少しずつ

 ホワイト・ノアの卒業後の進路は、主に二つ。

 異世界にて自由に生きるか、現実世界にてDHGの一員として働くか。


 異世界での生活は自由だが、モンスターやら盗賊やら敵が多い。

 現実世界での生活は安定があるものの、現実世界のしがらみがある。


 異世界での自由を取るか。現実世界での安定を取るか。

 どちらを選ぶのかを決めるための三年間。


 ホワイト・ノアの名の由来は、白紙の地図。異世界、現実世界、どちらでもいい。自分にとっての地図を描く場所。


 しかし佐藤さとうシナに限っては、どんな地図であろうと過酷な道である事は決まっている。

 異世界に行けば天使達の監視の目があって自由など無い。

 現実世界にいても悪魔達に狙われて安定も無い。


 しかしそれらはどちらにしても、佐藤シナが人間としての常識を身に着けた上での話。

 戦いにおいては超人的な能力を垣間見せるシナだが、一般常識含めた全てが幼稚園児と同等以下のシナには、とにかく最低限の教育が必要だった。


 だが、当世に今のシナを教育出来る逸材などいるだろうか。

 ヘレン・ケラーを育て上げた奇跡の育成者、アン・サリバン位の逸材が必要だと思うのだが。


「カミカ、す、き」

「か、み、か、す、き」

「そうそう、上手上手」

「何してるんだ、エウアウゲリュオン」

「シナくんに言葉教えてるの」

「教えるワードがおかしくないか」

「そんな事ないよ。ねぇ、シナくん」

「ねー」


 DHG襲撃事件当日の夜。

 染野宅。何だかんだあって、カミカも来た。


 両親の事もあるから、てっきり人見知りの激しい性格をしているかと思ったら、案外人懐っこい。ルシフェルの事もそうだが、カミカの事も染野そめのの事もすんなり受け入れた。


 単に女性に対してはまだ抵抗が小さいだけかと思っていたのだが、そうでもないと知って染野は安堵した。

 自分の家でこれから過ごして貰うのに、居心地が悪いなんて言われたら困る。


「とりあえず無難に鍋にしたんだが……佐藤。おまえ、気になるのあるか?」

「う?」


 机の上で煮立ってる鍋を見つめるシナ。

 だが、どれも初めて見る物ばかり。

 初めて見るのは物だけでなく、ずっと暗い場所で過ごし、塵や埃、煙草の吸殻など、到底食べ物としては認められていない物を食べて来たシナには、目の前のそれが食べ物と言われてもわからなかった。


「ほらシナ、お肉食べてみなさいな」

「あああ、む」


 噛む。噛んでいるだけで、感動はない。

 寧ろ、何だこれはという顔で首を傾げている。


(まぁ、味覚障害だからな……味のしない肉って、ゴムみたいで気持ち悪いって聞くし……いや、そもそもゴムさえわからないのか)


 飲み込んではくれたが、もっとくれ、とはならない。

 美味しい、とは程遠い。

 染野もカミカも、こればかりはどうしようも出来なくて困った。


「ほらシナ、どんどんお肉食べなさい」

「ん」

「って、おいルシフェル。少しは冷ましてから食わせろ。佐藤が舌を火傷するだろ」

「あ……ごめんなさい! シナ、大丈夫?!」

「ん? んん」


(熱さも感じていないのか? 嘘だろ……そういやこいつ、昨日の放課後も相手の氷の上に平気で座ってた……こいつ、熱も感じられないのか? いや、熱いとか寒いとかがわからないのか)


 思っていたより深刻だ。

 部屋着に着替えさせる時でさえ、骨と皮だけの体に驚かされていたのに、そんな事よりもっと状況は深刻だった。


 味も熱も感じられない。

 そんな人間と会った事がない。

 いやそもそも、シナは逆に何を感じて生きているんだ。


「そうだ……!」


 ない頭を捻って、冷蔵庫へ。

 滅多に使わない調味料スペースを探し、見つけた。


「ルシフェル。佐藤の食べ物にはこれを付けてみてくれ」

「……何これ」

「いいから!」

「……シナ? 食べて?」

「ん」


 また、肉を口に入れる。

 するとどうだ。シナは驚いた様子で目を丸くしたかと思えば、机を叩きながら染野の手の中にあるそれを指差して。


「すき! すき!」


 と、覚えたばかりの言葉を連呼した。


「先生、それってポン酢ですか?」

「今日、医者が言ってたのを思い出したんだ。しょうゆとか塩よりも、レモンとかお酢みたいなさっぱりした味なら食べやすいって。まぁ、今日の騒動ですっかり忘れてたんだが……」

「すき!」

「そっか……そいつぁ、よかった」


 少しずつ、少しずつ取り除いていく。

 三年しかないけれど、三年という時間で見つけていく。

 異世界で自由に生きられる方法も。現実世界で安心して生きられる方法も。

 少しずつ。


「だが、早く他に食えるもの見つけないと……毎日ポン酢生活はさすがに困るな」

「それまで頑張って下さいね、せんせ」

「……応援ありがと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る