第18話 自慢げなモブ男に衝撃。クール少女との親友宣言と名前呼びでクラス中がどよめいた件


 ――休日明けの朝。

 登校した湊は、相変わらず廊下で陰口を叩かれていた。

 けれど、湊は気にしていない。むしろ自信に溢れていた。


(まさか、冴島と親友になれるなんてな)


 空蝉の爪痕を共に乗り越え、岩山の頂上から見た景色は格別だった。冴島も同じ気持ちだったのが嬉しいと、湊は思う。


 これで『結に安心してもらう』という目標に一歩近づいた。


(しかし、油断は禁物だ。まだ互いに約束を交わしただけ。この関係をきちんと維持していかなければ。うむ)


「よお、天宮! おはよう!」

「おはよう。相沢」


 教室に入ると、航平が挨拶してきた。

 妙に機嫌が良い。

 内心で首を傾げていると、近づいてきた。


「鋭理に付き合って山、登ったんだろ? 怪我しなくてよかったな。あいつ、山登りに関してはガチだからさ」

「本気なのは良いことだ。俺も得がたい経験ができた」

「そりゃ良かった。お前さ、いつも堅苦しい言葉を使うから、イマイチ喜びが伝わってこないんだよ」

「……伝わらない、か?」


 湊はショックを受けたように尋ねる。大言壮語しがちな割に、意外なところで繊細で押しに弱い。

 航平がにやりと笑った。


「もっとこう、全身で表現してみたらどうだ? VTuberとかだいたいそうだぜ」

「こうか? 万歳! 嬉しい!」

「そうそう、その調子。くくっ」

「俺は本気だぞ? 面白ショート動画を見るような目は、よしてくれ」

「ぶふっ! お前ソレ、ツボ過ぎ。くくく」


 乗せられてマジ顔で万歳三唱をする湊を、航平が忍び笑いを漏らしながら見る。

 クラスメイトは、すっかり変人を見る目だった。


「はー、可笑しい。それにしても、暦深たちの奴、遅いな。もうすぐ予鈴が鳴るぜ」

「おっはよー! はー、ギリギリ間に合った!」


 航平がぼやいた直後、教室に暦深が現れた。後ろには鋭理と福音もいる。走ってきたのか、暦深と福音の息が上がっていた。


「遅ぇぞ、お前ら」

「ごめんごめん。珍しくねねっちとえーりんがふたりとも寝坊したからさ。迎えに行ってたら遅くなっちゃった」


 たはは、と頭を掻く暦深。「迎えに行くなんて相変わらず世話好きだな」と思いながら、湊は挨拶をしようとした。

 だが、その前に航平が口を開く。話しかけた先は福音だった。


「おはよう、福音! 昨日の配信、お疲れ!」

「……え?」

「見てたぜ、『夜空姫ネオン』。ゲーム実況、最高だったな!」


 教室中に響くような声で航平が言う。夜空姫ネオン、と聞いて、クラスメイトの数人が振り返った。「夜空姫ネオンってあの人気配信者の?」「まさか千代田さんが!?」といった声が漏れる。


 航平が得意気に胸を張った。


「そうさ。ここにいる千代田福音こそが、あの有名な『夜空姫ネオン』その人だったってこと! 寝坊もきっと、配信に夢中になってたからだな」

「え? マジ!?」

「すごい!」

「ふふん。そうだろう、そうだろう!」


 クラスメイトたちの反応に、航平は満足そうに頷いている。今朝、機嫌が良かったのはこのせいかと湊は思った。


 あまりの事態に硬直している福音へ、航平は詰め寄った。


「なあ福音。俺のコメントどうだった? 参考になっただろ? やっぱ、お前のことをずっと見てきた幼馴染としては、黙っていられなくてさ。俺の方が重みが違うっつーか」

「え? え……?」

「ただもうちょっとアバターを福音に寄せた方が、お前らしさが出ていいと思うんだよなあ。髪型とかさ。何も知らない他のファンよりか、俺の方がお前のことを知ってるんだから、間違いないぜ。ぜったい正しい! やってみろよ、な?」

「あの、えと。え? どうし、て」


 福音は圧倒されて、まともに返事ができていない。固い愛想笑いを浮かべ、よく見ると手が震えている。

 周囲のクラスメイトがにわかにざわめく中、暦深が航平の肩を掴んだ。


「こーへーくん! 何でここでぶっちゃけちゃうの!?」

「むしろ何で隠すんだよ。人気配信者様だぜ? それに福音だって、もっと知名度が広がった方がいいだろ。なあ、福音?」

「え……あ、うん。そう、だね」

「登録者数は正義。つまり、福音がいつも言ってる正しさに繋がるってことだ」


 自分は良いことをした、と航平の顔に書いてある。幼馴染の知名度も上げられて、自分も有名人と知り合いであることを自慢できる。そんな顔だ。


(けど、それで楽しいのはお前だけのようだぞ)


 湊は航平と福音の間に割り込んだ。


「その辺にしておけ、相沢」

「あ?」

「リアルじゃ触れて欲しくないことだってあるだろ。お前は正しさを説くが、千代田がそうしてくれって頼んだのか?」


 航平は口を閉ざした。福音の様子からして、彼女が公表を望んでいたとはとても思えない。

 途端に不機嫌になった航平。

 顔面蒼白のまま固まり続ける福音。

 何とフォローしようか迷っている暦深。

 クラスは微妙な空気に包まれた。


 そのときだった。それまで黙っていた鋭理が、湊の前に立つ。しっかり湊の顔を見て、彼女は言った。


「おはよう、ミナト」

「ああ。おはよう、冴島」

「私のことは鋭理で構わない。この前の話、改めて前向きに考えていく。よろしくな」


 手を差し出す鋭理。湊は微笑み、「こちらこそ、鋭理」と手を握り返した。


 クラスが大きくどよめいた。福音の話題が吹き飛ぶくらいの注目を集める。


 航平が鋭理の肩を掴んだ。


「おい、鋭理! どういうことだよ。何で天宮のことを名前で呼んでるんだ!?」

「親友になろうと誘われて、私もそれを受け入れた。ミナトとは肉体感覚や見えている景色がとても近い。それは親友と言っても差し支えないと判断した」

「おま……何だよ、その訳わかんない理屈。本当にお前はそれでいいのか!?」

「うん。むしろ、嬉しい。昨日はそれを噛みしめていて、つい寝坊してしまった」


 言いながら、鋭理は小さく笑った。それはいつものクールな彼女からは想像できないほど、柔らかい微笑みだった。

 鋭理の隠れファンな女子生徒が、「尊い……!」と胸を押さえて崩れ落ちた。


 航平が鋭理と湊の顔を交互に見る。彼は歯ぎしりして「ああ、そうかよ!」と吐き捨てると、教室を出ていった。


「ちょっと、こーへーくん!? もうHR始まるよ!?」


 世話焼きな暦深が追いかける。

 ちょうどそのとき担任教師がやってきて、皆に席に着くよう促した。


 小さく息を吐いた福音に、湊は小声で尋ねる。


「大丈夫か?」

「……はい」

「何かあれば相談に乗る。元プロゲーマーとして、配信活動にも触れてきた。力になれることはあると思う」

「ありがとうございます。……それにしても、相沢君はすごいですね。あの鋭理さんが、しっかり相手の顔を見て喋るなんて、本当に珍しいです。それだけ、鋭理さんに受け入れられたってことですよね」


 ちらりと鋭理を見る福音。そして、意を決したように湊へ言った。


「あの、もしよかったら話を聞いてもらえませんか? 放課後、図書室に来て欲しいんです。……航平君には、バレないように」


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