第二章

第六話『天命の試練』

 「――――どうしよう」


 翔英は今、頭を悩ませている。

 

 彼が今座っているのは、スエリア荘の二〇一号室だ。

 昨日この部屋を紹介してもらい入居したわけなのだが、ここでは特にやることがない。

 漫画もテレビも無いし、転生した際身に着けていたスマホも先の戦いで壊れてしまった。もっとも、壊れていなかったとしてもこの世界で使えなかったかもしれないが。


 そして、なにより深刻なのが、彼には稼ぎがなかった。

 そう、悩んでいることというのは、どこでお金を稼ぐのかについてだ。

 

 彼はまだ大学二年生であり、就職活動というものを経験したことがない。

 しかもここは現世ではない。

 現世の知識があるとはいえ、この世界に来て数日しか立っていないのだ。

 こちらの認識とは違いが生じているかもしれない。 

 元の世界では武器となった資格や学歴も役に立つことはないだろう。

 

 ならば、どういう流れで職に就くことができるのだろうか。

 まず、何から始めればいいのか、彼には分からなかった。


 「――――じっとしててもしゃーないし、ちょっと外でも歩いてみるか」


 とりあえず外に出てみた翔英は町の様子を観察することにした。


 今日も町は人で賑わっており、元の世界となんら変わらない様子だ。

 お金を所持していないので、購入することはできない。数分ぶらぶらしていると、少し先に人だかりが見えてきた。

 どうやらそこでは新聞が配られているようで、翔英は近くに落ちていた新聞を拾い目を通した。

 

 だが、当然全く読めない。

 この世界では文字が違うのだ。


 「……あの、すいませんこれなんて書かれているんですか……?」


 翔英は恥を忍んで、近くのベンチに一人で座っていたご老人に声を掛けた。

 老人は驚いた様子で翔英を見たが、話し掛けられたのが嬉しかったのか、何も聞くことなく親切に教えてくれた。


 「……これか……? これはな『神出鬼没、またもグランデ盗賊団現る』…………『その手口はいまだ不明、くれぐれも用心されたし』……と書いておる」


 「……へーそうなんですか。ありがとうございます。(……なんかこの世界にも変なのがいるみたいだな………)」


 ある町が盗賊団に襲われたという物騒なニュースを知った翔英。

 だが、特に興味は示さず、さらにページをめくった。


 

 見知った顔が目に飛び込み、「あっ!」と思わず声を上げてしまう。


 ミネカ・ベルギアだ。

 新聞のすみっこに彼女の似顔絵が載っている。


 「あの…!! これは……!? これはなんて書いてあるの!!?」


 「……『聖鳳軍入隊試験、受付締切迫る』じゃな………」


 「『入隊試験』……!? え……それと、ミネカにどんな関係があるんですか……!?」


 「……なんじゃ、随分興味ありげじゃな。おそらく、今回の試験官を彼女が務めるんじゃないか?」


 「試験官……!? ちょ、ちょっと待って。ここは、ここはなんて……!?」


 「『締切は明日、受験希望者は聖鳳軍本部まで』……試験日は十日後じゃ」


 「……あ、ありがとうございます!!! すいません失礼します!!!」


 老人に深々と頭を下げた翔英は急ぎ、スエリア荘へと戻っていった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 自宅に帰ってきた翔英は、ミネカと出会ったことを思い出していた。


 一人孤独な思いに潰されそうになっていたときに現れ、声を掛けてくれたミネカ。

 翔英の心は、あの子でいっぱいだ。


 もし、この試験を受けたとして、万が一合格となったなら、彼女と『同僚』になれる。

 そうすれば、ミネカと共に戦い、過ごし、借りを返すことができる。

 同時に、お金の問題の解決にも繋がるだろう。


 だが、こんな自分が受かるようなものではないこともなんとなく分かっていた。

 そして、避けられぬ戦いへと巻き込まれることにも。

 しかしそれ以上にミネカと一緒になりたいという気持ちが強かった。


 ――――するとそこにドアをノックする音が鳴った。


 開いたドアの先にいたのは、スエリア荘の大家クーレだった。

 

 実は翔英は仕事を見つけるまでの間、クーレの食事を分けてもらうことになっていたのだ。

 昨日ミネカが帰った後に相談したところ、「料理が好きだけど一人暮らしだからあまり作れない」ということで、クーレの方から提案してもらった。

 

 彼女はびっくりするくらい優しい人だった。


 「他にも悩みがあったら言ってくれ」と言ってくれたが、それ以上お願いすることはできなかった。

 

 「――――ショウエイくん、晩御飯できたからうちへいらっしゃい。一応得意料理だから、多分お口に合うと思うよ」


 「ありがとうございます!」


 翔英はクーレの部屋へと上がった。


 部屋へ上がると料理が並んだテーブルへと案内され、そこで待つよう指示された。

 テーブルの上には、明らかに二人用ではない量の料理が並んでおり、中でも揚げ物系が多めだ。

 翔英自身揚げ物が好きだったこともあり、人の温かさと食べ物のおいしそうな匂いに思わず泣きそうになってしまう。


 「いただきまーす」と一口。


 うまい。めちゃくちゃうまい。

 昨夜、そして今日の昼は市販のパンのようなものをもらって過ごしたが、手料理を食べたのは本当に久しぶりだ。

 正確には実家に帰った時以来で約二か月ぶりだが、世界を挟んだことで、体感その何倍ぶりにも感じた。


 「めっちゃ美味しいですこれ!」


 「ありがとう。そう言ってもらえてよかったわ~。誰かに作るの久しぶりだったから気合い入れて作ってみたの」

 

 この味なら、テーブルに並んだ量も食べきれそうだ。そう思いながら箸を進める翔英はクーレに相談を持ち掛けた。


 「…………あの、クーレさん。聖鳳軍の入隊試験って、どんな感じか知ってますか……?」


 「入隊試験? ええ、知ってるわよ。確か、もうすぐあるはず。それがどうかしたの?」 


 「……俺、受けてみようかなって、思ってるんです。無理かもしれないけど、挑戦したいって」


 「あら、そうなの。……うん……!! いいと思うわ!! 頑張って!! 私、応援するよ!!!」


 青年の告白に内心驚きつつも、母親のような暖かい言葉を掛けるクーレ。

 翔英は彼女のエールに心から勇気づけられた。


 『本当に人に恵まれてるなあ』


 「ありがとうございます!! 俺やってみます!! ……それで、えっと、試験内容とかってどんな感じなんですか……?」


 「……うーん、その年の試験監督が決めるらしいから、これっていうのはないのよね」


 『試験監督』という言葉で、さっきの新聞と老人との会話を思い出す翔英。


 「……それ、今年はミネカって今朝の新聞に書いてありましたよ」


 「……え? ホント? いや、それは無いと思うわよ。試験監督が誰かは当日まで分からないようになってるし、だいたいあの子はまだ試験官の資格を持ってないはずだわ」


 「え!!?」と、再び大きなリアクション。


 『あの爺さんそう言ってたじゃねえか』と、天井に彼の顔を思い浮かべた。


 一応、爺さんの名誉のために言っておくと、彼は『おそらく』を着けていたので、別に嘘をついたわけではない。

 ただ、予想が外れただけだ。


 ちなみに、あの絵は似顔絵コンテストの最優秀賞を受賞した作品で、ただ今回の告知に使われただけである。


 「――――なんだそうなんですね。それじゃあ、試験内容は読めないってことか」


 「私の上のが試験官やったときはねえ。……確か、魔法と体術のテストだったかしら」


 「……魔法と体術か……ん? ……娘?」


 「ええ、むすめもたまに試験官やってるのよ。ヒナノっていうんだけど、知ってる?」


 今日一のリアクション翔英から放たれる。

 驚くことが多すぎて、何から話したらいいのやら。

 どうりで軍周りの事情にも詳しいわけだ。


 「俺、昨日会いました、ヒナノさん!! 娘さんだったんですか!!?」


 「そうよ。でも、もうヒナノに会ってたなんて驚きだわ~」


 「はい。……そっか、ヒナノさんが試験官になるかもしれないのか。……でも、魔法かあ………えっと、ちなみに試験官はどうやって選ばれるんですか?」


 「……確か、二軍以上に上がってから五年以上たっている人だったと思うわ。でも、ごめんね、私がちゃんと知ってるのは、ヒナノだけなの」


 「いやいや、十分ですよ。ほんとありがとうございます。色々教えてくれて。俺頑張りますね……!!」


 「おおっ!! 頑張ってね!! 私もサポートするわ!!!」


 その後も二人は小一時間話し込み、親交を深めた。

 世話される一方じゃ申し訳ないと思い、しばらくは家事の手伝いをすることも決まった。

 

 久方ぶりの誰かとの食事を楽しみ、未来へ胸を膨らませる翔英。

 彼は生まれて初めて、何かを絶対に成し遂げたいと思えた。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 次の日から翔英は、魔法の試験にならないことを祈り、自主トレーニングを積み重ねた。

 必ずミネカと一緒になるという高い目標を掲げながら。


 そして、あっという間に十日は過ぎていった。



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