第21話 密室ふたりきりの初コラボ配信。親友宣言に重すぎる愛?で応える人気VTuberの件


「ところで福音」

「は、はい!?」

「そろそろ配信の時間が迫っているが、どうする?」

「……ああっ!」


 途端に顔が青ざめる福音。


「そうでした……。楽しかったからつい忘れてた……ど、どうしよう。あんまり遅くなると航平君が怪しむかも。今日は配信の準備をするって言って抜けてきたし」

「ふっ。案ずるな、我が親友よ」

「親友……ですか」

「親友……じゃないのか? 名前呼びを許してくれたから、俺はてっきり」

「湊君、親友ならいっぱい作りそうじゃないですか」


 どことなく拗ねたようにじーっと見つめられ、湊は狼狽えた。


「と、とにかくだ。実はここのゲームセンターには、筐体脇にある配信スペースの他にも、配信用のブースも貸し出しているんだ。この天宮湊、今回の事態を見越して事前に部屋を確保済みだ。今日はそこから配信を行おう」


 配信用ブースの存在が、福音をこのゲームセンターに案内したもうひとつの理由だった。

 普段と違う場所で配信するのも、気晴らしにはちょうどいい。


 ぱぁっ、と表情を明るくした福音に内心でホッとしながら、湊はブース受付窓口へと向かった。


「はぁい、ご予約いただいていた天宮様ですねぇ。こちらがカギになりまぁす」


 メイド服姿の受付嬢が、ふと福音を見た。


「そちら、彼女さんですかぁ? かわいいですねぇ。貸衣装ありますけど、いかがですかぁ?」

「か、彼女!?」

「いえ、違います。彼女はこのままで最強なので」

「おーぅ。照れ隠しですか彼氏さーん。ラブラブですなぁ」

「か、彼氏!? ラブラブ!?」

「違います」


 メイド受付嬢にいちいち過剰反応する福音を尻目に、湊は予約していたブースへ向かう。


「おお。話には聞いていたが、思った以上にしっかりしているな。少々狭いが、福音の配信スタイルなら問題ないだろう。……福音?」

「むー。にー」

「あの、福音さん?」


 なぜかまた不満そうな顔になった福音へ、躊躇いがちに声をかける。福音はちらりと湊を見上げると、そのまま備え付けのPCへ向かった。


「湊君」

「……何でしょう?」

「今日の『夜空姫ネオン』の配信、湊君も参加してください。声だけでいいので」

「いいのか? 告知もなにもしてないだろ」

「いいんです。今日の記念に、コラボさせてください。……私からのお誘いって貴重なんですからね?」


 湊は腕を組んだ。


「今日はあくまで福音の気晴らしのつもりだったんだが、確かに、これほど光栄なことはないな。親友の頼みを断るべきでもない」

「また親友って言う」

「……。福音、そんなに俺と親友がイヤか?」


 若干涙目になる湊。頬を膨らませるだけの福音。

 気を取り直して、湊は備え付けのタブレットに手を伸ばす。


「実は、プロ時代に作ってもらったアバターがある。完成とほぼ同時にプロを辞めてしまったから、世間的には未発表だ。これを使おう」

「あ、かわいい。アルゼンチンヒメアルマジロですか?」

「マントを着たオコジョです。そんな喩え初めて聞いたぞ」

「ああ、なるほど。イタチ属のオコジョはかつて、君主のマントに使われていたそうですし、公爵のイメージに合ってますね」

「その通りだ。本当に福音は博識だな。何でオコジョをアルマジロに空目したのかは謎だが」

「かわいいじゃないですか、アルゼンチンヒメアルマジロ」

「知らんが」

「アルゼンチンヒメアルマジロ……」


 どれだけ未練があるのだろうかと湊は訝しんだ。そんなに好きか、アルゼンチンヒメアルマジロ。


 配信の準備が整う。

 福音は小さく深呼吸すると、『夜空姫ネオン』になりきった。


Achtungアハトゥング! 我が来た! 天界のブラック労働に別れを告げ、夜のとばりに舞い降りた高貴なる吸血鬼。我こそ夜空姫よぞらきネオンなり! さあ、愛すべき下僕ども、今宵も我が声に心震わせるがよい! Bitteビッテ!」


(おお。間近で見ると本当にノリノリだな)


「我が眷属たちよ。今日は驚きの発表がある! 何と、この夜空姫ネオン、コラボをするぞ! 我が吸血鬼生で初の試みだ! あ、告知がなかったのは本当にごめんなさい。急にお願いしたので……」


(そして、時々福音の素が出て『ごめんなさい』するのもリアルだ。とてもよい)


 福音が前口上をしている間、湊はコメント画面をちらりと見た。

 多くは突然のコラボ発表に騒然となっている。

 その中に、気になるコメントを見つけた。


【AK@ナイト】:おい!そんな話俺は聞いてないぞ!!


(攻撃的だな、この視聴者。なるほど、これが相沢のアカウントか。名前からナイト気取りとは、恐れ入る)


 コラボ初とあって、福音は視聴者を宥めるのに少し苦労しているようだった。

 湊は福音の配信画面を共有し、アバターを表示させた。咳払いをひとつ。


「どうも。今回コラボさせていただく、進撃の貴族ことアルゼンチンヒメアルマジロです」


:アル……え?

:かわいいー

:あれオコジョ?

:進撃の、何だって?

:濃いの来て草


 コメントが湊に集中する。それによって航平のコメントも目立たず流れていった。

 湊は福音に目配せした。妙に嬉しそうな顔の福音がハッと我に返る。


「アジさん、こんにちは! 今日はよろしくお願いします」

「せめて哺乳類で呼んでくれ」

「ごめんなさい! じゃあ、えっと。アル……ゼチ……チンマジさん?」

「アジさんでよい」


:最悪な略し方で草

:干物貴族キタww

:おい息が合ってるぞ。どうなってんだ

:偉そうなオコジョだな。もっとやれ

:がんばれー


 さすが夜空姫ネオンのファンたち。順応力が高くノリも良いと湊は思った。


(この際、釘を刺しておくか)


「我が盟友、ネオンの眷属たちよ。こたびはゆるりと寛ぐがよい。決して、ナイト気取り・・・・・・で我らの時間を邪魔せぬように」


:言われてるぞ

:あいつのことだな

:言ってくれてスッキリ

:アジさんgj


 湊の言葉に、即座に同意のコメントがつく。

 以来、『AK@ナイト』からのコメントがぱたりと止んだ。隣の福音が、ほっと肩の力を抜いたのがわかった。


 その後、湊は貴族っぽいオコジョを演じながら、福音とのコラボに望んだ。

 内容は『落ちものゲーム対決』。福音の十八番ゲームらしい。

 だが、湊も本物のプロと対戦経験がある。


 最初は福音に花を持たせていたのだが、隣で福音が思いっきり頬を膨らませたのがわかったので、途中から本気でいった。


「ふはは! ネオンよ、お前の狙いは見えている! 堕天の力はこの程度か!」

「なんの! 我が眷属と鍛えた技術はこんなものではない――あ、あ、そっちはダメ!」

「そこだ!」

「いっけー!」


:同時消し!?

:熱いぞこいつら

:がんばれネオンちゃーん

:チンマジの奴マジでプロじゃん

:このアジ動くぞ

:そもそもアルゼンチンヒメアルマジロってなに?

:禁則事項です


 勝負もコメントも大盛り上がりだった。

 配信は盛況のうちに終了。

 締めの挨拶をして画面を閉じた福音は、満面の笑みで天を仰いだ。


「あー! 楽しかったー!」

「なかなか盛り上がったな」

「本当ですよ! もしかしたら、私の配信で一番の盛り上がりだったかも」

「これまでもコラボは考えなかったのか? 王道のスタイルではあるだろ?」

「私が気軽にコラボできる人間だと思いますか、アジさん?」

「確かに、迷子吸血鬼には難しいかもな」


 福音と湊は同時におかしげに吹き出した。

 備品を湊とともに片付けながら、福音は言った。


「本当に楽しかった。さすが元プロの湊君ですね。盛り上げ方というか、魅せプレイのコツを掴んでる感じです。私、リアルでもネットでも楽しいと感じたのは、湊君が初めてです」


 ありがとうございます、と頭を下げる福音。

 長い前髪から垣間見える笑みは、本当に楽しそうだった。

 湊は微笑む。


「気晴らしになってよかった」

「はい! ……ただ」


 ふいに表情が曇る。


「最初の方、航平君が来てましたね。気付きましたか? AK@ナイトって名前だったんですが」

「ああ。相沢はいつもあんな感じのコメントなのか?」


 福音はうなずく。湊は肩をすくめた。


「あの攻撃性、確かに厄介ファンだ。まあ、ゲームの途中からコメントを見なくなったのは幸いだった。コラボ相手の俺を見たくなかったのか、それとも久路刻と楽しく盛り上がっていたのか」


(久路刻のことだ。もしかしたら、相沢が不機嫌になったのを察して、いろいろ気を遣ったのかもしれない。もしそうなら、彼女には申し訳ないことをしたな)


 眉間に皺を寄せながら考える。すると福音が「あの……」と遠慮がちに尋ねてきた。


「湊君。もしかして今、他の子のことを考えていましたか? 暦深さんとか、鋭理さんとか」


 手を止めると、福音はどこか真剣な表情で湊を見つめていた。


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