第三十三話『束の間の休息』

 「(――――ショウエイ。私は………)」


 暗闇の中で、声が聞こえる。

 昨日、どうしても聞きたかった声が。


 

 「――――はっっ!! ……………夢か。……………そうだ、俺、帰ってすぐ寝ちゃったんだ」


 任務の疲れから、帰るなりすぐに眠ってしまった翔英。

 見ていた夢に起こされる形で目が覚めたようだ。


 「…………ガロトさん…………」


 夢の中では、ガロトと会っていた。

 どういう夢だったかはよく思い出せないが、彼が何か言いかけていたことが頭に残っていた。


 昨日のことが頭の中で膨らむ。

 なにかをしていれば、なにかをしなければ、未来は変わっていたのではないかと考えてしまう。

 

 起床後、彼は自らの身体や服に目をやると、シャワーを浴びに行った。

 野生の山で、動き続けていたのだ。

 全身が汚れているのも仕方ないだろう。

 そんな状態で部屋に横たわっていたのは少々嫌だが。


 「…………すごいな。やっぱ」


 熱いシャワーは浴びながら、翔英は思った。

 

 昨日の魔物との戦闘の中で、翔英は激しいダメージを負っていた。

 だが、己の体には目立つような傷跡は残っていない。

 シャワーを浴びても、傷口に染みるようなこともない。

 

 そう。その要因は、ミネカ・ベルギアの治療魔法だ。

 翔英が改めて痛感したのは、このことだった。


 「…………俺も、もっと………」


 シャワーを終え、着替えて部屋に戻り座ると、一旦、今日のことについて考え始める翔英。

 

 今日はどうしようか。

 

 昨晩の別れ際、マーノには「絶対安静」と言われていた。

 まあ、運動する気は起きないが。


 「………休みの日って何してたっけ……?」


 翔英は考える。

 そうだ、家にいてもすることがないので、散歩していた。


 ここにいると昨日のことを考えてしまう。

 翔英は外出を決めると、支度に掛かり始めた。


 

 コンコン。

 翔英が準備をしていると、誰かが扉をノックする音が聞こえた。


 「(ん……? 誰だろう……? クーレさんかな……)」

 と、扉を開ける翔英。

 

 その先には、見知った顔があった。


 「こんにちは、ショウエイさん」


 「え!? ミネカ!! どうしたの!!?」


 思わぬ人物の登場に驚き、心が揺れる。

 

 ミネカは、お嬢様のような煌びやかな服装で、手提げかばんを持っている。

 翔英の疑問を聞いたミネカは、不思議そうな表情で言葉を返した。

 

 「……『どうしたの』って。ほら、約束したではありませんか。……まさか、忘れていらっしゃったのですか……!?」


 「え……? 約束って…………あっ!!」


 彼は思い出した。

 任務の前日、彼女とした約束を。

 当然、完全に忘れていたわけではない。

 むしろ、めちゃくちゃ楽しみにしていた。

 

 だが、昨日の出来事が強すぎて、今は心のどこかに置いていたのだ。


 「や……!! やっぱり、忘れていたのですか!?」


 「い、いや、もちろん覚えてたよ!!! 忘れるわけないだろ!!? ……ただ、あれだよ……!! まさか、今日来るとは思わなくてさ!!! ほら、昨日もいろいろお互い大変だったしさ!!!」


 本心である。

 っていうか、「何で今日なんだ」という気持ちが強い。

 まあ、ミネカから訪ねてくれたのはめちゃめちゃ嬉しいけど。


 「………………いろいろあったからこそ、今日がいいかと思いまして……」


 「………そっか。……分かった。ちょっと中で座って待っててくれ!! 俺も今、出かけようとしててさ。もう少しで、支度終わるから!!」


 「はい。分かりましたわ」


 翔英はミネカを部屋に上げると、再び支度に取り掛かり始める。

 といっても、あとは荷物の整理くらいのものだが。

 ミネカは居間の椅子に座ると、部屋を見渡し、ある場所を指差しながら話し始めた。   


 「……懐かしいですわ、この部屋。……ほら、あそこを見てくださいな。……お恥ずかしいですが、私が魔法に失敗した時の跡が残っています」


 翔英は今まで気づかなかったが、確かに壁が変色しているところがあった。

 白い壁に少し焼けたような跡がついている。


 「……あれ? え、この部屋だったの!?」


 知らなかった。

 ミネカにもクーレにも今までそんな話されなかったから。

 

 その事実を認識すると少し、いや大分意識してしまう。


 「はい。……家族と村を無くして、途方に暮れていた私に、ヒナノさんがこのスエリア荘を紹介してくださったのです。……もう、四年以上前になりますが……」


 「…………そっか。…………えっと……そうだ! さっきの壁の話、聞かせてよ!! もう結構立つけど、全然気づかなかった、俺!!」


 せっかくミネカと二人なのに、暗い話は嫌だ。

 とりあえず、翔英は話題を転換した。

 

 「……この前にも言いましたが私、ヒナノさんに、魔法の訓練をずっとつけてもらっていました。……それで、少しでも早くヒナノさんに近づこうと、毎日就寝前に習ったことをおさらいしていたんです。……そしたらある晩、力の加減を間違えてしまって…………気づいたら……壁に穴が空いていました」


 「まじで!? ……まあ、そういうこともある……よな。…………でも、壁はどうやって直したんだ?」


 「ヒナノさんが魔法で破片を繋げ直して、元に戻してくださいました。その時についた跡までは、戻せませんでしたが」


 「……すげえなあの人…………なんでもありかよ…………」


 準備を終えた翔英だが、すっかりミネカとの会話に夢中になっている。

 やらかしエピソードとはいえ、表情は穏やか。

 二人とも楽しそうだ。


 「おし!! 支度できたよ!! じゃあ行こうか!!!」


 「はい! 行きましょう!!」


 外に出た二人は、三歩歩いた先で止まった。

 顔を見合わせる翔英とミネカ。


 「…………で、どこ行くの?」


 「あら? お決めになっていなかったのですか? …………そういえばショウエイさん、先ほど出かけようとしていたと言っていましたね。どこに行くご予定だったのですか?」


 「え…………あ、そう! ご飯食べに行こうとしてたんだ!! 今日まだ、なんにも食べてなくてさ」

 

 現在時刻は、午後三時十五分である。

 

 「そうでしたの。では、行きましょう。少し遅いですが、お昼ご飯を食べに。私も少々小腹が空いていましたわ」


 「なんかいいお店とか、ある? 俺、あんまり知らなくてさ」


 翔英はこれまで、都合のつく日はクーレに食事を振舞ってもらい、それ以外の日は市場で買ってすぐに食べられるもの、果物や調理済みの食品を自宅で食べていた。

 

 ミネカが来なければ、今日もそうするつもりでいた。

 彼が飲食店に行かなかった理由は単純だ。

 

 一人は行きづらいからである。


 「そうですわね……ショウエイさん、食べられないものとかありますか?」


 「いや、多分無いと思う。そうだ、昨日リュノンが言ってたところは?」


 任務が終わった後、みんなで行く約束をしていた店。

 結局、ラスドラーゴ襲来というトラブルが起こり、行けずじまいにいた。


 「……ああ。残念なのですが、『ホサルトン』は今日はお休みなのです。…………ですのでショウエイさん、私のお気に入りのお店がありますので、そちらに行って見ませんか? なんでも食べられるということですので、ショウエイさんもきっと気に入られると思いますわ!」


 「本当か!! よし、じゃあそこ行こう!! ミネカが気に入ってるなら間違いない!!」


 翔英はミネカの案内の元、彼女のお気に入りだという店へと向かった。

 

 そして彼は、束の間の休息に立ち寄るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る