第20話
昼を少し過ぎたころ、街に繰り出す多くの学生がいた。その多くはテストが終わったことに安堵し、気分転換に遊びに来ている者たちだ。
軽装に着替え、思い思いに街を歩いている人ごみの中、ローブを着ている少女がいた。
青く長い髪を前に流しており、大きなかばんを肩にかけて店に向かっている。彼女を気にする人はおらず、皆は平穏を楽しんでいる。
彼女は、変装をしたウグだった。
「……こっちか」
人ごみに酔いながら、道を進んでいく。少し治安の悪そうな路地に入るが、そこにいる人々はウグのことを少し見て視線を戻す。
そうした視線をくぐり抜けて、ある店につく。
ぐっとドアノブをひねり開けると、見慣れた顔の男が現れた。
「いらっしゃいませ――おや、フォルさん。久しぶりですかね?」
「――ベニカケさん。顔を出せずすみません」
眼鏡をかけた、吊り目の人相が悪そうな男は名前をベニカケという。青がかった灰色の髪を揺らしながら、怪しそうな笑顔で近づいてくる。怪しさの詰まった男だが、悪い人ではない。
なお、フォルというのはウグの偽名だ。魔女だとわかると大概の店はまともに取り合ってくれなかったため、仕方なく姿を変え、偽名を使っている。
「それで、何を入用で?」
ウグは店を見渡す。光があまり入ってこないため薄暗く、ごちゃついた店内が見えづらくなっている。
簡単に見まわし、欲しいものが外に置いてないのを確認し、ベニカケを見る。
「魔道具を――指輪型のものを作りたくて」
「ああ、はい。いつものですね。ちょっと待っていて下さい」
そう言って店の奥に戻る。その場で少し待てば、いくつかの箱を持ってやってくる。
カウンターの上に置かれた箱を開け、一つ一つ見ていく。ベニカケの、手袋のはめられた手によって並べられた、複数の指輪の素体と色とりどりな宝石を真剣に見る。
「素体はどれでいきます?」
「できるだけ、大きく頑丈な物に」
「ではこれで。宝石は?」
「……質のいいものなら、なんでも」
「では、これでいかがでしょう」
選ばれたアクアマリンを見つめ、静かにうなずく。それら二つをまとめて、残りのものを丁寧に箱に戻す。
慣れた手つきで商品を包装していくのを眺めながら、ウグはカバンから財布を取り出す。
「こちら、商品です。お代は……」
「どうぞ」
「ああ。ありがとうございます」
商品の値段より、やや上乗せして渡す。渡された金をしっかりと握り、笑顔を見せる。
「あなたには毎度、感謝してますよ」
「お互い様です」
商品をカバンに入れ、肩にかけなおす。
目的は果たしたため、早めに帰って制作に取り掛からなければならない。ベニカケに軽く頭を下げて、店を出る。
「またのお越しをお待ちしてます」
ウグは、また町の中を進んでいった。
今度は人ごみを避けるため、裏路地を歩いていく。その間、アルストから言われたことを思い出していた。
『魔道具?それも、魅了に対する?』
『はい……』
やつれた顔で、アルストはそう語った。
話を詳しく聞くと、どうやら自身の気持ちに異常が起き続けているのに気付いたという。その現象を探っていき、最終的に魅了の魔術をかけられているという結論に至ったとのこと。
しばらくは特効薬を作り耐えていたが、それも永遠に続くものではなく、作る時間もあまりとれないため、限界が来たのだ。そして、ウグに依頼を持ち掛けたとのこと。
『たしか、魔道具を作ってましたよね?』
『先生に言ったことはないが、そうですね』
『それを見込んでのことです。私を助けると思って、どうでしょう。金に糸目はつけませんので』
ウグにとっては断る理由もないが、魅了をかけた相手は誰なのか。ウグだけでなくトランスとフェンネルも気になったようで、恐る恐る聞いた。
『あの、その、魅了をかけてきた相手って……?』
『……個人の、プライバシーの問題で、話せませんね………』
『何でですか?特徴を少しでいいですから!気になります!!』
フェンネルの勢いに押され、アルストは頬をかいた。
『少しだけ言えば……ウグさんたちと同じクラスの……』
『……大体わかりました。超特急ですね』
『緒特急、いや、焦らなくてもいいですからね』
『わかってます』
そうして去っていったアルストは、哀愁漂う後姿をしていた。
そんな数日前の記憶を思い出していたウグは、少しの違和感に足を止める。
(何かの鳴き声?)
上を向き、快晴を見ると、途端、カンカンと警告の鐘が鳴り、足を向ける。
確実に、何かしらの事件が発生している。遠くから、兵士の怒鳴り声が聞こえた。
「――直ちに避難してください!!ワイバーンの群れです!!!!」
心の中で罵声を吐き、人目のつかないところまで走り抜ける。
城壁の近くについたら変装を解き、空に飛びあがる。城壁の上に乗り空の向こうを見ると、複数のワイバーンが見えた。
(本当に、最近はついていない。ルドの言っていたことが関係してるのか?)
ここからは、魔女として動かなければならない。憂鬱な気分だった。
ウグはため息をつき、ローブを脱いだ。
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