債権も、私が買い取ったわ」
心臓が凍る。
俺の借金は、彼女の「資産」になった。
「つまり貴方は今日から、私の所有物よ」
彼女は俺の作業着の襟を掴み、引き寄せた。
「この国ごと買い叩いてあげるから、精一杯働きなさい? ……私のために」
俺は抵抗する間もなく、高級SUVの後部座席へと放り込まれた。
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