The Yesterday Collector 〜死への旅時
キャンパス委員会
第0話 死神の朝は静かに始まる
■1 死神局・記録部
朝の九時。
死神局・記録部は、今日も驚くほど“普通のオフィス”だった。
パソコンの起動音、コピー機の低い唸り、そして薄いインスタントコーヒーの匂い。
原田は席に着くと、無言でキーボードを叩き始める。
今日も特に変わりはない――少なくとも本人はそう思っていた。
その静けさを破ったのは、
「おはようございます、原田さん!」
総務部の 田中 が明るい声で挨拶してきた。
淡色カーディガンにショートヘア。
見た目は若いが、死神局に長く勤めるベテランの死神だ(もちろん歳は取らない)。
「昨日のレポート、完璧でしたよ。さすがです」
「……仕事ですから」
「ふふっ。そういうところ、好きですよ」
田中は軽く微笑むと総務フロアへ戻っていった。
原田はわずかに視線を落とす。
(……褒められても、意味はない)
そう思う自分にも、ほとんど感情はなかった。
⸻
■2 “いつもの朝礼”
少しすると、記録部の 佐藤部長 がフロアに現れた。
「おーい、朝礼始めるぞー。みんな集まってくれー」
どこにでもいる、ちょっと丸みのある体型の中年男性。
だが威圧感はなく、親しみやすい雰囲気の“部長”だ。
その横には、几帳面な 鈴木主任 が立っている。
「部長、昨日締め切りの資料……まだ提出されていません」
「んん? 誰だ、出してないのは……!」
部員たちの視線が一斉に原田に向いた。
「……提出済みです」
「だよな! 原田が遅れるわけないよな!」
部長が頭をかき、主任がため息をつく。
そんな、いつも通りの平和な朝だった。
⸻
■3 斉藤の来訪
朝礼が終わると、隣部署の 斉藤 がこちらへ歩いてきた。
「原田くん、例の“案件”の前準備……お願いできるかな?」
「担当します」
「助かるよ。今回は――少し複雑なんだ」
原田がわずかに眉を動かす。
「……自殺の兆候でしょうか」
「そう。かなり強い。それに――君の“古い友人”も動いている」
この会社に友人などいない。
原田の事を友人と思う人物に心当たりがあった
つまり――あいつの事
斉藤は小さく笑う。
「沼尾 が来るよ。今回の案件、共同担当だって」
原田の胸に、かすかな揺れが走った。
⸻
■4 沼尾、乱入
バンッと勢いよくドアが開く。
「おっす原田ちゃ〜〜ん!! 久しぶりィィ!!」
朝のオフィスに不似合いな大声。
茶髪に満面の笑み、スーツなのに“陽キャ全開”。
フロアの空気が一気に文化祭前日のノリになる。
「いや〜原田ちゃん元気? 相変わらず顔色変わんねぇな〜!」
「沼尾……部署が違うだろう」
「そだけどさ〜、“特例チーム”って呼ばれちゃって!」
佐藤部長が苦笑しながら注意する。
「沼尾くん、もう少し静かにしろ。ここは記録部だぞ。原田も困っているだろう」
「え〜? 困らせてねぇっすよ。俺ら旧知の仲じゃないすか!」
原田は淡々と返す。
「……仕事だ。私情は不要だ」
「うっわ出たよその感じ。いや好きだけどね?」
鈴木主任が小声で漏らす。
「……帰ってこなければいいのに、この人」
⸻
■5 案件の内容
斉藤がホワイトボードを示した。
「今回の対象者は――
二十四歳女性:アスカ
昨日、自殺行動の一歩手前。
本日中に事態が悪化する可能性が高い」
沼尾の表情が、珍しく真剣になる。
「……若ぇな」
「原田は“自然寿命の記録係”。
沼尾は“寿命調整の介入係”。
今回は合同案件だ。二人に任せる」
原田は短く頷いた。
沼尾は一拍置き、いつもの調子を抑えながら言う。
「……原田ちゃん。今回の仕事、マジで大事だ。今日はふざけねぇよ」
その言葉の重さは、冗談好きの沼尾を知る者なら誰でも理解できるものだった。
「行くか」
「行こうぜ」
⸻
■6 出発前、田中が声をかける
出発準備をしていると、田中が近づいてきた。
「原田さん……どうか気をつけて」
「……仕事です」
「それでも、です」
田中は柔らかく微笑む。
「あなたは、人よりずっと“優しい死神”なんですから」
原田は、ほんのわずか瞬きをした。
沼尾がニヤニヤと肘で小突く。
「ほら〜田中さん絶対原田のこと好きっしょ」
「沼尾。静かにしろ」
「へいへい〜」
沼尾は車のキーをくるくる回しながら言う。
「じゃ、行きますか原田ちゃん。久々の“二人旅”だぜ?」
原田は小さく息をついた。
「……仕事だ」
「わかってるって。そういうとこも好きだけどな〜」
⸻
✦ 〈第0話:完〉
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