佐藤シナ、大海を知る

 シナがイフリートを下してから、一週間後の学園長室。


佐藤さとうシナ……彼の成長速度には目を見張る物がありますね。まさか、初見でイフリートを打倒するとは』

「しかし、少々天狗になり欠けている節が見られますね。いえ、本人にその気はないのでしょうが、負け知らずというのは……危うい傾向にあるかと」

『確かに。彼には申し訳ないですが、一度敗北を味わって頂きましょうか。そういう訳で、頼みましたよ。カミカ・エウアウゲリュオン』

「お任せください、理事長。ご心配なく、学園長。このカミカが、敗北の味を教えましょう」


 ポン酢に付けた肉や野菜をパクパク食べるシナ。

 食べさせるルシフェルも楽しそうだ。

 そんな二人の目の前で、毎日こんな弁当でいいのかと染野そめのは頭を抱えていた。


 味覚障害のシナのために、塩やコショウ、醤油を控えめにして、ゴマや味噌をメインに味付けしてみたのだけれど、元々料理なんてほとんどした事のない染野は毎日四苦八苦しており、ゴマも味噌もポン酢ほどの反応はない。


 とりあえず食前にレモン水でうがいさせて、金属の食器は使わないようにさせて、パイナップルやキウイを食べさせて舌の汚れ――舌苔ぜったいを除去させた。


 出来る事はやっているけれど、ポン酢に変わる物は見つからない。

 このままではシナの体にまた新たな異常が見つかるかもしれないと思ったら、頭を抱えて悩まざるを得なかった。


「どうしたの、染野。あまり頭を抱えていると、禿げるわよ」

「禿げねぇよ。いや、まだわからねぇけど……少なくとも俺は禿げねぇと信じたい」

「要は願望ね。ならストレスを溜め込まない方がいいわ。でないと、確実に禿げるわよ」

「8……?」

「シナは良いのよ? シナが禿げる事なんて、未来永劫ないんだから」

「それはおまえの願望だろ。その通りになるとは限らないぞ」

「シナは大丈夫よ。ねぇ、シナ?」

「う?」


 そもそも、シナは男の頭が将来禿げる事など知っているのだろうか。

 知らないなら知らないで、何だか酷な気がする。


 いや、寧ろ知っているのか?

 少なからず、髪を引っ張られると痛い、というのは理解してそうだ。

 男相手限定だが、肩に乗って髪を引っ張る戦術が度々見られるのは、両親の影響なのかもしれない。


 いや、そうじゃなくて。


 今はシナの食生活の話だ。

 何かもっといい食べ物はないだろうか――


「香辛料が良いって聞きますよ。カレーとかどうです?」

「カレーか……って、カミカ!」

「どうも。シナ君のお世話、ご苦労様です。片桐かたぎり先生」

「お、おぉ……今日は天使も御同行か。久し振りだな、ラスティエル」


 ラスティエルと呼ばれた天使は返事を返さない。

 ただ、返事の代わりに兜の奥の双眸が光った。


 全身鋼鉄の鎧と兜に身を包んだ機械天使。

 熾天使ミカエルの代行者として作られた人工熾天使。たった一体の成功例。


 機械熾天使ラスティエル。

 カミカ・エウアウゲリュオンの天使にして、カミカを特別な存在にまでのし上げたホワイト・ノア最強の天使だ。

 尤もルシフェルがいる今、どちらが真の最強かは議論の余地があるが。


 実際、ルシフェルも彼に搭載されている機能を感知したのだろう。

 突如現れたラスティエルへと、高圧的な眼光を向ける。


「今日はどうした。DHG本部の修復はいいのか?」

「私に出来る事は終わりました。今日はちょっと、シナ君に用がありまして」

「佐藤に?」

「シナに、何の用があるっていうのかしら」


 カミカはルシフェルの側を通り過ぎ、シナの目の前にしゃがみ込む。

 首を傾げるシナのつぶらな瞳はカミカの顔をジッと見つめ、手は手すりを強く掴んでやがて前のめりに体を倒し始めた。


「シナ君。私と手合わせしてくれないかな」

「10、1、0、7……ん?」

「私と、戦う。わかる?」


 自分を指差した手で、小さなシャドーをやって見せる。

 が、いつもと違ってシナはすぐに頷かなかった。寧ろ少し考える様子を見せたシナは首を縦ではなく、横に振った。


「困ったな。理事長から、君の力を見て欲しいって頼まれてるんだけど……」

「ヤ!」

「そう力強く断られると、余計困るな。ねぇ、シナ君――」


 不意打ちの手刀。

 首筋を狙った一撃を、シナはノールックで受け止める。いや、ノールックと言うのは正しくないのかもしれない。側方からシナを狙う手刀こそ見ていなかったが、シナの双眸はカミカの事を凝視していたのだから。


「カミカ! おまえ何をする!」

「理事長からの命令でして……シナ君の力を己が身で測り、報告しろ、と」

「か、み、か?」

「カミカだよ。偽物じゃない。これは上からの命令。だからごめんね。断れないんだ」

「5、0……5、0、ヤ。5、0、ヤ!」

「そうだね。私も、命令が嫌いだよ」


 手刀を掴んでいない方の手で手すりを叩き、車椅子を爆破。

 爆風に乗って舞い上がったシナは天井を転げて距離を取り、カミカの前に立って四つん這いになり、獣が如く唸り始めた。


「5、2、2、7、6、2……ヤ!」

「まだ私を偽物だと思ってくれるんだ。嬉しいな。けど……ごめんね。私は本物のカミカだよ」

「2、7、6、2!」


 触れた地面から一瞬で広範囲を凍らせ、カミカの動きを奪う。

 背後に作った粘土人間クレイマンを変形させて足場を作ると、シナは足場を蹴り、地面を爆破した勢いで直進。

 空を裂いて突進したシナの頭突きが、カミカの腹に入って突き飛ばす。


 が、カミカは空中で翻ってダメージを最小限に抑え、凍っていない場所まで自ら飛んで行って着地。更に氷が広がって足場が凍るが、焦りはない。

 寧ろこの一ヵ月近い期間でのシナの爆発的成長を見て、カミカは高揚していた。


 アイススケートの選手さながらに、素足で表情を滑るシナは爆発の威力で加速。徐々にシナの速度はスピードスケーターさえ超え、先とは比べ物にならない速度でカミカへと突っ込んで行った。


 今度は回避しようとするカミカだったが、複数の粘土人間クレイマンによって拘束されて動けない。

 捉えたカミカへと時速三〇〇キロ超の速度で迫るシナは氷上を跳び、超高速ライダーキックでカミカの腹部を狙って突っ込んだ。


 さすがにこれは勝負あったか。

 染野がカミカの敗北を脳裏に過ぎらせた時、不意にカミカが呟いた。


「ボン」


 周囲一帯が爆発。

 突っ込んだシナが逆方向に吹き飛ばされ、氷上を滑って凍っていない地面を転げ、頭から壁に激突する。


「カミカの奴、手加減する気ゼロか」

「爆破能力……じゃ、なさそうね」


 利用された。

 シナが用意した氷のフィールドで冷え切った冷気に対し、高温の熱を与える事で空気を膨張させて爆発させた。

 だがその渦中にいたはずのカミカは、完全崩壊する粘土人間クレイマンらと打って変わって無傷。単なる爆発能力では、こうはならない。


「シナ君には、特別に教えてあげる。私の能力は熱。自身の体温を操る能力。自分の体から炎を発し、同時に体から氷を発する。“クール・オア・ヒート”。誰かがそう呼んだ能力が、私の力だよ、シナ君」


 頭から突っ込んだのに、シナは無傷で起き上がる。

 何が起きたのかわからない様子で頭を振ると、シナは悔しそうに歯噛みした。

 掴み取った石礫を、爆破して握り潰す。


「か、み、かぁぁぁ!!!」

「そう、私は本物のカミカだよ。だから全力で来な、シナ君」


 周囲を凍らせるのは駄目だと直感で察したらしいシナは、今度は爆発だけで迫る。

 カミカの周囲を粘土人間クレイマンの壁で覆うと、シナは足裏からも爆風を発し、粘土の壁を利用して加速しながらカミカを翻弄し始めた。


「凄いな。そんな事も出来るようになったの? 本能的に、能力の詳細を把握出来るのかな」


 カミカの背後を取ったシナは、今度こそ決めてやるとばかりに跳び蹴りで迫る。

 だがカミカは見切っており、振り返る事もせず自身の体温から発した氷で硬い氷壁を張って防御した。シナの脚に、氷が刺さる。


 だがシナは諦めない。

 十指を氷壁に突き立てて爆破。氷壁を破ったシナの血塗れの回し蹴りが、カミカを蹴り飛ばす。


 灼熱と呼べるまで体温を急速に上げたカミカを蹴ったシナの脚は焦げていたが、そんな事は意にも介さない。蹴り飛ばされた先で起き上がるカミカへと、肉食獣が如く唸る。


 起き上がったカミカは自分の頬を撫で、口内の違和感を感じて吐き出すと、口内を切って血が混じった唾だった。


「久し振りだな……まともに攻撃を受けたのは」

「かぁみかぁぁぁ!」

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